7月例会 原子力規制における深層防護〜その深掘りと拡張〜

7月例会


日 時:2023年7月29日(土)10:00〜12:00
話 題:原子力規制における深層防護〜その深掘りと拡張〜
報告者: 岡本良治氏  
発表資料

<報告>

 7月例会では,岡本良治氏に「原子力規制における深層防護〜その深掘りと拡張〜」というテーマで話していただいた.岡本氏は,はじめに話の要約を1枚のスライドで5点にわたって示された.

・原発反対運動の強化/発展のための方策は原発の問題点を指摘することだけではなく,何らかの理由で「必要悪」として原発を認める人々や原発の潜在的な危険性を認めた上でその安全性の確保/リスクの最小化に真摯な関心をもつ原子力関係者,あるいは原発訴訟を担当する裁判官などに対して代替的な判断材料を提供することも有意義である.
・深層防護の思想/哲学は元来軍事的な概念のひとつであるが,すでに社会の多くの場面に採用されているだけではなく,国際的な原子力規制において歴史的に中心的な役割を果たしてきた.
・しかし深層防護,特に設計想定外の事故(過酷事故)の影響緩和の必要不可欠性とその根拠についての深掘りが十分ではなく,事故の過酷度と頻度の関係は正規分布的ではなく,べき乗則的であることが示唆される.
・また施設外への影響が不可避の場合,避難だけでは不十分であり,移住も考慮すべきである.
・国際的な安全保障環境が悪化していると見なす場合,原発への軍事的攻撃への対処は極めて不十分である.

 背景として,地球温暖化は最近「炎暑化」あるいは「沸騰化」と言われるまでに激化している.原発反対運動の一部に地球温暖化人為起源に対する懐疑的な態度を取る人々がいる一方で,原発推進勢力は原発を「再エネ」と並ぶ脱炭素電源として位置づけ,原発再稼働や運転期間延長を推し進めようとしている.そのような中で,原発再稼働に対して反対よりも容認が上回る世論調査の結果が出て来ている.原子力規制における深層防護の批判的吟味が相対的に重要になっているとされた.

 深層防護を議論することは,原発の再稼働を容認することだという意見もある.しかし,科学的・技術的な安全論争は主として1,2,3層までの議論であり,4,5層は含まれない.4層では当該施設の過酷状態の制御と過酷事故の結果の緩和を,5層では放射性物質の施設街への放出の緩和を図る.当該施設の安全性が十分に高いことを論証することも困難であるが,危険性がいつどのように顕在化するかを具体的に示すことも同様に困難である.安全論争に決着を付けることは一般にはなかなか難しいということである.

 深層防護において第4層,第5層を設定する意義は,滅多に出くわさないような設計想定外の事故への対処の必要性であるという.原発は複雑技術システムであり,このようなシステムには構成要素間の無数の相互作用があり,事故前には顕在化していなくても,事故の際に強い相互作用が顕在化することがある.このような複雑システムにおける低頻度高影響事象の発生時期と影響の規模についての科学的な予測はほぼ不可能であるという.

 深層防護は,機器や人間の振る舞いにおける不確実さを考慮するための有効な手段であったし,今後もそうあり続け,特に「未知の」あるいは「想定外の」損傷メカニズムや現象が起き得ることを考慮するためには有効であるという.それらの場合には確率論的安全評価(PRA)その他の工学的分析や解析では表現できない.日本の新規制基準の問題点は,水蒸気爆発対策がないことであるという.

 深層防護の拡張ということについて話が及んだ.原発の安全概念としてより広い安全の概念が現実に求められているという.人と環境を護るという原子力安全本来の目標にてらせば,深層防護とは,復旧・復興まで含んだ幅広い概念であるべきである.保険による補償も必要であろう.また,第5層の避難が出来たとしてもその後の社会インフラや生活の補償措置は必要不可欠である.

 フランスでは原発の過酷事故に対する「突撃部隊」が設置されているが,このような部隊が日本でも必要かどうかは議論となる.サイバー攻撃に対する深層防護や戦時の正規軍による攻撃に対する深層防護も問題として提起された.

報告後の討論の中で北岡氏より以下のような発言があった.
「福島原発事故後の既設炉への深層防護で過酷事故対策しているが,過酷事故対策する前より必ずしも被害を軽減させるとは限らない.例えば,溶融炉心を貯水したキャビティーで受け止める対策などは水素爆発は防げるかもしれないが,水蒸気爆発が起きる恐れがある.他にも,水素爆発対策で水素の燃焼装置が設置されたが,それはむしろ水素やCO爆発の着火源になる恐れがあると指摘されている.すなわち,安易で不適切な過酷事故対策で深層防護を強化すれば何もしないより,事故の規模と影響を拡大して深刻化させてしまうこともありうる.だからといって深層防護の思想が駄目だと言っている訳ではなく,より安全な状態にするのは簡単な事ではなく検証が必要ということだ」
「とにかく,中西氏が6月例会で言われたように既設炉の設計は非常に古く,事故の想定は範囲が狭く甘いし原因は基本天災に限定されている.人為的な破壊行為等,古い設計の既設炉への深層防護の適応は非常に限定的になるし実際により安全になったかは未検証である」

6月例会 川内原発の運転期間延長にかかわる経年劣化問題

6月例会


日 時:2023年7月1日(土)10:00〜12:00
話 題:川内原子力発電所の運転期間延長の検証における設計の経年劣化問題
報告者: 中西正之氏  
発表資料

<報告>

 6月例会は日程が合わず7月に入って開催された.鹿児島県の川内原発について「運転期間延長の検証に関する分科会」が2022年1月から12回にわたって開かれた.6月例会では,その内容について中西正之氏(元燃焼炉設計技術者)から詳細な報告を受けた.分科会の目的は,運転期間延長に関する検証を集中的かつ効果的に行うことにあるという.分科会の委員は,釜江克宏(京大特任教授),佐藤暁(原子力コンサルタント),守田幸路(九大教授),大畑充(阪大教授),橘高義典(都立大教授),後藤政志(元原発設計技術者),渡邉英雄(九大准教授)の7名である.

 「設計の経年劣化問題」,すなわち設計の古さという問題について委員から質問を受けた九州電力は,ATENA(原子力エネルギー協議会)の「設計の経年化評価ガイドライン」(2020年9月)に沿った対応をするとしているが,そこでは米国AP-1000や欧州EPRなどで導入されている新型のメルトダウン対策炉は比較の対象とはせず,非常用炉心冷却系(ECCS)の設計変更など小規模のものに限られているという.九州電力はIAEA(国際原子力機関)の深層防護第4層を軽視していると言わざるを得ない.

 なお,後藤委員の水蒸気爆発についての質問に対する九州電力の回答「欧州,中国の一部のプラントでは,溶融燃料の冷却手段の一つとしてコアキャッチャーを採用しているが,国内外の既設プラントの多くは当社と同じ,原子炉下部キャビティに水を張り溶融燃料を受け止める手段を採用しており,新規制基準の適合性審査の中で原子力規制委員会に確認をいただいている.なお,コアキャッチャーは一度溶融燃料をドライ環境で受け止めた後に,水を張り,溶融燃料を冷却する手段であり,溶融燃料を水で冷却するという点は同様である.どちらの対策も原子炉格納容器の下部に落下した溶融燃料の冷却において有効な手段であり,問題となるものではないと考えている」(第9回分科会,資料3-3,p.6,7)は,このような人の集団が原発を動かしているのかと思うと空恐ろしくなる.コアキャッチャーと九州電力が採用している水を張った下部キャビティに溶融燃料を受けとめる方法の差を理解していない.

 第12回分科会で釜江座長(第1回分科会で選出)が中心になって作成された「分科会報告(案)」(2023年4月)について,橘高委員,大畑委員,守田委員は,全面的に賛成の意見を表明されたが,後藤委員からは,運転期間延長に関する問題点は殆ど切り捨てて,九州電力の説明のみを詳しくまとめてあり,一方的な報告書になっており,とても承認できるものではないとの意見が表明された.しかし,分科会の役割は,九州電力の報告内容が法律的に問題ないかどうかを検討することにあるとして,後藤委員の意見は無視されたようである.

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