6月例会「放射線の人体への影響」

6月例会 6/22(土)午後2〜5時

泉雅子氏(理化学研究所)の論文「放射線の人体への影響」(日本物理学会誌2013.3月号)の批判的紹介が行われた.

 論文の主な内容は,(1)放射線によるDNA損傷と細胞の防御機構,(2) 個体レベルでの放射線影響,(3) 事故後の被曝限度の規制値と今後のリスクである.

 分子生物学の進展の中で,放射線に対する細胞応答の分子レベルでの理解が進んでいる一方で,長期にわたる低線量被曝や内部被曝の人体への影響についての情報は少なく,不安と混乱がある.本論文では,放射線の生物影響についてのこれまで得られている知見を述べ,放射線防護のための規制値の根拠について解説するとしている.しかし,放射線の人体影響やチェルノブイリ事故後のデータについて,欧州放射線リスク委員会(ECRR)の勧告や独立系研究者による研究報告を集めたチェルノブイリに関する本(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment, 2009)などが無視され,『日本の科学者』2013.1月号で「国際原子力ムラ」と批判されている国際放射線防護委員会(ICRP)や国連科学委員会(UNSCEAR)からの引用が目立つ点で客観性に疑問が残る.

 放射線をあびることでDNAは,塩基脱落や二重鎖の片側だけが切断(一本鎖切断)したり,二重鎖の両側が切断(二本鎖切断)したりする.DNAの塩基脱落や一本鎖切断などの修復はほぼ共通の手順により簡単に行われる.しかし,DNAの二本鎖切断の修復は簡単ではない.二本鎖切断の修復には,同じ遺伝情報を持つ染色体を鋳型にして修復する方法(相同組換え修復)と末端の損傷部位を取り除いて再結合させる方法(非相同末端結合)がある.相同組換え修復では正確に修復されるので問題ないが,非相同末端結合による修復では塩基が数個から数十個欠けることが多いという.そして,ゲノムサイズの小さい単細胞生物などでは相同組換え修復が優位であるが,ヒトなどの高等真核細胞では修復の99%が非相同末端結合によるものであるという.このようなDNA内の複数の塩基対が欠落する修復でも大きな問題が起きない主な理由は,ヒトのゲノムのうち遺伝子として使われている領域はわずか2%に過ぎないことにあるようだ.

 福島原発事故の直後に行われた,原発周辺地区の小児約1000人に対する内閣府の調査では,ヨウ素による甲状腺等価線量の最高値が35 mSvであり,甲状腺ガンが高まる線量が100 mSvであることなどから,国内で小児の甲状腺ガンが増加することはないと予測を支持している.最近の福島県の甲状腺検査で12人が甲状腺ガンと診断されたこと(注1)を考えれば,明らかに楽観的に過ぎる予想である.

 泉氏は「研究に携わる者が国民に対して正しい科学的情報を提供し,分かりやすく伝えていく努力も必要である」といっている.しかし,チェルノブイリや福島で起きている現実を観ず,狭い自分の専門分野だけの知識で放射線の人体への影響について楽観論を振りまくのは褒められたことではない.『日本の科学者』2013.6月号で高岡滋氏(医師,水俣市)が述べた「科学者が科学本来の意味と役割,諸科学の基盤や枠組みを自覚しなければ,その行為が進んで人倫に反する役割を推進する結果となりうる」という警告を確認する必要があるように思われる.

(注1):サイトhttp://toyokeizai.net/articles/-/14243を参照.この検査での甲状腺ガン発生率は,通常の100倍以上にもなる
inserted by FC2 system