原子力規制委員会設置法の撤回要求

原子力基本法の改悪および原子力規制委員会設置法の撤回を求める


衆議院議長 横路 孝弘 殿
参議院議長 平田 健二 殿

去る6月20日に成立した原子力規制委員会設置法の第1条では,原子力利用の目的に「我が国の安全保障に資する」という文言が挿入されました.これに連動させて,この法律の付則第12条で原子力基本法の第2条(基本方針)の第2項に同様の文言を加える改悪が行われました.私たちは科学者としてのみならず一市民としても,これらの内容と審議過程に重大な危惧を持つに至りました.以下に,原子力基本法の改悪と設置法に関わる問題点やその成立過程の問題点を整理・指摘するとともに,原子力基本法の改悪と設置法を撤回し,手続きをやり直すことを求めます.

(1)日本の原子力関連の個別法はすべて,日本国憲法と原子力基本法の枠内で作られることになっています.すなわち原子力基本法は個別法である原子力規制委員会設置法(以下,設置法と略)に優先する法律であり,設置法は原子力基本法の枠内で決めることが求められています.しかし,今回の設置法の第1条で原子力利用の目的に「我が国の安全保障に資する」が付け加えられました.「安全保障」という文言は,一般に,軍事を含む防衛を意味します.したがって,この文言では,原子力利用は核兵器開発も含むという解釈が可能となり,「平和の目的に限り」というこれまでの原子力基本法の基本方針(第2条第1項)の枠を大きく踏み外すことになります.そこで設置法の付則第12条で原子力基本法の第2条(基本方針)の第2項に同様の文言「我が国の安全保障に資する」を加えるという改悪が行われました.この改悪により,原子力基本法の第2条の第1項(平和目的と平和利用3原則)と第2項(「安全保障に資する」)の間に,大きな論理的矛盾をもたらすことになりました.原子力基本法の精神の中枢部分が同じ法律の中で否定されたと言っても過言ではありません.このように個別法の付則によって,より上位にある原子力基本法の基本方針を審議なしに変更することは,法治国家として決して許されることではありません.原子力基本法の変更は, 貴両院の議員諸氏のみならず,原子力関係の科学者,技術者を含む国民各層の意見を傾聴し,十分に時間をかけて慎重に行うべきです.

次項で指摘するように,国民にはこのような重大な内容が隠されたまま可決されたことは明らかに民主主義的な手続きの重大な瑕疵であり,歴史的暴挙と言わざるを得ません.イランなどに対して核開発の疑惑を云々する一方で,我が国の原子力政策の基本方針に軍事的目的を原子力基本法に含ませることは,広島・長崎における原爆被災を受けた国として,核兵器廃絶という国民的願いにも反し,憲法9条にも抵触する恐れがあるだけではなく,東北アジア諸国を始め,国際的に重大な懸念と想定が困難な事態を惹起する可能性を否定できません.
このような基本的な問題点を鑑みる限り,原子力基本法の改悪は撤回するべきであると私たちは考えます.

(2)今回の原子力規制に関する法案の基本は,国民の多数が強く希望しているように,2011年3月11日の東日本大震災に端を発した福島第一原発事故のような重大事故を二度と起こさないということに置くべきことは明白です.そのために日本国民が必要とする設置法は,福島第一原発事故についてのさまざまな事故調査委員会の最終報告,少なくとも貴両院が設置した事故調査委員会の最終報告を十分吟味し,どのような規制委員会が適切かを熟慮したうえで決めるべきです.国会および政府の事故調査委員会の最終報告書が提出されたのは,それぞれ,本年7月5日および7月23日でした.これらの報告書が提出される前に設置法を成立させることは立法府自身が自らの設置した事故調査委員会を否定することになり, 貴両院の歴史に重大な汚点を自覚なしに刻印することであると言わざるを得ません.これらの報告書についての説明をそれぞれの事故調査委員会から詳しく受けた上,慎重に審議し設置法の基本的骨格を決めるべきです.
このように福島第一原発事故についての原因と教訓を踏まえていない設置法は重大な問題点を有していると指摘せざるを得ません.

(3)本設置法の国会における成立過程をみると,民主主義に反する異常なプロセスが明らかになっています.当初の政府案は,民主党・自由民主党・公明党の3党によって非公開のもとで修正され,その修正案は6月15日に提案され,同日に衆議院の環境委員会で審議もなしに可決されてしまいました.新聞報道によれば,野党がこの265ページにおよぶこの法案を受けとったのは同日の午前であり,質問を考える時間もなかったと伝えられています.同法案は,直ちに衆議院本会議に送られ,そのまま同日午後に可決されました.参議院の環境委員会では若干の審議があったとはいえ,衆議院で採決される当日に265ページにおよぶ法案の提示し一切の審議もなしに可決するというのは,民主主義を破壊する暴挙です.しかも,参議院の委員会の審議が始まった7月18日の段階でも同法案は国会のホームページに掲載されず,国民には法案の内容を知る権利が奪われた状態であった点は,国民主権の観点から特に重大です.

(4)設置法には,原子力を規制する原子力規制庁の,原発を推進する機関からの独立性を担保するために,「原子力規制庁の職員は原子力推進に関わる行政組織への配置転換を認めない」(付則第6条2項,「ノーリターン・ルール」)が適用されたことは評価できます.しかし,これに対して例外を認めることで実質的には独立性が担保されないことになっているのは深刻な問題です.例外を求めない「ノーリターン・ルール」が必要です.また,「原子炉の運転期間は40年とする」という規定があるにもかかわらず,原子力規制委員会の許可を得て,例外的に20年の延長を認めるなど,60年運転も可能となる仕組みが図られています.現在の原子力規制委員会の人事案をみる限り,これらの疑念が現実のものとなる危険が高いように思われます.原子力規制庁の原発推進機関からの独立性を厳格に保ちながら,老朽化した原発に対する厳格に規制していく原子力規制委員会と原子力規制庁の姿勢を設置法の中に明記していくことが必要です.

以上のように,原子力基本法の改悪と本設置法および付則にはさまざまな問題点が含まれています.3・11福島第一原発事故の後,政府や原子力関係の科学者の対応や姿勢が国民各層に根強い不信感の原因となったことは国内外で周知の事実であります.さらに,今回の立法府における原子力基本法の改悪と本設置法および付則の重大な問題点が国民各層に周知されるならば,立法府に対する国民各層の信頼も大きく低下せざるを得ないと私達は強く懸念致します.さらに, 核兵器廃絶という国民的願いにも反し,憲法9条にも抵触する恐れが国民に認識されるならば,立法府への信頼度の低下のみならず,国民的反発を惹起する可能性も否定できません.

1955年に制定された原子力基本法は,基本的には,原発を推進するための法律(第1条目的「原子力の研究開発,利用の促進をもって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する」)であります.福島第一原発事故を経験した私たち日本国民の多くは,脱原発への路線に大きく舵をきることを考えはじめてきています.このような脱原発の方向に向けて,原子力基本法を見直すことこそいまの私たち日本国民には必要であります.ところが今回の改正では正反対に,核兵器開発の可能性にまで踏み込むことになっています.今回の原子力基本法の改悪と設置法を撤回するとともに,福島第一原発事故についての原因と教訓を踏まえた上で,重大事故を二度と起こさないような新たな厳格な原子力規制委員会の設置法を作成し,手続きをやり直すことを私たちは科学者としてのみならず一市民としても強く求めます.

以上

2012年8月20日
日本科学者会議福岡支部 核問題研究委員会

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