2013.11月号

読書会日時:2013年11月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>安倍政権を問う─改憲と歴史認識

本田浩邦  まえがき
大藤紀子  歴史と担い手を欠いた憲法
古関彰一  自民党改憲案の歴史的文脈
石田勇治  悪しき過去との取り組み─戦後ドイツの「過去の克服」
      と日本
中塚 明  「明治の戦争」と日本人の記憶
韓 冬雪  安倍政権の歴史認識と改憲問題─アジア諸国から見た
      安倍政権の危うさ
宋柱明(訳・金美花)  参議院選挙後の右翼国家主義的政治動向
      ─韓国の進歩的観点による分析と提言
小林義久  オバマ政権と歴史認識問題─安倍政権をどう評価して
      いるか
近藤真庸  東日本大震災と津波防災教育─教訓と課題

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大藤紀子著:歴史と担い手を欠いた憲法
2012年に提示された自民党の「日本国憲法改正草案」(以下,草案)は,憲法の位置づけを抜本的に変更し,その本来の機能を停止させるものであるとして,日本国憲法との比較を通して草案の憲法像を浮き彫りにしている.草案は「良き伝統」を未来に継承するという無反省な態度であり,過去の戦争の反省的視点から制定された現憲法との対照的である.現憲法の97条で,基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり,「現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」とする.草案はこの97条を削除した.著者は,基本的人権の規定から歴史的観点を排除することにより,基本的人権を国民の手から引き剥がし,外部的実力(すなわち時の政府)に委ねる危険性を鋭く指摘している.現憲法で「公共の福祉」という言葉が,草案で「公益及び公の秩序」に置きかえられている.「公共の福祉」は個人相互の人権の矛盾や衝突を調整するものであるが,「公益及び公の秩序」は,秩序維持を目的に表現の自由などの基本的人権を制限する概念として機能する危険を指摘している.「憲法は現状に合っている必要はない.現状を監視し,問題点を指摘し,それを正常化させるのが憲法である」という.  (報告:Y.S.)

古関彰一著:自民党改憲案の歴史的文脈
自衛隊の創設と自由民主党の結党を起点として憲法改正問題は生じた.自民党の一貫した改憲の柱は,戦争放棄条項の削除,天皇制の強化,人権の制限である.本論文では,結党以来60年にわたって執拗に改憲を追求してきた自民党の歴史を詳細に調べている.多くの国は,人権が国籍と無関係であることから,「国民」を「何人」「人」と定めているが,自民党の改憲構想では,「国民」(日本国籍所有者)として変わっていない.外国人の人権保障条項はなく,外国人の地方参政権は禁じている(94条).まさに「自国のことのみに専念して,他国を無視している」憲法になっている.  (報告:S.K.)

石田勇治著:悪しき過去との取り組み─戦後ドイツの「過去の克服」と日本
「過去の克服」なる言葉はドイツ語からの翻訳後である.「過去の克服」には2つのレベルがある.一つは,旧ドイツを継承する国民または個人として,ナチ時代のメガ犯罪をいかに受け止めるかというもの.もう一つは,ナチ不法の被害者への補償や犯罪者の司法訴追など具体的な政策と活動である.「過去の克服」は,ドイツにおける民主主義の成長と国際的信用回復貢献し,ドイツはいまやEUをリードする立場にある.いまだ戦争に起因する近隣諸国との問題を解決できない日本とは対照的である.ドイツでナチ被害者への補償政策が始まったのは前後直後であった.連邦補償法(1956年)での補償対象は主に旧ドイツ国籍保有者のユダヤ人であった.旧交戦国国民の被害は,賠償支払いでよって償われるべきとの考えで,戦時中ドイツ勢力下の東欧の被害者は補償対象から外された.しかし,ドイツ統一の見通しが立たないなかで賠償問題は棚上げとなる.1998年のシュレーダー政権の下で,強制労働を被害者の認識に歩み寄る形で,道義的・歴史的責任から強制労働への補償基金の設立を決めた.ドイツと日本は異なる戦争を下のだから,ドイツの取り組みは参考にならないという声もあるが,はたしてそうであろうか.華北で行った「三光作戦」はドイツの「東部戦線」での「絶滅戦争」とどれほど違ったものか.また,戦時下の日本に連行された中国人・朝鮮人は,ドイツ本国に連行されたポーランド人・ロシア人などとどれほど違っていたのか.さらに,強制収容所で実験と称してユダヤ人やロマ人などを殺害したナチの医者と,満州で捕虜や現地住民に生体実験を行った731部隊の科学者とはどれほど違っていたか,と著者は問う.決して大きな違いはない.日本とドイツの大きな違いは,旧体制に対する公的認識の違いである.ドイツでは,ナチ体制下のドイツを「不法国家」と捉える認識が定着するのは戦中世代が現役を退く1960年末から1970年代のことである.ドイツはニュルンベルク国際軍事裁判を公式に受け入れなかったが,自国刑法に基づく司法訴追を自らの手で続け,ナチ時代の罪と責任をめぐる議論を重ねてきた.著者は,「」は新しい世代の人権意識に訴えながら,同時にそれに促されて進展してきたという.  (報告:T.M.)

中塚 明著:「明治の戦争」と日本人の記憶
「坂の上の雲」を書いた司馬遼太郎などは,中国やロシアが朝鮮を支配すると地政学的に見て日本の安全は守れない,そのために戦った日清戦争・日露戦争は日本の防衛戦争であったという.著者はこの見方に否定的である.そのことを日清戦争について検証している.日本では,日清戦争は「朝鮮の独立のための戦争」であるとしていが,日清戦争最初の日本軍の武力行動は朝鮮王宮の占領であり,朝鮮国王の事実上日本の虜とすることであった.このことについて,当時,参謀本部編纂部長の東条英教(東条英機の父親)は次のように語っている(『征清用兵隔壁聴談』).日本軍が清国兵と衝突する口実のために,「朝鮮政府から清国兵の撃退を日本に依頼させるのが一番良い.そのためには武力をもって朝鮮政府を脅かすのが一番だ」このような日本軍の侵攻に全朝鮮の規模で東学農民軍を主体とする抗日の蜂起が起こる(東学農民の第二次蜂起).日本軍大本営は,弾圧部隊を派遣し,1894.11から翌年にかけてジェノサイド作戦を展開し,3〜5万人の朝鮮人民を皆殺しにした.これは軍部の勝手な作戦ではなく政府の決定による作戦であった.「朝鮮王宮占領のことなどを詳しく書くのは宣戦の詔勅と矛盾する嫌いがあるので,こういうことは書かないで編纂しなおし,もっぱら清国が日本に敵対してきたので,日本はやむなく応じざるを得なくなって戦争になった,というように改める」という方針の下で書かれたものが日清戦史である.日露戦争後には,このような方針はより系統的になったという.司馬史観に基づき「明治の栄光」を讃える言説があるが,節目・節目で公表できない行為をともなった日清戦争・日露戦争は決して「日本の防衛戦争」ではないと著者は強く主張する.  (報告:E.M.)

韓 冬雪著:安倍政権の歴史認識と改憲問題─アジア諸国から見た安倍政権の危うさ
日本の大学でも国際関係論の講義を行ったことのある中国・精華大学の政治学者である著者は,①日本の指導的政治家たちの,戦争責任についての反省のない放言や②日本の教科書の中で,植民地政策をとってアジア諸国の国民に多大の辛苦を与えた部分が軽く表現されていることに驚いたという.自民族が近代史で起こした大きな過ちをきちんと総括しないで,不十分な誤った認識のままでこれから先,アジアの人々とどう付き合って行けるのかを,心配している.アジアの人々は,安倍政権の改憲の企てに激しく反発し反対するという.この著者の意見に賛成する読者会メンバーもいる一方で,日中間の良くない関係の一部が中国側にも責任がある点が捨象されている点に違和感を覚えるメンバーもいた.  (報告:K.C.)

宗 柱明著:参議院選挙後の右翼国家主義的政治動向─韓国の進歩的観点による分析と提言
著者は,韓国・ハンシン大学の政治学者である.また,7月の参議院選挙に勝利した安倍政権を,愛国心や公の秩序をふりかざして個人の権利を制限する「国家主義」の国へ導き,集団的自衛権により全世界で攻撃的戦争をしうる膨張的「軍事大国」へと導く政権であるとみて,日本は「右翼国家主義」という極めて危険な問題に直面していると主張している.この「右翼国家主義」に反対する(日本の)市民や政治勢力が連合し,安倍政権の危険なもくろみを食い止め,平和と民主主義,進歩的な社会発展を追求することを期待している.著者は,新しい東アジアの協力的発展への貢献を「民主的な平和国家日本」に求めている.  (報告:Y.M.)

小林義久著:オバマ政権と歴史認識問題─安倍政権をどう評価しているか
本論文では,安倍政権の歴史認識問題を,オバマ政権をどのように見ているかを論じている.安倍政権は,歴代首相が触れてきたアジア諸国への加害責任や反省に言及せず,歴史認識でこれまでの政権と一線を画す姿勢を示している.日本の過去の植民地支配と侵略を認めた1995年の村山談話を見直す可能性も指摘される.米議会の調査報告書では,「安倍首相は強固なナショナリストとして知られる」と指摘し,歴史認識をめぐる安倍政権閣僚の言動が,米国の国益を損ねかねないとの懸念を示している.麻生副首相のナチス発言や安倍首相の「侵略という定義は国際的には決まっていない.国と国との関係でどちらからみるかということで違う」という発言は,中韓のみならず米メディアからも「歴史に直面する能力がない」などの厳しい批判をあびた.オバマ政権はこれらの発言に直接には反応していないが,安倍政権の動きを,戦後の国際秩序を揺るがしかねないとみている.米誌”The Diplomat”(Aug. 10, 2013)は,米政府高官が8月上旬に日本政府に対し軍備強化に踏み切れば中国や韓国を刺激しかねないと警告したほか,核兵器開発につながる青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設の稼働をしないよう要請したと伝え,オバマ政権が日本の軍事能力向上に警戒感を抱いていると指摘している.安倍政権が,戦後秩序をはみ出さない程度で集団的自衛権の憲法解釈見直しなどに取り組む限りは,米国は支持する立場であると著者は結論している.今秋の10月に日米軍事協力指針の改定のために来日した米国務・国防長官がそろって千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花したのは米国の強いメッセージであるように思われる.  (報告:T.Y.)
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