玄海原発の設置変更許可処分の再考を求める意見書

玄海原発の設置変更許可処分の再考(取消し)を求める意見書


2020年3月25日,福岡核問題研究会メンバーが原子力規制庁において玄海原発3・4号機再稼働許可に対する意見書を原子力規制庁に提出しました.

玄海原発の設置変更許可処分の再考を求める意見書」のpdfファイル


玄海原発の設置変更許可処分の再考(取消し)を求める意見書


2020年(令和2年)3月25日
審査請求人 総代 三好 永作
豊島 耕一
北岡 逸人

1.口頭意見陳述会について
 2月7日に原子力規制庁で口頭意見陳述会が開催されました.審査請求人は審査庁(原子力規制委員会の審理担当者等)の窓口担当者と何度も協議を重ねて準備して口頭意見陳述会に参加しました.
 しかし,1月24日にメールで窓口担当者が変わると前任者から連絡があり,口頭意見陳述会の準備を進めている最中で,急に担当者が変わりました.
 そもそも,約3年前の2017年4月17日付けで審査請求が受理されて以来,これで4度目の窓口担当者の変更でした.人事異動があるのは当然としても,あまりに多い頻度の変更で,その度に引継不足の尻拭いで大変でした.
 これほど担当者が変わるのが,行政不服審査法に基づく審査請求を軽視した結果ではなく,原子力発電所等の設置変更許可等の申請に関する審査でも同様なら,原子力規制委員会がまともに審査出来ているのか懸念されます.
 例えば,口頭意見陳述会でプロジェクターが使用出来ず,配布資料を準備していませんでした.引継の問題でそれらの準備の必要性が失念されていました.
 また,陳述人がプロジェクターを使えない事が分かった後に,配布資料も印刷されていない問題を危惧して担当者に連絡しました.担当者が不在だったため,他の複数の職員に伝言を頼みましたが,結局担当者に伝わりませんでした.
 それで,会場に着いてから配布資料が無い事が判明し,事情を担当者に話し,急遽印刷して頂き開始時間を少し遅らせて口頭意見陳述会が始まりました.
 陳述人はプロジェクターを前提に準備したので,配布資料だけでは効果的な説明が出来ませんでした(ポイントを指しての説明や動きのある絵の使用等).
 上記の様な原子力規制庁のドタバタや事務手続の問題を何度も体験すると,原子力規制という重大な使命を担う能力に関わる,事業者等との事務的連絡に重大な問題が生じている事が懸念されます.
 審査等は非常に長期間に及ぶものであり,その間に担当者が何度も変われば,重大な問題・課題についても引継の問題で,うやむやになった恐れがあります(その事に気付いた事業者が,正直に引継不足を指摘してくれたでしょうか?).
 勿論,審査請求の担当者だけが何度も変更しているならば,それも大問題で,原子力規制委員会は事業者以外の声を聞く気がない事の表れだと思われます.
批判的な意見を避けていれば,原子力安全・保安院の二の舞で次なる大事故を招きます.審査等の問題・欠陥に関する意見・疑問を良く確認・再考・説明し,原子力規制委員会の判断・対応を組織的・積極的に省みる事が必要だからです.

2.弁明書などの問題について
 原子力規制委員会は行政不服審査法の関連条文を引用して審査書を弁明書に代用する事を正当化しています.それは,行政不服審査法を所管する総務省の見解と異なるもので,総務省担当者の想定外の事態で,総務省が作成した審査マニュアルの無視です.
救済制度としての審査請求の趣旨を理解しないか無視して,形だけの対応で原子力規制委員会にとって得難い機会を無駄にしていないでしょうか?
 それというのも,原子力規制は主に原子力利用で利益を上げている事業者や,その擁護者等と接する必要がある職務だからです.事業者が積極的に問題点を説明するより,隠ぺいしたり誤魔化したりした事例・事件が多くあるためです.
よって,原子力規制の健全性・中立性・専門性を高水準で維持するためには,組織的・積極的に批判的な意見も良く聞いて活用する事が不可欠と思われます.
 そのために,審査請求書で審査請求人が指摘した審査書の問題等に,弁明書で具体的に反論・弁明する事が重要でした.原子力規制委員会が審査書案に対する意見募集で示した考え方の様に,弁明書に記載すれば良かったと思われます.
 そこで,弁明書に審査請求人の指摘に対する考え方を示せば,それに対して(上記の意見募集の時と違い)審査請求人が反論書を出す事が予想されます.そうした,処分庁と審査請求人との応酬により,論点が明確になり問題の有無・程度も判明する事が期待できます.それこそが,行政不服審査法を改正した目的の1つで,弁明書と反論書という手続を追加した意義です.更に,口頭意見陳述会で質問の機会を設けたのも,同様の理由で審査請求の審理を充実させる意義があります.
 しかし,(原子力規制委員会が異議申立ての口頭意見陳述会で確保した3時間以上の時間を前提に)質問の時間も余計にいるためそれに応じた時間の開催時間を求める陳述人の要望に反して,口頭意見陳述会は1時間半と非常に短いものでした.
実際,1時間半で審査請求の多種多様な理由を具体的に十分に説明する事は,全ての疑問について質問する事は出来ませんでした.そのため,後日,事故対応要員の人数・内訳等や,ウイルス感染症対策について審査したのか確認しても,「更なる質問の必要性を認めません」とメールで連絡があっただけでした.
 他にも,(口頭意見陳述会の時に担当者に聞いて知った),原子力規制委員会にはセキュリティ上の制限で閲覧出来ないインターネットのページがあり,資料をダウンロード出来ない場合もある事が知らされていなかった問題もあります.
 審査請求書等に資料元の多数のリンクを掲載しているのに,それが閲覧不可でも審査請求人に知らせない事は,誠実で積極的な対応ではないと思われます.
 審査請求後に手続開始の連絡が来るまで2年以上も要した事も,法律改正で求められた迅速な対応とは言い難く,既に玄海原発は稼働してしまいました.
 以上,原子力規制委員会は審査請求の対応を改め,弁明書や口頭意見陳述会等に積極的に臨み,審査請求人の疑問等に十分答えるなどの改善が必要だと思われます.

3.原子力防災の有効性が全く検証されていない問題について
 審査書で住民に対する原子力防災の有効性が全く検証されていない問題を指摘し,口頭意見陳述会においてもさらにこれを問いましたが,「審査書(案)に対する御意見への考え方」の回答においても(注1),また今回の意見陳述会においても,「許可処分の対象外」との原子力規制委員会の回答でした.また前者「御意見への考え方」の回答では「原子力防災については,原子力災害対策特別措置法に基づき,対策が講じられます」と付け加えられています.
 なるほど今回の審査書が対象とすべきものを規定する「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」四十三条の三の六に,原子力防災の有効性は含まれていません.では,対策が講じられるとされる「原子力災害対策特別措置法」ではどうかといえば,不完全な原子力防災体制では原発稼働を止めさせるということを可能にする条項があるわけではありません.
意見陳述会を受けての回答でも,この問題への原子力規制委員会の関与は,事務的手続きや省庁間の調整に止まるようです.つまり,住民避難の体制が不十分な場合でも,原発の停止などの措置は想定されていません.
 しかし,防災体制の有効性を相当程度のレベルで確認しないまま(もちろん「万全」は不可能),原発の稼働が正当化されないのは自明です.つまり,形式上この状態を許容してしまうことになる,これらの2つの法律は,実務面を規定する条文だけでは不完全であることになります.そうであれば,原子力規制委員会はその設置目的−なんども繰り返しますが設置法3条の「国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全」−に立ち返って,またこれを根拠に,必要な規制をすべきで,適合性審査にも反映されるべきです.もし原子力規制委員会が単なる機械的な条文適用のロボット,あるいはAIでないのならばそうあるべきです.
(注1)審査書案 別紙1の1ページ

4.通常運転時の健康被害について全く検討していない問題について
 通常運転時の原発から環境に放出される放射能による健康被害の問題については,審査書でも「御意見への考え方」への回答でも触れられていません.また,口頭意見陳述会における請求人(豊島)の意見に対しても,許可処分の対象外との回答でした.
しかし,該当する条文である第四十三条の三の六の第一項四号には,「核燃料物質によって汚染された物」が「原子力規制委員会規則で定める基準に適合する」ことを求めていると考えられます(ちなみにこの条文は解読が極めて困難).
 また,原子炉設置の当初に求められる条件には,第四十三条の三の五の第二項九号において,「発電用原子炉施設における放射線の管理に関する事項」が挙げられています(ここで「放射線」には放射性物質も当然含まれると解釈すべきです).
 これらのことは,通常運転時の原発から環境に放出される放射能の影響に関する問題が今回の審査書の対象外ではあり得ないことを示すものです.しかもこれは設置法3条が規定する原子力規制委員会の目的「国民の生命,健康」の保全に直接に関わるものです.
よってこの問題を無視した審査書は不当です.

5.模擬弾の落下について
 原子力規制委員会(処分庁)は口頭意見陳述会で「玄海3,4号の審査において,模擬弾の落下については審査していません.飛来物として,航空機落下については,「実用発電用原子炉施設への航空機落下確率の評価について(平成14・07・29原院第4号)」等に基づき,最新の航路,飛行実績等の情報を踏まえて航空機落下確率を評価した結果,防護設計の要否判断の基準である10-7回/炉・年を超えないため,設計上考慮する必要はないとしていることは合理性があると判断しています.」と回答しました.
 しかし,この回答には明確で重大な論理矛盾があります.上記で「落下確率の評価」結果を基に考慮することは合理的と判断していますが,これは完全に間違いです.その評価は航空機の落下は想定していても,審査請求人が問題とする模擬弾の落下は全くの想定外だからです.模擬弾の落下は実際に青森県で起きた事です.しかも,六カ所村の使用済み核燃料の再処理工場に近い場所で起きた重大な問題です.
 航空機が落下しても構造的に機体がつぶれて衝撃を吸収するため,建屋等の破壊が緩和される可能性がありえますが,コンクリート塊の模擬弾なら別です.重量も数百キロある様なので,建屋等に激突すれば貫通する可能性があります.
 よって,米軍と自衛隊の戦闘機等の模擬弾について確認し,模擬弾を含む落下確率を再評価して審査するのでなければ,とても合理性があるとは言えません.
 実際に模擬弾が落ちているのに,(その事を考慮すれば航空機等の落下確率は増加して,10-7回/炉・年を超過する恐れがあるのに)その事を考慮せずに評価した結果で審査した許可処分は,不合理な判断に基づいており不当です.
加えて,危険な落下物(模擬弾)について審査しない許可処分は,事故防止に最善・最大の努力をしている判断とは言えません.よって「原子力利用における事故の発生を常に想定し,その防止に最善かつ最大の努力」を求める,原子力規制委員会設置法に違反しています.

6.水蒸気爆発について
6.1 水蒸気爆発による格納容器への影響評価について
 口頭意見陳述会で水蒸気爆発について質問したところ,「水蒸気爆発に関しては,格納容器の破損防止対策として考慮する必要があるかどうかという観点で我々は審査をしています.従いまして,格納容器破損,要は,格納容器に影響を与え得る様な水蒸気爆発の発生があるかないかということを判断し,審査をしたということでございます.」との回答を頂いています.
 しかし,原子力規制委員会は水蒸気爆発による格納容器への影響を確認していません.「格納容器に影響を与える様な水蒸気爆発の発生があるかないか」は,様々な条件での実物模型で実験するか,信頼できる完全無欠のシミュレーションでもしなければ,誰にも分かりません.それなのに,審査では何らの影響評価もせずに,格納容器に影響を与える様な水蒸気爆発の発生はないとの判断で許可処分になりました.いずれにしろ,実機に比較して小規模な数少ない「大規模実験」の結果やわずかなシミュレーションの結果から,実機において水蒸気爆発の発生はないとの判断は明らかに間違いです.
 水蒸気爆発の影響で格納容器に影響が与えられる,すなわち,格納容器が破損して放射能の封じ込め機能が損なわれた場合,外に放射性物質が放出されます.溶融炉心によって水蒸気爆発が発生すると,溶融炉心は粉々になって飛び散り,非常に細かい微粒子が大量に発生する事が,関連の実験から予想されます.
 それらプルトニウム等の毒性が強い放射性物質を含む粉塵が大気中に拡散し,知らずに肺の奥深くに吸い込んで沈着して,内部被曝させる恐れがあります.
 すなわち,格納容器に影響を与える様な水蒸気爆発が起きた場合,その影響は重大で深刻な健康被害等が発生する可能性も否定出来ないため大問題です.
 こうした,起きる可能性が小さくても結果が重大かつ深刻な事は,安易に無視してはなりません.その様な間違った判断の積み重ねで今も深刻な問題・被害が続く,歴史的な大惨事に至った身近で顕著な事例が福島原発事故だからです.
 原子力規制委員会は福島原発事故の教訓で,大地震・大津波・水素爆発などは,原発が稼働中に発生する可能性が低いにもかかわらず,対策を行っています.
 そのため,重大な結果が予想されるのに,実験や具体的な影響評価もせずに「格納容器(の健全性)に影響を与える様な水蒸気爆発の発生はない」との判断による許可処分は,合理性が無いだけでなく極めて不当な処分です.
 前記した様に,事故防止に「最善かつ最大の努力」を求める原子力規制委員会設置法にも違反します.理由は,「水蒸気爆発による格納容器への影響評価」は沸騰水型原子炉の審査で確認されている事だからです.シミュレーション評価の信頼性は不十分ですが,何も無いよりは参考程度にはなるものです.
 実際,玄海原発の審査でも水素爆発についてはシミュレーション結果を確認しています(ただしこのシミュレーションの信頼性は問題があると思われます).
 よって,水蒸気爆発による格納容器への影響評価を確認しない審査は,「最善かつ最大の努力」を怠っており,原子力規制委員会設置法に違反しています.

6.2 格納容器の健全性を損なう水蒸気爆発の発生確率と判断基準について
 また,口頭意見陳述会では「格納容器破損につながるような水蒸気爆発の発生の可能性は極めて低いと審査書に書かせていただきました.」とあります.
 しかし,「極めて低い可能性」が,具体的にどの程度か確認されていません.10回爆発すれば1回は格納容器が破損する程度なのか,1万回爆発しても1回も壊れない程度なのか?そもそも,どの程度低い可能性なら考慮しなくて良いのかの基準がありません(そもそも,水蒸気爆発は何度も発生する可能性があり,爆発の影響が蓄積して壊れるかもしれません).
前記した落下物の評価では「10-7回/炉・年」との具体的判断基準があります.落下確率も(計算根拠に問題があり正しく無いと思われますが)具体的に計算して示されています.
 もっとも,信頼性のある確率計算が水蒸気爆発に関して出来るのか疑問です.それでも,水蒸気爆発ついての判断基準が格納容器破損に至る爆発の発生頻度なら,確かな根拠に基づく判断基準と発生確率を具体的に示すべきです.よって,曖昧な根拠で許可した処分は不当で,「最善かつ最大の努力」を怠っており,原子力規制委員会設置法に違反しています.

6.3 複数箇所からの炉心溶融物の落下について
 他に口頭意見陳述会では次のように処分庁の考え方が示されました.
「圧力容器の下部には,計装用の案内管等の貫通部が複数ございます.したがって,原子炉圧力容器破損時には複数の箇所から溶融炉心が落下すると,そのように考えられます.このことによりまして,冷却中におきましては,一様な安定した混合状態,いわゆる粗混合にはならないと考えられますので,大規模な水蒸気爆発の発生の可能性というのはさらに低くなるものと考えられます」「別の場所で水中に落下して,複数落ちている状態のものに対して,水蒸気爆発がそれの連鎖で起きないのかみたいな御質問かなと思っているんですけれども,水蒸気爆発自体は,静的な水の中に一気にジェットの形で落ちてきて,それが粗混合という状態になって,それが何らかの形でトリガーがあって,液-液接触が起きてというようなことが起きないと水蒸気爆発は起きないというふうに言われています.今おっしゃったような複数の場所から落ちていきますと,それぞれで粗混合が一定した安定の状態にはならない.要は,こちらから落ちた影響で,こちら側の粗混合の一定の粗混合状態が阻害されてしまうということになり得ますので,そういった意味で,水蒸気爆発の,要は格納容器破損に至るような,水蒸気爆発というような可能性はないだろうというふうに判断をしたというものでございます」
 しかし,水蒸気爆発の専門家に確認したところ,上記の様な事故を想定した,複数箇所の溶融物を落下させた場合の水蒸気爆発の発生に関する実験は,実施されていないと思われるとの回答でした.
 一体,原子力規制委員会は何を根拠に,上記の考え方を妥当と判断したのか疑問です.そもそも,複数箇所から溶融炉心が落下する場合,多種多様な落下の仕方がありうると思われます.当然,一番大規模な水蒸気爆発が発生する場合も想定すべきです.例えば,一カ所から大量の溶融物が落下している状況で,比較的離れた場所から二カ所目の溶融物の落下が始まった直後はどうでしょうか?
 二カ所目からの落下物で一カ所目の落下物による粗混合状態が乱される前に,二カ所目の落下物ですぐに圧力スパイクが発生した場合,一カ所目の落下物の粗混合状態が乱れていない状態で圧力スパイクによる圧力波の影響を受けます.
その影響が一カ所目の落下物による水蒸気爆発の引き金となる可能性があり,その場合,大規模な水蒸気爆発が発生する恐れがあるのではないでしょうか?
 他にも,複数箇所から落下する場合,非常に多くの状況・組み合わせがあり,大規模実験に基づく信頼性のあるシミュレーション結果等もありません.よって,合理性のある根拠に基づく判断で,「大規模な水蒸気爆発の発生の可能性というのはさらに低くなるものと考えられます」とは誰も言えないはずです.
 誰も実際に実験等で検証していない,よく分からない現象の程度について,裏付けの何も無い曖昧な個人的判断で,審査に関わる判断をしてはなりません.それは不当な審査です.
なぜなら,原子力規制委員会が認める様に,複数箇所から溶融物が落下する可能性は高く,その場合,大規模な水蒸気爆発が発生すれば大問題だからです.
 本来であれば,炉心溶融後の事故対策は玄海原発の設計基準外の事故対策で,炉心溶融が防げない玄海原発の運転を認めるべきではありません.
 福島原発事故で溶融炉心の取り出しが出来るかどうかも分からない状況で,溶融炉心が生じる事故の発生を許容する事自体も不当で間違っています.

6.4 ホウ酸水と溶融炉心の水蒸気爆発について
加えて,口頭意見陳述会では,「玄海原発の3,4号炉におきましては,原子炉圧力容器外の溶融燃料-冷却材相互作用の初期の対策といたしまして,常用電動注入ポンプにより代替格納容器スプレイを実施することになります.その第一水源につきましては,燃料取替用水タンクでございますけれども,その燃料取替用水タンクに貯蔵されている水は,ホウ酸水ということになります.」との回答もありました.
 すなわち,溶融燃料と冷却剤の相互作用による水蒸気爆発を考えるという事は,水ではなく「ホウ酸水」と溶融燃料などの落下物との水蒸気爆発を考える事です.
 しかし,(これも水蒸気爆発の専門家に確認したところ)ホウ酸水に溶融物を落下させた実験は無いのではないかとの事でした.もっとも,玄海原発に限らず他の加圧水型原子炉や沸騰水型原子炉の審査で,申請者が参考にあげた実験にホウ酸水を使ったものは無いと記憶します.よって,原子力規制委員会はホウ酸水を考慮すべきなのに,水を使った実験で水蒸気爆発の問題を考えているだけだと思われます.
 水蒸気爆発の専門家に確認したところ,ホウ酸水の場合の水蒸気爆発は,水の場合より激しくなる可能性があるのではないかとの事でした.
 原子力関係以外での水蒸気爆発に関する研究では,水に電解質や特定の物質が溶けると水蒸気爆発が起き易くなる事が報告されています.アモルファス物質を効率良く作る目的で,水蒸気爆発を効率よく確実に発生させるための研究もあり,電解質や特定の物質が溶けると水蒸気爆発が起き易くなるのは間違い無いと思われます.
 もし,ホウ酸水は水より水蒸気爆発が発生し易いし爆発が激しい場合,水蒸気爆発に関する審査の大前提が崩れます.判断の根拠とすべき実験が無いからです.
 この様な重大な問題である可能性が否定出来ない,ホウ酸水を前提とする水蒸気爆発の影響を全く評価していない審査,許可処分は不当であり違法です.

7.再臨界について
 次に,口頭意見陳述会での再臨界についての規制庁の回答は次のようなものでした.
「再臨界のところで,再臨界が起こったときのエネルギー評価というのをきちんと評価をしたのかという質問でございます.こちらにつきましては,そもそも臨界は形状や組成,質量,周囲の減速材または反射材というのが適切に配置された条件で臨界を起こしているというものになります.今回のこのデブリは,制御材を含めて落ちたものということで,形状が壊れているという状況になっています.したがいまして,まず,一般論的に考えれば,再臨界というのは極めて起きにくい状況になっていると考えています.また,さらに起きたとしても,臨界が起きると,デブリの発熱,もしくは周囲の水の沸騰,こういったものというのは,臨界をとめようとする方向に働くので,臨界を維持するというのもかなり難しい.ほぼ困難であると考えています.こういったことを総合的に判断して,仮に起きたとしても十分小さいということを御回答させていただいたというものでございます」「崩壊熱に比べて再臨界が起きたときのエネルギーはどうだという質問について定量的な評価をしたのかという質問につきましては,先ほど申し上げたように,定性的な評価であり,定量的な評価はしてございません」
 要は,「定性的に考えて再臨界は起き難いので,定量的な評価は不要」とうい考え方と思われます.しかし,(審査請求書等で説明した様に)素人ではなく,著名な核物理の専門家や福島原発の廃炉に必要な研究をしている専門機関が,再臨界の危険性について真剣に検討して,起きうる現象と判断しています.そうした,専門性が高く,実験施設も使って研究している専門機関の認識は,無視すべきではありません(他に,国内の原発メーカーが事故後の再臨界防止対策に関する特許を出している事も説明しました).
 この事に関連して,「本当に専門のある方が判断したのか」質問したところ,「これは,原子力規制庁,原子力規制委員会もそうですけれども,我々としては様々な専門家を入れて議論して,判断をしたというものでございます.」との回答でした.様々な専門家を入れて議論している事は当然で公知の事実なので,問題はどの様な専門家がいて,臨界に関する専門家もいるのか,という事です(臨界に関する専門家がいても,専門家によって見解の相違がある事は特別ではないので,原子力規制庁にいる専門家の見解の妥当性も重要になります).
 口頭意見陳述会での回答は具体性に欠けるため,臨界に関する専門家も議論して判断したか自体も疑わしいと思われます.原子力規制委員会は火山対策で,火山学者が困惑する間違った見解・判断を公に示した事もあり,具体的な説明が無ければ判断出来ません.例えば「臨界に関する〇〇の研究や〇〇の論文がある研究者が何人います」などの説明ですが,そうした専門性の高い職員がいるのでしょうか?もし,大学で臨界について学びました程度なら,原発事故で再臨界が起きるかどうかを判断するのは非常に危険な行為だと思われます.
 臨界は核分裂連鎖反応を制御し利用する原子力発電ならではの特殊な現象で,一般的ではありません.それでも,核分裂性物質が一定量集まって存在すれば,再臨界の可能性は否定出来ない問題のはずです(実際,世界中で想定外の臨界事故が何度も発生しています).
 なにしろ,少量でも条件が揃えば臨界に至る核分裂性物質が,溶融燃料には大量に存在します.しかも,溶融炉心が落ちる先のキャビティの床は狭く,厚く堆積する事が予想されています.実際,るつぼ型のコアキャッチャーでは,再臨界を抑制するための物質を,あらかじめ入れておいて,溶融燃料に溶かし込む対策を準備しているそうです.
 以上,ある程度は具体的に評価が可能な再臨界による発生エネルギー等,定量的な評価を確認していない事は不当だと思われます.加えて,再臨界での変化が水蒸気爆発のきっかけにならないか検討しないことも不当だと思われます.よって,再臨界についての審査は「最善かつ最大の努力」を怠っており,原子力規制委員会設置法に違反しています.

8.ウイルス感染症対策について
 現在世界中でコロナウイルス感染症の拡大が大問題になっています.
もし,ウイルス感染症が国内で爆発的に広がっている状態で,玄海原発の事故対応に必要な要員にも広がった状態で,原発事故が発生した場合,対応に支障が出たり不可能になったりする事が予想されます.そのため,口頭意見陳述会の後に審査請求の窓口担当者に,事故対応に必要な要員の詳細や原発等での感染症対策について確認しましたが,何一つ回答して頂けませんでした(原子力規制委員会の感染症対策についても回答無しでした).
 それでも,審査書等から伺う限り,感染症対策を審査した形跡はないため,(実は審査したかもしれませんが)審査していない前提で以下の意見を述べます.
 感染症(疫病)の爆発的拡大は歴史的・世界的に一般的で被害も多い現象です.それなのに,玄海原発の審査で九州電力の感染症対策の妥当性が未確認なのは,重大な審査の欠陥であり不当であり違法だと思われます.
 例えば,事故対策では狭い空間で長時間寝起きして事故対応に従事しなければなりません.その状況で職員等に感染者がいた場合,深刻な問題になります.勿論,事故が起きる前に感染者が増えて事故対応に必要な要員が欠員した場合,原発を停止すべきです(川内原発の審査書252頁「対策本部の設置及び要員の招集」に「重大事故等対策要員の補充の見込みが立たない場合は,原子炉停止等の措置を実施」との記載があり,玄海原発も同様にすべきです).
 それでも,原発の過酷(重大)事故はいつ起きるか分からないため,感染者が急激に増えている状況で事故が起きてしまった場合,深刻な問題になるのです(事故対応を支援する自治体・政府機関の責任者等が感染する場合もあります).
 そのため,事故対応に不都合な時に感染者が増える場合を想定・対策していなければ,その対策の妥当性がなければ不当で違法なので,設置変更許可は取り消されるべきです.

9.MOX燃料の利用(プルサーマル)について
 口頭意見陳述会でプルサーマルについて審査したか確認したところ,「MOX燃料が変更許可以前から使う前提になっておりますので,有効性評価等の重大事故が発生した場合につきましては,MOX燃料が装荷されている前提で審査をしてございます.」との事でした.
 しかし,プルサーマルが(福島原発事故前に)認可された時は,溶融炉心が溶け落ちる様な過酷事故は想定外でした.前記した様に溶融炉心で発生した水蒸気爆発が格納容器を破壊して,微細化した溶融炉心が外部に放出される可能性があります(その場合,MOX燃料はプルトニウムの量がウラン燃料より多いため,被曝の影響がより深刻になると思われます).
 なにしろ,審査で参考にした水蒸気爆発の実験は,主にウラン燃料を模擬した溶融物での実験で,プルトニウムを含む溶融物を使った実験はありません.MOX燃料はウラン燃料と融点などの物性が異なります.溶融物の物性の違いは水蒸気爆発の発生頻度や爆発力の程度に影響します.よって,原子力規制委員会はMOX燃料が溶けた事故で,格納容器を破壊する程の水蒸気爆発が発生しないと,確かな根拠を持って言うことは出来ないはずです.
 よって,ウラン燃料より深刻な事故になる恐れがあるMOX燃料について,特に評価しない九州電力の申請を認めた許可処分に合理性は無く不当です.それは,プルトニウム等の放射性物質を大量にまき散らす危険性を放置する事であり,「国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全」に資する事を目的とする,原子力規制委員会設置法に違反しています.
 なお,プルサーマルの危険性等について審査されてから長期間経過したため,どのような問題点が指摘されたか知らないか忘れた原子力規制委員会の職員等もいると思われるため,以下に主要な問題的とプルサーマルの背景等について参考まで簡単に記載しておきます.
 MOX燃料とウラン燃料は特性がいろいろ違い,制御棒の効きが悪くなる,燃料が溶け易くなる等,原子炉の制御や事故時の余裕が減る方向での問題点が多くあります.臨界事故や被曝の危険性と核兵器に転用される恐れも高く,発熱量や放射線量の多いMOX燃料は,製造・輸送が危険・困難で,盗難や破壊行為の恐れから重火器武装の警護も必要です.実際,海外のMOX燃料工場からの遠距離の海上輸送では,燃料強奪や沈没事故での海洋汚染等を懸念する関係諸国等の非難・反対もありました.MOX燃料の製造・検査の困難性を背景に,品質管理データをねつ造・改ざんし,異物を燃料棒の中に混入する事件まで起きました.
 MOX燃料はウラン燃料より使用前から使用後も,強い放射線と発熱を長時間放出します.水冷保管に必要な期間は300年以上との試算もあり,核燃料棒の劣化・腐食で放射性ガスが漏出します.冷却水を長時間失えば大事故になる恐れもありますが,保管計画はありません.
 そもそも,プルサーマルは高速増殖炉が出来るまでの経過措置で,使用済み核燃料の再処理工場を含む核燃料サイクルが確立していれば不要でした.高速増殖炉開発がもんじゅ事故で頓挫して,本来高速増殖炉で使うプルトニウムを取り出す,再処理工場の存在意義が根底から揺らぎました.しかし,各地の原発サイトの使用済み核燃料は保管限界に近づいており,運び出せないと運転が続けられなくなります.青森県も核のゴミ捨て場になるなら,再処理工場を認めないので,プルトニウムの計画的な利用が求められました.米国等も,大量の余剰プルトニウムを抱える事を危惧してプルトニウムの軽水炉利用を勧めました.実際は,六カ所の再処理工場が動けばプルサーマルで消費するより多くの分離プルトニウムが生じる矛盾があっても,ウラン燃料より高価でも進められています.とにかく,原子力の平和利用と核燃料サイクル実現の夢で正当化する,巨大な利権構造の維持と利益が原動力の様です.
 しかし,主に地域振興のメリットで原発を受け入れた立地地域にとって,プルサーマルは危険性と問題が増える発電方法でしかありません.そのため,原発で働く人が多い立地地域でも,各地でプルサーマルの是非を問う住民投票が求められ,新潟県刈羽村で実現し反対多数でプルサーマルは止まりました.その刈羽村での住民投票実施前にプルサーマル公開討論会が開かれ,原子力規制のトップも一丸となって,原発の過酷事故は起きないとの前提で,全体的メリットの大きさと危険性の少なさが説かれました(注2).
 それから,福島原発事故が起き,もんじゅが廃炉になり,再処理工場の稼働が延期続きで,プルサーマルの必要性と安全性を説いた人達の前提は,いろいろ根本的に崩れています.
 福島原発事故でもプルサーマル炉が爆発しており,MOX燃料の影響も否定出来ません.原子力規制委員会は,MOX燃料の特性が過酷事故の進展と健康被害等にどう影響するかは勿論,多角的な視点から包括的・全体的にプルサーマルを考える必要があると思われます.
 二度と(上記の公開討論会の様に),推進側の一員として活動・支援・擁護する事なく,政権の意向や事業者の利害に囚われずに中立的立場を維持しなければなりません.その事が原子力災害を防ぎ,起きても被害を軽減し,負の遺産を減らす事に繋がると思われます.
(注2)下記の柏崎日報記事等参照 
    http://www.kisnet.or.jp/nippo/nippo-2001-05-19-1.html

以上


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