8月例会 トリチウムによるDNA損傷&CCSの概況

8月例会


日 時:2022年8月6日(土)10:00〜12:00
話 題:(1)論文「トリチウムによるDNA損傷のメカニズム」の紹介
      報告:三好永作   
発表資料
    (2)「世界と日本のCCSの概況」
      報告:中西正之氏  
発表資料

<報 告>

はじめに三好がトリチウムのDNA損傷についての,藤原・波多野・中村による論文(『日本物理学会誌』2022年1月号,pp.35-41)の紹介をした.三好は2021年の7月例会で「トリチウム水から生体有機分子へのトリチウムの転移について」という話をしている.そこでの結論は,エチルアルコールや酢酸などの水酸基(OH基)の水素(H)はトリチウム水のトリチウム(T)と常温で容易に交換するというものであった.

 今回の論文は,トリチウムのβ壊変によるDNA損傷(2本鎖切断)のメカニズムを蛍光顕微鏡観察と分子動力学(MD)シミュレーションから解説したものである.まず,0 Bq/cm3, 1.3 kBq/cm3, 5.2 MBq/cm3のトリチウム水に浸したサンプルDNA(T4 GT7 DNA)の長さを蛍光顕微鏡で一週間ごとに数回測った結果,0 Bq/cm3と1.3 kBq/cm3のトリチウム水に浸したものについては,ほぼ同様にDNAの平均の長さはゆっくり減少していた.トリチウムのない水でも熱運動や溶存酸素との反応などで切断される.5.2 MBq/cm3のトリチウム水に浸したものは,平均の長さ(Lave)から次式で与えられる切断回数Nは14日間で3.1となる.
 N = L
0 / Lave – 1 (L0は初期の長さ)
一方,0 Bq/cm
3のトリチウム水の浸した場合の14日間の切断回数は0.6と観測されたので,β線によるDNA2本鎖切断は3.1 – 0.6 = 2.5回となる.5.2 MBq/cm3のトリチウム水の14日間のβ線照射量は5.7 Gyなので切断速度は1 Gyあたり0.4 DSB(double-strand break)となった.
 MDシミュレーションでは,タンパク質—DNA複合体構造からタンパク質を取り除いたテロメア二重らせんDNAの3次元構造をモデルとして採用.17個の塩基配列からなるテロメアNDA(1078原子),71,000個の水分子,121個のNa
+イオン,89個のCl-イオンで系を構成し,CHARMM力場を使用して,系の圧力は1気圧,温度は310 Kになるように調整した.グアニンのアミノ基(NH2)の2つの水素がトリチウムに置換しそれがβ壊変したもの(Γ)を考えてシミュレーションを行った.Γの個数がゼロの場合は,長い間シミュレーションを行っても二重らせんDNAの構造は変化しないが,Γの個数が増えていくと時間が経つにつれ二重らせんの間に隙間が広がり二重らせん構造が壊れる様子がみられた.

 次に中西氏が「世界と日本のCCSの概況」について話された.CCSはCarbon dioxide Capture and Storage(二酸化炭素CO
2の回収・貯留)のことである.CO2は石炭や石油,天然ガス,バイオマスなどの燃焼からだけでなく,天然ガス採掘時にも発生する.回収するためには,CO2を他の気体から分離することが必要である.CO2の分離技術は,石炭からの水素製造時に水素からあるいは天然ガスの採掘時にメタンガスから分離する方法として発展してきた.そして石炭や石油,天然ガス,バイオマスなどの火力発電の燃焼排ガスからの窒素とCO2の分離技術も開発が進んできているという.貯留には,一般に地中貯留が使われる.
 経済産業省の資源エネルギー庁のもとに「CCS長期ロードマップ検討会」が今年の1月から月1回の割合で開催され,5月27日に「中間とりまとめ」を発表している.それによるとCO
2の地下貯蔵に関して,カーボンニュートラルを目指す2050年時点で想定されるCCSの年間貯蔵量として「年間1.2億トン〜2.4億トン」(注1)が目安.2030年にCCSを導入するとして,2050年までの20年間で毎年12本〜24本ずつのCO2圧入井(貯蔵可能量年間50万トン)を増やす必要があるという.CO2圧入井の試掘費用は,それが海域であれば1本あたり約80億円というので,圧入井を海域に掘れば毎年12本としても約2兆円かかることになる.しかも試掘したものが貯蔵に適しているかどうかは掘ってみなければわからない.
 「中間とりまとめ」では,政府が2030年までのCCS事業開始に向けた事業環境整備を目標として掲げ,2022年内にCCS国内法整備の論点を整理し,早期にCCSに関する国内法を整備するよう提案している.
 中西氏は,CCS技術を評価する形で紹介されたが,「貯留したCO
2が徐々に抜けないか」,「低コストでモニタリングできるか」,「貯留のコストは?」,「環境破壊にならないか」などの質問があった.
(注1) この数値は,国際エネルギー機関(IEA)のWorld Energy Outlook 2021のなかで2050年時点において世界全体でCO
2を回収しなければならない量として示されている38億トン〜76億トンに日本のCO2排出割合3.3%を掛けたもの.

inserted by FC2 system