2012.10月号

読書会日時:10月8日(月)午後2時〜5時

<特集>科学と教育の結びつきを問い直す

田中昌弥論文「OECDの教育政策提言におけるevidence-based志向の問題性」
米山光儀論文「福澤諭吉の実学思想ーその意義と限界」
澤田稔論文「科学教育のカリキュラム・ポリティクスー対立と価値判断の原子力・エネルギー教育へ」
佐藤広美論文「勝田守一教育学の戦前と戦後」
jjs2012.10

<読書会の記録>

田中昌弥論文「OECDの教育政策提言におけるevidence-based志向の問題性」
医療分野において「根拠に基づく医療」Evidence-Based Medicine (EBM)が提唱され,患者自身が納得のいく治療法を意志決定する上で大きな貢献をしている.OECDは教育提言の中に,このようなevidence-basedを標榜して国際的影響力を強めている.しかし,教育の分野におけるエビデンス(根拠)を検証するのは数的にも時間的にも困難である.PISA調査のデータを一つのエビデンス(根拠)とするOECDの教育政策提言の問題点を指摘する.結局,教育における主人公は教師(さらには生徒)であり,彼らの主体性や意向を十分に踏まえることが,EBMで提唱された精神を継承することになると論じる本論文の意義は大きい.(報告:E.M.)

米山光儀論文「福澤諭吉の実学思想ーその意義と限界」
福澤は「実学」を自然科学にとどまらず社会科学・人文科学の諸領域を含む総合的科学=サイアンスとして捉えていた.同時に福澤は,「すべての価値判断は具体的な状況に応じて,実践的な効果との関連においてなされる」とのプラグマティズムの視点・思想を持っており(丸山真男「福澤諭吉の哲学」),本論文ではこの視点からの「実学」の意味の掘り下げがない.プラグマティズムの視点からの福澤教育論の吟味が必要ではないか.また,著者は最後に福澤の独立論に関して「日本の独立については,いかに「独立」を論じることはできても,「サイアンス」としてそれができないというアポリア(=行き詰まり)に陥ってしまっている」という主張しているが,これが何を意味するか不明である.福澤の教育論について,現代日本の時代状況の中で何を反省し,何を主張しようとしているのか.福澤は偉大な思想家であることは疑いなく,いま私たちが福澤から何を反省し学び取るのかは大きな課題であろう.「私学主義」などを志向することで福澤は,官僚の養成ではなく,野にある中産階級に属する大衆の教育を目指した.このような慶應義塾の教育理念や学風は現在受け継がれているのだろうか.また,民主主義思想と先導者としての福澤の評価は実像を捉えているのだろうか(天皇中心の絶対主義的分権論者であったという評価もある).(報告:K.C.)

澤田稔論文「科学教育のカリキュラム・ポリティクスー対立と価値判断の原子力・エネルギー教育へ」
 カリキュラム・ポリティクスは,「学校知の政治性」とでも呼べるものであり(「学校知」とは「学校で教えられる知識」),学校知が決して中立的で公正なものではなく,むしろ現体制を維持・再生産するよう機能していることに注目する.例えば,原子力発電に関して日本の教科書では一般に「原子力発電では,少量の核燃料で大きなエネルギーが得られる,大気を汚染する排気ガスが発生しないなどの利点がある.しかし,ウランなどの核燃料や発電によって生じる核廃棄物がきわめて有害である,核燃料から生じるエネルギーの制御に高度な技術を必要とするなどの問題がある」のような両論併記がなされる.このような記述は,異なる2つの立場の一方に自分を位置づけ,その位置から他の立場を見る対立を経験し,その問題解決を図ろうとする当事者性や主体性を後退させるものとなると鋭く指摘する.このような学説の対立関係を学習させたり,一市民として生活するうえで政治的・道徳的選択を迫られる問題に関して,その価値判断における自らの立場を明確にするような学習機会を生徒に提供することが必要であるとする.たいへん示唆に富む論文である.(報告:M.K.)

佐藤広美論文「勝田守一教育学の戦前と戦後」
 勝田守一は,教育学を学んだ人なら誰でも知っているような著名な教育学者のようである.勝田守一の教育学を知らない人にとっては,この論文は難解な論文であるように思われる.勝田守一の教育学の内容について,本人の文章の引用のみでなく,一般の人にも理解出来るような平明な言葉での説明がほしいところである.とはいうものの,勝田守一が松本高校教師時代の戦争加担に対する厳しい反省を経て,戦後の教育科学研究会の再建に努力されたことは理解することができた.ある分野で優れた業績のある人を「日本の科学者」で広く専門外の人に知らしめるこのような解説記事は大変貴重である.しかし,専門外の人に分かりやすい解説を望みたい.(報告:Y.M.)
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