3月例会 渡辺,遠藤,山田著「放射線被曝の争点」の紹介

3月例会


日 時:2022年3月26日(土)10:00〜12:00
話 題:渡辺悦司,遠藤順子,山田耕作著
   『放射線被曝の争点—福島原発事故の健康被害は無いのか』の紹介
紹介者:豊島耕一,三好永作,岡本良治  
発表資料1発表資料2発表資料3

<報告>

 3月例会では,前回の研究会で同意されたように『放射線被曝の争点—福島原発事故の健康被害は無いのか』(緑風出版,2016年)の紹介を豊島,三好,岡本の3名で行った.同書の内容は,
 第1章 事故により放出された放射性微粒子の危険
 第2章 トリチウムの危険性
 第3章 福島原発事故の健康被害とその否定論
となっている.

 福島事故で放出された放射性微粒子は,爆発により形成されたガラス状の粒子や大気中のエアロゾルに放射性物質が吸着した粒子,微粉化した核燃料あるいは炉心溶融物が噴出した放射性微粉塵など様々なものが確認されている.これらは,様々な粒径をもち,水に対する溶解性も様々である.これらの微粒子は人体内に侵入する過程において異なる経路をたどることになる.これらの放射性微粒子の危険性は深刻であり,決して無視したり軽視したりできるものではないという.

 国際放射線防護委員会(ICRP)では体内での放射性微粒子による被ばくの不均一性を無視することで,不均一な体内被ばくの危険性を過小評価している.1969年の日本原子力委員会(当時)の報告書では,微粒子による内部被ばくの検討し,その危険性を報告している.比較的大きな放射性微粒子が大量に鼻腔に付着した場合には,局所的に毛細血管細胞を破壊し鼻血を引き起こす原因となる.放射性微粒子が肺の奥深くまで到達しそこに長く止まり,放射線を出し続ければ,肺がんだけでなく肺疾患を引き起こす.小さな微粒子の場合,肺から侵入して血管とリンパ液を介して体内のあらゆる臓器,組織に侵入していくことになる.

 これまで,トリチウムが出すβ線のエネルギーが低く飛程距離も1μmと短いので,トリチウムの人体への影響は過小評価されてきた.ICRPのモデルではトリチウム水の生物学的半減期は10日で有機結合型トリチウムでも40日とされている.しかし,有機結合型トリチウムの生物学的半減期は様々な研究結果から200〜550日と報告されている.また,飛程距離が短いということは限られた領域に集中的に損傷を与えるということである.

 1978〜1985年のカナダのある原発からのトリチウム放出量とその周辺地域のそれ以降の先天欠損症による死産数および新生児死亡数との間には相関関係が見られた.また,カナダの原子力労働者の被ばく関連がんの発生率は,同一線量を被ばくした他の諸国の原発労働者より高い.これはカナダの原発(CANDU炉)では重水を冷却に使っているため,トリチウム放出量が他国よりも大きいことが関係している.これら以外にも,トリチウムによる健康被害はたくさん報告されている.

 玄海原発のある玄海町の白血病による死亡者数は全国平均の6倍以上であるが,森永徹氏の分析によれば,「玄海町における白血病死亡率の上昇は,高齢化やHTLV-1の影響だけでは説明できない」,「原発から放出されたトリチウムの関与が強く示唆される」と結論されている.

 政府は環境省の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」の「中間とりまとめ」(2014年12月22日)で公式に福島原発事故による健康被害は一切でないと宣言した.福島県における小児甲状腺がんの多発はすでにはっきりと現れているが,健康被害は調査する前から「ない」と断定されたのである.児玉・清水・野口3氏の『放射線被曝の理科・社会』(かもがわ出版,2014年)(以下,『理科・社会』と略)では,この政府の見解とほぼ同じことが論じられている.

 放医研編『虎の巻 低線量放射線と健康影響 先生,放射線を浴びても大丈夫か?と聞かれたら』(医療科学者,2012)(以下,『虎の巻』)の見解を参考にしながら『理科・社会』の見解を見ていく.『虎の巻』はいくつかの欠点はあるが,低線量被ばく健康影響に関して最新の国際的研究成果を包括的に記述している.

 『理科・社会』では,「LNT(直線しきい値なし)仮説は真実というより公衆衛生上の慎重な判断である」として事実ではないとしているが,『虎の巻』は,「LNTという考え方は,もはや仮説ではなく実際の疫学的結果によって裏付けられた科学的事実である」と紹介している.また,極低線量(10mSv以下)の被ばくのリスクの程度について疫学的研究が国際的に数多く積み上げられており数値的評価も固まりつつある.

 『理科・社会』では,米ロッキーフラッツ施設での火災でプルトニウム微粒子を吸入した25名の調査を基にして放射性微粒子による被ばくと発がんの因果関係を否定しているが,カール・ジョンソン氏による同施設周辺住民60万人の疫学調査を無視している.この調査では,施設から0〜21 km,21〜29 km,29〜39 kmと離れるにしたがって過剰ながんの発生率が減少する調査結果が得られている.

 『虎の巻』では,DNA損傷が数nm以内に複数個生じた場合には修復が困難になる「クラスター損傷」ということが紹介されている.エネルギーの低いほどクラスター損傷の割合が多くなる.『理科・社会』はこの問題に触れない.

 『理科・社会』は,スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)の役割を強調し,SODはヒドロキシルラジカルによる損傷を防いでいると書いているが,SODには実際ヒドロキシルラジカルを分解したり,分解を促す作用は確認されていない.

inserted by FC2 system