2018.9月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年9月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年9月号
<特集>平和への権利と日本国憲法

<報告>

前田 朗:国連平和への権利宣言とは何かー状態としての平和から権利としての平和へ
 2016 年12 月,国連総会で平和への権利宣言が採択された.この宣言の採択を求めるキャンペーンを中心的に発展させたのは,NGO のスペイン国際人権法協会である.同協会の会長カルロス・ビアン・デュランは世界各地での大規模な反戦運動にもかかわらず,ブッシュ政権によるイラク戦争を止められなかったことに怒りと失望を感じ,2006年10月に平和への人権に関するルアカル宣言(スペイン)を採択し,世界キャンペーンを開始した.日本は,戦争放棄の憲法9条と平和的生存権規定を有している.筆者を含む日本のNGOもこの世界キャンペーンに加わることになったという.1000を超える世界のNGO が連携してサンティアゴ宣言(スペイン)をまとめ上げた.国連で採択された宣言は前文で,国連憲章,世界人権宣言などを列挙し,武力による威嚇と武力の行使の禁止,人民自決の原則などを確認し,また「テロ対策措置と人権の保護」の重要性を指摘している.宣言は,前文に続いて5カ条の条文から成っている.国連で採択された宣言は,サンティアゴ宣言に比べれば,平和教育,人間の安全保障,持続可能な環境権,不服従および良心的兵役拒否の権利,抵抗権などの多くの条項が技術的理由から削除された.国連総会での採択では,賛成131,反対34,棄権19 であったが,反対は米国,主要EU 諸国,日本である.宣言採択を契機として,平和を求める世界の運動を飛躍的に発展させることが今後の課題であると著者は言う. (報告:Y.M.)

清水雅彦:平和への権利宣言と日本国憲法
 著者の専門は憲法学である.2016 年12 月に国連総会で採択された平和への権利宣言と日本国憲法の平和的生存権を比較し,今後の課題を論じている.憲法9 条1 項(戦争放棄)の解釈には,侵略戦争を放棄したとする考え方(限定放棄説,A 説)と自衛戦争を含む一切の戦争を放棄したとする考え方(全面放棄説,B 説)があり,憲法9 条2 項(戦力不保持)については,自衛のための戦力の保持は許されるとする解釈(甲説)と自衛のための戦力の保持も許されないと考える解釈(乙説)がある.日本国憲法の平和主義は世界の流れから導き出されたという.第一次世界大戦の経験から世界は,不戦条約(1928 年)により侵略戦争を放棄し,第二次世界大戦後の国連憲章第51 条は自衛権行使も制限する.日本国憲法が自衛戦争を放棄した(B 説)と考えれば,日本国憲法の平和主義は「正戦論
侵略戦争の制限侵略戦争の放棄自衛戦争の制限自衛戦争の放棄」という流れの最先端に位置する.前文2 段には,星野安三郎氏によって提起された「平和的生存権」がある.平和的生存権の権利の解釈では,「恐怖から免れる権利」を自由権,「欠乏から免れる権利」を社会権と考える.平和の問題を「権利」としたことで,少数派の「平和のうちに生存する権利」が安易には奪えなくなる.採択された平和への権利宣言には,すべての人は平和を享受する権利を有する(第1 条),国家は恐怖と欠乏からの自由を保障すべき(第2 条)などの5カ条の条文があり,平和を「権利としての平和」,「構造としての平和」と捉えている点で共通しているという.日本の市民が,国連「平和への権利宣言」の具体化の先頭に立てるように憲法改悪を阻止し,憲法の平和主義理念の実現に向けて運動すべきという. (報告:T.M.)

浦田一郎:自衛隊加憲論と日本国憲法ー防衛と行政の関係を中心に
 現在,安倍政権が狙っている憲法9 条の改憲は,「9 条1 項,2 項を残しつつ,自衛隊を明文で書き込む」というものである.本論文では,その自衛隊加憲論が,憲法における防衛の位置付けにもたらす効果を,防衛と行政に焦点を当てて議論している.安倍は「自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ」ると説明している.「自衛隊の存在」を根拠づける政府の憲法解釈は,自衛力論と呼ばれ,「自衛のための必要最小限の実力」であれば憲法9 条の「戦力」に当たらないと言うものである.自衛隊加憲が行われれば,憲法上に軍事力の根拠規定が置かれることになる.その結果,軍事力制約的な要素が弱められ,拡大的な要素が強められることになる.現在明らかに成っている加憲部分の自民党案は,「法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」であるという.一般の行政では内閣総理大臣は「内閣を代表して」行政を行うので,閣議決定を経ることが必要であるが,「内閣の首長たる」内閣総理大臣には,閣議決定の要否や内閣との関係が論じられていない.閣議によらない行使の可能性が生ずるのであろうか? と著者は疑問を呈する.2012 年の自民党改憲案では,軍の統括について「内閣総理大臣は,最高指揮官として,国防軍を統括する」(案72 条3 項)として,内閣に属しない専権事項として閣議決定の必要性を除外している. (報告:H.M.)

2018.7月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年7月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年7月号
<特集>「市民と野党の共闘」が変えたもの

<報告>

中野晃一:市民の政治参加と政党政治の変容ー「占拠」から「選挙」へ
 2015年において安保法案に反対する運動は,立憲民主主義の破壊に抗する主権者運動としての性格を有し,9月19日の安保法制強行成立とともに,国会前の「占拠」から議会内に市民の代理人を「選挙」して行こうと新たな展開を見せた.同年12月20日にSEALDsや「ママの会」,「学者の会」など5団体有志が「安保法案の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)を結成した.このような動きの中で,市民も政党と共に選挙の主体であり,市民が選挙闘争に介入し「選挙を変える」という動きが強まるとともに,市民連合は,野党統一候補擁立を目指す市民団体と連携し,2016年7月の参議院選挙で32の一人区すべてで候補者の一本化を要請し,候補者一本化が進むと各統一候補と個別の政策協定書を交わした.32の一人区のうち11選挙区で野党統一候補が勝利した.昨年秋に安倍が仕掛けた解散総選挙において,突然に民進党が希望の党へ合流するという状況の中で,それまで全国各地で築いてきた共闘のネットワークがこの逆流を押し返す力を生み出した.市民の政治参加の広がりと深まりによって,政党政治は確実に変わりはじめている. (報告:Y.M.)

佐々木寛:新潟県の市民と野党の共闘についてー「市民政治」の生成と展開
 2017年の衆議院選において,新潟県では全ての選挙区で「希望の党」抜きの野党共闘が実現し,6つの選挙区のうち4選挙区で野党候補が与党候補に勝利した.その背景に新潟独自の「市民政治」のダイナミズムがあったという.2016年以降の全野党と市民をつなぐ「新潟モデル」は,共産党を除く野党のネットワークの上に高い組織力を持つ共産党を加えることで実現した.安保法制廃止を求めて設立された「市民連合@新潟」は,統一候補実現に向けてのシンポジウムを行うなど,政党間の「橋渡し役」を果たし,7月の参議院選で勝利した.柏崎刈羽原発の再稼働問題が最大の争点となった2016年10月の知事選では,「野党第一党」や「最大の労働組合」を抜きに選挙戦に望むことになったが,争点が明確で,投票率が上がれば,勝てるという自信が市民の中にあったという.現在の深刻化する権力の逸脱を止めるためには,「市民」が選挙や政党などの既存の制度民主主義の中へも積極的に「介入」し「参加」していく必要がある.最後に,①今後の選挙でも野党共闘を目指すこと,②野党共闘の政治的意義を常に明確にすること,③誕生させた新たな政治権力をどう監視するかという課題などがあると指摘している. (報告:K.K.)

森原康仁:「市民と野党の共闘」と市民の政治参加ー三重県における2度の国政選挙の価値
 三重県では,2017年10月の総選挙は2016年の参院選に引き続き「市民と野党の共闘」がキーワードの国政選挙となった.この共闘は,2015年の安保法制の攻防から育まれた多様な市民と野党の共闘の蓄積の中から生まれた.立憲民主党の成功も「市民の政治参加の成功」であると著者はいう.「市民連合みえ」は総選挙で統一候補実現に努力し4選挙区のうち2選挙区で統一候補の擁立に成功し,1選挙区で勝利した.惜敗した統一候補も激しく追い上げた.自民党県連の幹事長も「市民連合みえが橋渡しした野党共闘の脅威」を投票日翌日に語った.2016年の参院選で三重県では「市民連合みえ」は各野党とのブリッジ共闘を仲立ちし,野党共闘に後ろ向きであった候補者を統一候補として擁立し勝利していた.この勝利が候補者自身を大きく変え,「野党共闘は欠かせない」という認識を市民や各政党にも強く残した.「市民連合みえ」は,9月28日の民進党の希望の党への合流劇を「多くの市民の選挙への流れを断ち切りかねない動き」とし,安保法制を容認する希望の党の支持はできないとした.この段階では民進系候補は希望への合流を否定せず流動的であったが,10月6日に「市民連合みえ」は2選挙区で民進,共産,社民との政策協定を調印し,統一候補が実現した.著者は,市民の政治参加が実質的に進むかどうかが重要であり,そのためには誰もが納得し得る一致点を掲げることが大切という. (報告:Y.S.)

遠藤泰弘:2017年総選挙,愛媛3区における市民の闘い
 著者の専門は政治学であり,成り行き上,2017年10月の総選挙で愛媛3区に深く関わりを持つことになったという.もともとこの選挙区は2017年10月に補欠選挙が予定され,民進党の白石洋一氏がその候補者として準備をしていた.相手予定候補者は女性スキャンダルなどもあり,情勢的にも十分に勝算のある状況であったという.著者は,2012年の安倍政権誕生以来,集団的自衛権行使容認の閣議決定などに危機感を持ち,民主党愛媛県連主催の講演会などで講演し,その関連で白石氏とも親交があった.前原氏による民進党の希望の党への合流が,半年以上にわたる補選準備をあっけなくリセットしてしまい,希望の党からの出馬を余儀なくされたという.希望の党からの出馬の報に,安保法制への反対運動を行ってきた多くの市民や政党から「議席のために筋を曲げた」,「裏切り者」という非難にさらされ野党統一候補の取り組みも吹き飛んだ.著者は,これらの批判を「大局観を欠いた過剰反応」といい,「2016年参院選で野党統一候補の擁立に大きな役割を果たした市民団体は,10月6日に希望の党を非難する声明を出すなど迷走状態となった」ともいう.希望の党に対する評価が三重県の例(前論文)と随分異なっている.選挙結果は白石氏の勝利となった.「希望の党の応援はできないが,(白石)洋一さんは応援する」という声もあったという.勝利の要因として,白石氏の地道な政治活動,相手候補のスキャンダルなどをあげている. (報告:E.M.)

岡田健一郎:高知県の市民と野党の共闘について
 2017年の総選挙において,高知2区では野党統一候補の広田一氏が自民党前職の山本有二氏を破った.これは,高知の市民と野党の共闘における重要な到達点であるが,その根底には,長期にわたる多くの人々の信頼関係とネットワークがあったという.高知の労働運動や平和運動における信頼関係と人的ネットワークは,総評分裂後も政党・労組を越えた多くの人々の努力により繋がれていき,やがて脱原発などの取り組みを通して市民が参加することになった.安保法制問題を機に,各政党は市民からの野党共闘の強い後押しを受けることとなり,総選挙では市民からの継続的な統一の要望により2区の民進党広田候補が無所属出馬を決断したことで公示直前に統一候補となった(1区では民進党候補が希望の党からの出馬となり統一がならなかった).これらの背景には,高知では昔から政党を越えた人的なつながりがあり,民間企業の圧倒的影響が少ないことで,総評分裂後にも公務系労組の発言力が強いことがある.高知では4野党といえば,民進(立憲民主),共産と社民,新社会党であり,農林水産業や中小企業を基盤とする自民党と労組を基盤とする4野党が対峙している構造があるという.このような伝統を生かしつつ,組織化されていない市民の声を取り入れていく必要があり,そのためには候補者選定も透明化して市民の意見を反映していくことが大切であると著者は言う. (報告:F.Y.)

2018.6月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年6月16日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年6月号
<特集>歴史視点から日本の原子力発電を考える

<報告>

兵藤友博:原子力の社会的選択と安全性ー原子力法制の改編の歴史に問う

1954年3月に原子炉予算が国会通過となり原子力の平和利用が大義名分となった.1955年に成立した原子力基本法には,当時の学術界で議論された自主・民主・公開の3原則は反映されたが,原子炉の安全性については問題にならなかった(そのような問題自身があるとは誰も気付いていなかったということなのかも知れない).原発事故は起こり得ないものとして「安全神話」が埋め込まれていたという.1974年の原子力船「むつ」の放射線漏れ事故や原発事故を受けて,1978年の改正で第2条1項に「安全の確保」が追加され,新たに原子力安全委員会が設置された.2012年の改正で第2条2項に軍事的な意味も含む「安全保障」が追加された(論文中では,78年改正の続きで記載しているが,これは明らかにミスであろう).1957年に制定された原子炉等規制法では,「安全」という言葉は,第1条の「公共の安全」と第73条の「船舶安全法」の2つしかない.このように安全性の問題を軽視していたのは,原子炉技術を米国まかせにしていた結果であろう.2016年6月に原子力規制委員会が発表した「実用発電用原子炉に係る新基準の考え方」では「原発に関する一定のリスクは受忍すべき」との立場に立っている.しかし,原発の再稼働に当たっては,制御できなくなるリスクを持っていることを考えるべきと警告する. (報告:S.K.)

金森絵里:会計情報からみる福島第一原発事故への道ー歴史視点から日本の原子力発電を考える

原発事業の会計を,損害賠償コストとバックエンドコストの2つを取り上げ議論している.結論的に言えば,前者は部分的にしか参入されておらず,後者は過小評価である疑いがあるという.原発の発電コストは,発電費を発電量で割って得られる.発電量が大きくなれば安くなる.2002年に発覚した東電のトラブル隠しによって,発電量を故意に大きく見せかけていたことが明らかとなっている.原子力損害賠償で大きいのは,「1200億円超の損害での政府の援助」であるが,この「政府の援助」とは何かが曖昧なままである.この額は大きな過酷事故では膨大となる可能性がある.この部分は,原発の発電費には含まれていない.バックエンドコストは,①使用済燃料再処理コスト,②核廃棄物の最終処分コスト,③廃炉コストがある.これらのコストは,支出が遠い将来であり,誰も合理的観点から見積もることができない.そのため過小評価される危険性が極めて高い.実際に過小評価していたと疑われる理由を3点述べている. (報告:I.H.)

中瀬哲史:東電はなぜ原発を開始し進展させたのか?ー東電の経営行動と福島第一原発事故

東電は,1960年に大熊町と双葉町にまたがる旧陸軍航空基地とその周辺地域の用地買収を申し入れ,1962年9月には福島県での原発建設を宣言し,積極的に原子力開発を進めた.1962年から1973年上期までは,火力発電を主力とする東電の経営は安定的に推移した.しかし,オイルショック(1973年と1979年)は東電の経営を暗転させた.原発は,1970年代には応力腐食割れなどもあり利用率が上がらなかったが,電力ベストミックス体制を追求した.原子力とLNG火力をベース電源として位置付け,高い熱効率のコンバインドサイクル発電を開発した.また,東芝,日立のメーカーと協力して原発の改良標準化計画を進め,成果として福島第二原発と柏崎刈羽原発が開発された.しかし,そのために固定資産額が上昇し,総括原価方式による電力価格を引き上げることになった.家庭用電力市場でオール電化攻勢を仕掛けることで,消費電力を増加させた.この消費電力の増加により,2007年7月の中越沖地震で柏崎刈羽原発が被災し,同原発を停止させた際,残りの原発のフル活動が必要となり,そのため福島第一原発の津波用防波堤を作る余裕が持てなかったという.結論として,着実に脱原発を進め,循環型で地域再生につながる「環境統合型生産システム」構築が重要であるとしている. (報告:T.Y.)

山崎文徳:日本における原子力技術の導入と開発ー経済性と安全性の関係


1946年の米国の原子力法では,国家安全保障が最優先され,核分裂物質,原子炉と技術情報の国家独占が制定された.アイゼンハワーの”Atoms for Peace”演説のあと,1954年の原子力法では,原子炉の民間所有と技術情報の自由化,国際協力を認め,原子力の商業利用に道を開いた.米国は他国に原子炉を提供する代わりに,ウラン濃縮と再処理を制限し,原子力技術を米国依存にさせる仕組みを作り原発ビジネスを推進した.日本では,1974年に電力三法を成立させ,原子炉建設を促進した.しかし,圧力容器の大型化による経済性を追求する一方で,シビアアクシデントにおける安全上のリスクを増大させることになった.1970年代では,配管のひび割れが発見されるたびに運転停止が余儀なくされ,原発の設備利用率が極めて低かった.1990年代後半には技術の向上もあって設備利用率は70%以上になった.しかし,東電で2002年に多くの配管の損傷を隠蔽していたことが発覚した後,次々に同様の隠蔽した事実が明らかとなった.高い設備利用率を維持するために安全性に関わる重大な問題が放置されていたことになる.1975年に米国で出されたラスムッセン報告では,原発事故による死亡者と財産被害は小さく,発生頻度は隕石が落下して死者が出る程度とされた.このような原発のリスクの過小評価は日本でも受け継がれた.原発は,根本的な安全対策が確立されていない技術であり,実用化の段階に達していない技術であると結論している. (報告:E.M.)

<レビュー論文>藤川誠二:高浜1,2号機,美浜3号機の運転期間延長認可取消訴訟について
―老朽原発の裁判の現状と課題

運転開始から40年を超える老朽原発の運転期間延長許可等の取り消しを求める全国初の行政訴訟についての報告である.対象原発は,高浜原発1号機,同2号機,美浜原発3号機である.運転差し止めとは異なり,運転期間延長の法的根拠となる認可の取り消しを求めているため,認可が取り消された場合には原発を運転する法的根拠を失うので廃炉とならざるを得ない.その意味で本裁判は廃炉を求める裁判であるという.運転期間延長の審査をクリアするには多額の安全対策工事が必要であるため,小規模の原発(敦賀1号,美浜1・2号,島根1号,玄海1号,伊方1号)では廃炉となっている.大型炉である大飯1・2号は補強や耐震化のコスト増加から採算が取れないとの判断から関西電力は廃炉を決めたという.裁判の争点は,圧力容器の中性子照射脆化や耐震安全性など多数あるが,重要論点に絞ることが必要という.40年を超える老朽原発が今後生じるので,本裁判の審理・判断は今後の原発裁判の重要な先例になる. (報告:Y.M.)

2018.3月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年3月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年3月号
<特集>東日本大震災と宮城の教育

<報告>

川名直子:東日本大震災後の小中学校と子どもの現状

筆者は現役の小学校教員である.教員の目から見た東日本大震災後の宮城県における小中学校の状況,特に「子どもや保護者,教員,教育委員会」の現状が報告されている.宮城県の教育委員会は,各学校(被災校)が震災直後の未曾有の困難に直面している中で「4月中は原則現在校での勤務継続」などの教職員組合からの要請があったにもかかわらず,被災三県の中で唯一,教職員異動を例年通り強行したという.避難所運営,自宅の被災,家族との死別などにより,3割近い教職員が心身の疲労を訴え,2012年度からの健康調査では3割の教職員が「うつ状態」であることが判明したという.宮城県での不登校者が震災後特に中学校で増えている(2012年,2016年では全国ワースト1位).山形県では「33プラン」として全学年で33人以下学級を実現して,①欠席と不登校の減少,②学力の向上,③ゆとりにより教員の意欲的仕事の増進,が報告されている.山形県より財政的には余裕がある宮城県の県議会では少人数学級の実施は難しいとの姿勢を崩さないという. (報告:H.M.)

日野秀逸:スウェーデンの教育に学ぶことー幸福度の高い社会の基本が主権者教育

スウェーデンは日本より,一人当たりのGDPが高く,社会保障が充実して,国民の幸福度は世界で9位(日本は51位)である.幸福度の指標は,GDPのほか,他者への寛容さ,健康寿命,頼れる人がいること,人生選択の自由,汚職のない社会などである.これらの指標が高い背景には教育重視の政策があるという.著者は,1990年代のはじめのスウェーデンの総選挙の際にストックホルムにいて,翌日の新聞に「民主主義の危機」という大きなタイトルの記事を読んだという.投票率が下がって89%になった.1割以上の人が投票しないのは,「民主主義の危機」だとの内容であった.スウェーデンでは,3〜5歳の保育園から様々な役割を選挙で決め,選ばれた5歳児は責任ある仕事を果たす.また,非営利の労働組合運動や協同組合運動,自然保護運動などを「国民運動」と呼び,これらの運動に高い評価が与えられている.国民一人当たり平均して4〜5の「国民運動」に参加している.選挙の投票基準も候補者がどのような「国民運動」に関わっているか重視される.スウェーデンは一院制で4年毎の総選挙で政権(連立政権の構成など)はかなり変わる.やり始めた政策でも4年間の実施を総括・評価して不都合があればすぐ改める.このようなフットワークの軽い政治のあり方を「実験国家」と呼んでいる. (報告:E.M.)

江草重男:経済的困難の下の高校生の生活ー学費・教育費の視点から

現在の日本における高校の学費に関わる制度の問題点を論じている.2009年,民主党政権になり公立高校の授業料不徴収の制度が始まった.私立高校でも制度は異なるが同様の就学支援が開始された.しかし,財源捻出のため特定扶養控除が縮小されたため,その負担増により,低所得層ではほとんど負担軽減にならなかったという.2012年12月に自公政権が復活し,2014年4月から所得に応じた授業料徴収が復活した.高校では,授業料が無償化されても,PTA費や学校納付金,クラブ活動費,修学旅行費などが,全日制高校の全国平均で年間約19万円ほどの出費がある.生活保護世帯の子どもでは,小・中学生であれば修学旅行費用は就学援助制度から全額支給されるが,高校生にはそのような援助はない.生活保護世帯の多い定時制高校では,修学旅行不参加者は少なくないという.生活保護制度では大学等への進学は想定されていない.現在では大学や専門学校を卒業しないと就けない職種が多数に及ぶ(医師,学校の先生,栄養士など).経済的困難を抱える家庭の子どもは「職業選択」の権利を奪われている.このような子どもは,正規のフルタイムの仕事に出勤する親を見ていないので,規則的な生活をする自分のイメージを持つことができず,その日暮らしのような生活から向け出すことができないという.このような状況を改善し負の連鎖を断ち切る政策が求められていると著者は訴える. (報告:T.M.)

本田伊克:大学改革と切り崩される教員養成大学の基盤ー研究と教育の自由を守る砦として

教員養成系単科大学に勤務する筆者が,独立行政法人化(独法化)以降,国家による教職課程の目標・内容の統制により学問と教育の自由をいかに奪っているかを論じている.独法化を受けて,大学は市場からの急務への応答を迫られ,短期的な成果を見込めない人文諸科学や基礎研究領域の学部や課程を縮小する圧力が強まっており,教育学部もその例外でないという.筆者の勤務校では,2015年の一般運用費交付金は2004年に比べて1.6億円も減らされており,競争的資金を獲得しても,その事業の維持するために資金と労力を費やし,大学運営の自律性が失われている.「有識者会議」の報告書(2017.8.29)では,教員養成系大学の再編について,学部,教職大学院,大学教員,外部との連携などについて事細かに方向性を方向性を方向性を指示し,「これまでの延長程度では不足」と大学を脅している.教員養成課程では,教員養成「予備校」のごとく,すぐに役立つノウハウや心構えが教え,学習指導要領に忠実に,与えられた職務を忠実にこなす「考えない教師」を作り出すような動きが進んでいる.文科省による大学の「植民地化」にストップをかけ,学問に裏打ちされた教員養成を再構築していくためには,教科のバックグランドとなる専門領域の知識と子どもの認識発達や学習過程に関する教育学的知見と実践的知見が一体化することで「新たな学問領域」を切り拓く必要性を論じている. (報告:K.K.)

2018.2月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年2月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年2月号
<特集>気候変動とその対策,自然エネルギーと省エネの社会実現に向けて

<報告>

岩本智之:近年の「異常気候」と気候変動
2016年の世界平均地上温度は,1981〜2010年の平均値に比べ+0.45℃と観測史上第一位となり,また,世界の海水面温度も100年で+0.53℃のペースで上がっている.このような地球が全体として温暖化していることは間違いない.そして,その原因が人為的に発生した大気中の温室効果ガス濃度の増加によることもほぼ確であるようだ.「世界のCO2濃度は観測史上最高を示しているにもかかわらず温暖化は止まっている」(赤祖父俊一氏),「気温上昇の主因は太陽活動の変化」(Jaworowsk),「CO2の大気中濃度を増大しているのは海洋からの供給である」(槌田敦氏)などの気候変動否定論を批判的に紹介しながら,それらの人にも人類の未来を保障する建設的な議論を呼びかけている. (報告:T.Y.)

早川光俊:パリ協定と人類の未来
2015年11月,国際社会が合意したパリ協定は,すべての国が温室効果ガスの削減に参加し,平均気温の上昇を2℃未満にすることを目的とした点で歴史的合意である.世界はパリ協定の実施に向けて急速に進みつつある.化石燃料への投資から撤退する動きも急速に広がっている.イギリス,フランス,カナダは2030年までに石炭火力を廃止するとし,EU各国でガソリン車の販売を停止する動きも広がっている.このような動きに反して,日本は,2030年の温室効果ガスの削減目標がEU諸国と比べて低く,自然エネルギーの導入目標も低い.いま,日本では42基,2051万kWの石炭火力発電の建設計画があり,2020年前後からの稼働を予定している.パリ協定に逆行するエネルギー政策と言わざるをえない.一方,地球環境市民会議(CASA)によるシナリオでは,原発ゼロでEU諸国並みのCO2排出41%削減(1990年比)が可能という. (報告:I.H.)

歌川 学・外岡 豊:2050年温室効果ガス排出80%以上削減に向けた対策シナリオ
2050年に温室効果ガス排出80%以上削減(1990年比)に向けて3つの対策をしたケースを検討している.対策①では,省エネや自然エネルギー及び既存優良技術が普及し,生産量や輸送量は2030年までは政府の「長期エネルギー需給見通し」の想定に従い増加し,2030年以降は人口減少に応じて漸減するとする.対策③では,以上に加え新技術を活用するとともに,生産・輸送をスリム化することを想定している.もっとも保守的な対策①でも2050年に温室効果ガス排出80%以上削減は可能であるという.また,対策③では,95%以上の削減可能性が得られ,経済・雇用等にも大きなメリットがあることが示された.100万人規模の雇用拡大も期待される. (報告:E.M.)

河野 仁:日本の自然エネルギーの現状と政策課題
気温上昇を2℃未満に抑えるためには,2050年の先進国のCO2排出量を80〜95%削減(1995年比)が必要であるが,日本の目標はこれを本気で考えた計画になっていない.2016年の電力に占める自然エネルギーの割合は,OECD諸国で50〜100%であるのに対して,日本では16%である.アイスランドでは,水力72.6%,地熱27.3%で自然エネルギーのみで電力を賄っている.ノルウェーも水力(96.3%)と風力(1.4%)で98%の電力を賄っている.デンマークは風力で43%の電力を賄っている.日本で自然エネルギーの導入が進まないのは,炭素税の導入などの有効な温室効果ガス削減の義務付けがないことが大きい.自然エネルギー発電の送電網への優先接続ルールなどを法的に整備し,太陽光と風力発電の接続可能量の限度を撤廃するとともに,自然エネルギーの変動を予測し,火力や揚水発電の出力を制御する中央制御センターが必要であるという.豊富な自然エネルギーを有する日本では,環境対策を考えた風力発電等の設置場所選定や騒音基準対策等を備える必要もあるという. (報告:F.Y.)

2017.11月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年11月13日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2017年11月号
<特集>超低周波・低周波音,電磁波による健康被害

<報告>

松井利仁:低周波音による健康影響と個人差—前庭による知覚と上半規管裂隙症候群
 日本では,西名阪自動車道事件(1970年)を切っ掛けに低周波音行政は先進的な内容になったが,2017年5月に環境省が示した風力発電施設からの低周波音影響評価指針は,先進的な低周波音行政を破棄し,事件以前の内容に逆戻りした.西名阪自動車道での疫学調査によれば,住民に頭痛,めまい,不眠などが多発し,半数を超える有症率になっている.頭痛やめまいは低周波音に特有な症状である.風力発電施設については,まず欧州で問題が顕在化し,めまいや頭痛,不眠などが多数報告され,「風車病」と呼ばれている.低周波音によるめまいや頭痛などの症状は,上半規管裂隙症候群と呼ばれ,音刺激が前庭(内耳)の平衡機能を刺激することで生じる.環境省が示した指針では,風車騒音の影響を「聞こえる音」に限定したことで,「聞こえない」低周波音による影響をカバーできないことになった.この新たな指針によって,低周波音による健康影響を受ける住民が続出するだろうとして,指針作成の中心人物として橘秀樹・東大名誉教授を「わが国の騒音行政を科学や世界の常識から遠ざけた」と厳しく糾弾している. (報告:T.Y.)

市川守弘:風力発電被害とどう闘うか—法的手段の可能性と課題
 再生可能エネルギーとして風力発電所建設が全国で進行しているが,風車の低周波音による健康被害や風車建設による自然破壊などの弊害も指摘されている.風車が発生する低周波音と睡眠障害,血圧上昇,めまいなどの自律神経失調症状との間に科学的因果関係が肯定されなければ解決は難しい.本論文では,科学的成果が乏しい中で,それらの問題に対して法的手段の可能性を提起している.日本では低周波音と被害との因果関係が公には認められていない.従って,低周波音による健康被害を理由として訴訟を提起することは困難である.しかし,「不快感」を理由として法的に争うことは可能である.風車の存在が民法709条(不法行為責任)に違反するかどうかの判断には,住民側の受忍限度を超えているかどうかという要件が必要であり,その要素として風車による利益配分内容と住民の受ける利益の有無も重要なファクターであるという.日本ではまだ広く知られていないが,環境上の正義(Environnmental Justice)概念も有効なものであるという.法的手段の解決には,自然科学や社会科学の調査・研究が不可欠という. (報告:Y.M.)

加藤やすこ:“社会的障壁”としての電磁波と健康問題—身近な発生源と対策
 無線通信技術の普及とともに,電磁波過敏症(EHS)発症者が世界的に増加し,諸外国の有病率は人口の程度と報告されている.その主な症状は,頭痛,不眠,動悸,めまい,吐き気など多岐にわたり,電磁波発生源から離れると症状はなくなるという.ごく微量の化学物質に反応する化学物質過敏症(MCS)発病者は,EHSとの合併症率は高い.公共施設や交通機関に無線LANが導入される中で,EHS発症者が各国で発生し問題となっている.EHSの有病率は,台湾やオーストリアで13%,ドイツやスウェーデンで9%である.日本では3〜6%で,その80%がMCSを合併している.筆者もMCS発症後,EHSを合併し,自宅でのLED電球や冷蔵庫や洗濯機のモーターや低周波音が気になるという.公共施設や学校などの施設へは有線LANの普及が望ましいが,無線LANを使う場所とオフエリアの住み分けも検討してほしい,因果関係が解明されるまでこれらの対応を遅らせることは被害者を増やすことにつながると筆者は訴える. (報告: K.K.)

特集以外に,以下の興味深い論文があったので,その紹介があった.

岡本良治:レビュー「北朝鮮の核開発はどこまで進んだか」
 核兵器は,爆発的な核分裂連鎖反応と核融合連鎖反応のいずれか,または両方を用いた兵器であり,通常兵器とは桁違いに強い爆風や熱線,放射線,電磁パルスを発生する大量殺戮兵器である.世界の基本的危機の源の一つである.広島や長崎に落とされた砲身型や爆縮型の第一世代の核分裂爆弾に比較して,少量の核融合物質(重水素及び三重水素)の添加による核分裂連鎖反応の高効率化(ブースター原理)を図ったブースター型核分裂兵器は,添加する核融合物質の量の加減により爆発威力の調整が容易であり,爆弾の小型化も可能である.さらに,原子炉級のプルトニウムの使用でも核兵器の作成が可能であるという.筆者によれば,北朝鮮はブースター型核分裂兵器の生産と配備ができるようになった可能性が高く,北朝鮮の核兵器開発は「対米外交の道具」を超え,実践配備を整えつつあるという.さらに,このまま放置すれば,北朝鮮の核兵器能力は,ここ数年のうちに飛躍的に高まると著者は警告する. (報告:E.M.)

2017.9月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年9月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2017年9月号
<特集>『資本論』150年その現代的意義と受容史

<報告>

平林一隆:『資本論』と主流派経済学,その資本主義観の相違—資本主義下の市場は何を実現するものなのか
 マルクス『資本論』による経済学は,何を経済現象の本質と捉えるかについて主流派経済学(ミクロ経済学・マクロ経済学)と大きく異なるが,その違いを概説している.資本主義下の市場が実現するものは,主流派経済学では経済主体(家計)の効率最大化と企業の利潤最大化であり,与えられた条件下で最も経済合理性が実現された状態であるとする.一方,『資本論』においては,社会内部の労働を各生産部門に振り分け,社会的分業を合理的に成立させ,最大限の利潤を資本が獲得する状態であるとする.『資本論』では労働者は剰余労働を資本家の下で行なっており,これが生み出す価値が資本家の利潤となる(これを搾取と呼ぶ).新自由主義政策の理論家であるフリードマンがシカゴ大学のゼミで「黒人の経済的貧困は,各人が合理的な選択の結果として起きているのであって,その選択がいいとか悪いとか,私たち経済学者として何ら主張することはできない」と言ったことに対して,「私たち黒人に自分の両親を選ぶ自由があったでしょうか」との黒人学生の発言のように,実際の資本主義社会では万人に平等な選択肢が開かれているわけではない.資本主義社会の不平等な現実をみるとき,『資本論』の見方が,剰余労働が生み出す価値をどう配分するかの経済制度を考える契機になると著者は言う. (報告:T.Y.)

黒瀬一弘:経済学の多様性と『資本論』—学術会議の「参照基準」論争をめぐって
 大学教育の分野別質保証のための経済学分野の参照基準原案が作成された(2014年8月).その原案の中では,マルクス経済学の原論科目である「政治経済学」や「社会経済学」は原案から外れた.しかし,『資本論』は資本主義分析を目的とした著作であり,学士課程で教える意義はいまでもある.経済学における多様性の重要性とともに『資本論』教授の意義を論じている.参照基準原案では,米国で教授されている経済学が「標準的なアプローチ」と位置づけられている.「標準的なアプローチ」では社会の成員は互いに独立して意思決定を行うとするが,『資本論』では社会の成員は2つの階級(労働者と資本家)に属しており,労働者は労働所得を,資本家は利潤を得るとする.『資本論』では,資本主義社会においては貨幣自体を神のごとく扱うフェティシズムや失業の危険,また「搾取」という概念を指摘しており,これらは「標準的なアプローチ」では看過されてきた問題であり,学士課程で十分説明可能であるという. (報告:I.H.)

久保誠二郎:日本における『資本論』像
 『資本論』は,強い存在感を放ってきた稀有な書物である.『資本論』のは日本において,①社会主義運動と結びついたマルクス主義の資本主義観を与える文献として,また②大学を中心とする研究と高等教育の領域で受容されてきた.その歴史を論じている.『共産党宣言』は1904年に幸徳秋水・堺利彦に翻訳されたが,直ちに発禁,国家による厳しい弾圧を受けた.対照的に『資本論』は発禁処分を受けたことがない.1920年代,『資本論』は社会科学・経済学の重要文献として地位を築いた.読売新聞の「現代名家の十書選」(1924年)では,論語・漱石・ニーチェと並んで『資本論』が薦めたい文献として挙げられた.1945年の敗戦から現代まで『資本論』をタイトルにした図書は730点が刊行され,1960年代までマルクス主義の文献は知的教養としても広く学生に読まれた.その後,1989年〜1991年のソ連東欧の崩壊でマルクス主義は急速に影響力を失う.しかし,新自由主義政策やグローバル化の進展のもと,非正規労働者,ブラック企業,過労死などの増加とともに,新自由主義を推進した経済学者からも反省が聞かれ,英国教会の大司教が「マルクスの資本主義論は部分的に正しかった」と述べるなど,『資本論』は再び注目を集め始めた.21世紀に『資本論』をタイトルに含む書籍が181点刊行されている. (報告:Y.M.)

伊藤セツ:クララ・ツェトキンと『資本論』第1章—マルクス主義と女性解放運動・女性運動
 現代のあらゆる社会的問題(格差,貧困,差別,原発,沖縄など)は,利潤追求至上主義を根源としており,これらの問題を分析する際に立ち返る古典は『資本論』第1巻であると著者は言う.クララ・ツェトキンは,『資本論』第1巻第13章「機械と大企業」を,生涯,女性解放論と運動の指針としたという.しかし,本論文におけるクララ・ツェトキンの引用文からは,具体的にどのような点で指針になったのかが明確には伝わってこない. (報告: K.K.)

日野秀逸:『資本論』と医師群像—マルクス・エンゲルスと医師たち
 マルクスとエンゲルスは,医学に高い関心と豊富な知識を持ち,経済理論の構築に医師で経済学者の業績を批判的に摂取した.また資本主義分析や労働者の状態分析において医師の臨床医学・公衆衛生報告を重視した.マルクス・エンゲルス全集で二人が言及した医師は271名であるという(医学を学んだことのある人物は医師として数える.例えば,地動説のコペルニクスは,パドヴァ大学で医学を学んでおり,医師に含まれる).彼らの親族にも多くの医師たちがいた.また,彼らは自然科学と医学に強い関心を払った.哲学者で「経験論の父」と呼ばれるJ.ロック(1632-1704)はオックスフォード大出身の外科医であった.17世紀の解剖学や血液循環理論という医学を学んだ医師たちは,J.ロックの古典派経済学の影響を受け,人体の構造と機能に関する理論の経済現象への適用を試みた.産業革命後期に生きたマルクスとエンゲルスは,経済理論の構築に際し,そのような医師・経済学者の業績を重視したという.また,『資本論』の中で,英国における労働者の健康と生命が利潤のために系統的に損耗されていることを,医師による『公衆衛生』についての報告書から引用している.このように『資本論』の作成には,多くの医師たちの業績が関与している.一般国民の健康が蝕まれている今の日本でも,このような医学と経済学の良好な協力関係が必要であると著者はいう. (報告: H.M.)

2017.7月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年7月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<報告>

7月号にはいつもの特集がなかったので, 7月10日(月)の読書会においては,5月号〜7月号に掲載された<ひろば>の軍学共同関連の論説を扱った.当日報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集した.

(5月号)
野村康秀:「予算拡大で新たな危険段階に入った防衛装備庁の研究委託制度」
赤井純治:「軍学共同反対連絡会の活動」
野村論文では,予算の面から防衛装備庁の研究委託制度を詳細に論じている.「安全保障技術研究推進制度」による研究委託費予算は2017年度は,6億円から109.9億円へと一挙に拡大された.これには,「1件当たり5年で数億〜数十億の大規模プロジェクト」の研究委託契約分の100億円と2015,2016年度からの継続分7.8億円が含まれる.100億円のうち2017年度支出予定額は12.3億円で,残りの87.7億円は後の4年にわたり支払われることになる.野村氏は,防衛省の職員(PO)が研究の進捗状況や「防衛装備庁」とのラベルの付いた試験装置の管理状況を確認するために大学に出入るすることが日常化し,防衛装備庁との繋がりが半永久化し,外国人研究者・学生を始めとしてすべての教職員・学生の監視体制が義務付けられるだろう,と警告する.また,109.9 - (100+7.8)=2.1億円の差額は,制度推進のための人件費,旅費,事務経費などであろうという.
赤井論文は,2016年9月に結成された軍学共同反対連絡会の署名や学術会議前での宣伝など様々な活動を紹介している. (報告:T.Y.)

(6月号)
河かおる:「足元で立憲主義の危機に向き合う」
河村 豊:「両用分野の研究は日軍事か?」ほか
河論文は,滋賀県立大学における「安全保障技術研究推進制度」(以下,防衛省制度)に関しての軍学共同反対の取り組みを報告している.2015年度には,教育研究評議会において応募の是非が議論され,最終的に「現時点での応募は適切でない」とされたが,2016年度になって防衛省制度についても個別研究課題ごとに応募の可否を判断するという基準(案)が教育研究評議会で承認された.この基準(案)に対して,防衛省などの軍関係機関からの資金による研究は基本理念に照らして認められないとの意見書を有志で評議会に提出.京都新聞で「滋賀県立大学 軍事技術研究へ応募検討」との記事の中で一般市民の学外の危機感の中で大学は2017年1月に「滋賀県立大学の研究者の研究活動における基本理念」を公表した.3月には防衛省制度に「大学としての応募はできない」とする学長談話もプレスリリースされた.
河村論文では,両用技術という言葉は,軍事技術を隠すための「語義の乱用」であり,軍事研究を推進する狙いは,防衛産業界が世界の武器市場で競争力を保つということである,と的確な指摘をしている.他に鯵坂真氏が関西大学の状況を報告している.2016年に学長が全学の教授会に防衛省研究費への応募の是非を諮問し,各教授会はほぼ一年をかけて審議した結果,関西大学には「人類の平和・福祉に反する研究活動に従事しない」という「研究倫理基準」があり,これを原則とするという方針が再確認され,2016年12月7日,学長名で防衛省の研究費に応募しないことを発表した. (報告:K.K.)

(7月号)
井原 聡:「大西隆学術会議会長への抗議と批判」
井原論文では,学術会議の「軍事的安全保障研究に関する声明」に関して,日経ビジネスWeb版での「‘軍事研究容認’と叩かれても伝えたいこと」とのインタビューでの大西会長の発言を批判している.大西会長は「学術会議の意見と世間一般の意見は違う」と述べている.学術会議では2015年9月の総会以降の毎回の幹事会で議論し,2016年6月からは「安全保障と学術の関わりの検討委員会」を11回開催し,2017年2月には市民参加のフォーラムを開催するなど議論を重ねてきた.大西氏の発言は,明らかに学術会議の声明を貶め,学術会議の存在意義を否定するものであると厳しい.さらに大西氏の「公開の場で議論しているのでメディアが多く来る.何か発言すると新聞などに取り上げられる.そう考えると思っている意見を表明できなくなるケースがあったかもしれない」との発言を批判している.この発言は,真理を探究している研究者の発言とはとても思えない.大西氏は学術会議の会長には最もふさわしくない人物である.大西氏は「軍事的組織から民生部門への転用をもっと議論したかった」と言う.しかし,デュアルユース論については,11回開かれた検討委員会では,4回にわたって議論し,そして民生転用については意義を見出さなかった,ということである. (報告:E.M.)

(7月号)
増田正人:「軍事研究に対する法政大学の態度表明について」
松見 俊:「西南学院『平和宣言』発表の経緯と意味」
増田論文は,法政大学の軍事研究に対する態度表明を報告している.2017年1月26日,法政大学は「学外資金によるデュアルユース研究費への応募について」を発表し,「安全保障技術研究推進制度」への応募を禁じた.法政大学憲章のもとで,防衛装備庁の資金を受け入れるためには,大学の基本的なあり方を変えなければならないが,それは望ましいものでない.それが応募を禁じた理由であるという.
松見論文は,2016年4月1日に発表した「西南学院創立百周年にあたっての平和宣言—西南学院の戦争責任・戦後責任の告白を踏まえて」の経緯を報告している.2004年に院長に就任した寺園喜基氏は,『西南学院七十年史』の歴史認識の中に戦争責任への言及がかけていることに気づき,2016年の創立百周年における『百年史』編纂には戦争責任を明確にしようという動きが起きたという.平和宣言は,アジア・太平洋戦争を十分批判できず,結果的に戦争に加担したことを悔い改めており,植民地争奪戦争における加害責任を明確にするだけでなく,戦争という最大の人権侵害を二度と許さない決意と,戦争によって人が味わう不条理と理不尽な苦しみの共有こそが国境を越えて人間を連帯させるという希望の視点で書かれている. (報告: Y.M.)

2017.6月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年6月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2017年6月号
<特集>女性研究者の出産・子育て—研究との両立と葛藤

<報告>

小畑千晴:子育てをめぐる女性研究者の現状と課題—臨床心理士の立場から
 女性研究者の割合は,英国38.3%,米国34.3%に対して,日本は14.7%半分以下である.その理由は「家事と仕事の両立の困難」であるという.2006年度より文科省による女性研究者研究活動支援が実施され,女性教員の「採用推進」や女性が子育てしながら研究が継続できるための「環境整備」などがなされてきた.その整備の中に女性研究者のための「相談室」開設も含まれる.筆者はその相談室で6年間に619件の相談を受けたという.女性研究者が一人で家事・育児のすべてこなし,精神的にも身体的にも負担を感じるという相談が多数あったという.これらの問題の多くは,自分とパートナーの生き方,あり様を夫婦が一緒に話し合うことで本質的な解決の道につながったという.「家事と仕事の両立」は「女性の両立」でなく「夫婦の両立」であるという. (報告:S.K.)

小尾晴美:若手女性研究者のワーク・ライフ・バランス上の困難について—保育労働を研究する立場から
 多くの大学院生や若手研究者は,脆弱な高等教育予算を要因として経済的困難や就職難や不安定雇用といった問題に加えて,研究とライフイベント(結婚・出産・育児・介護等)の両立支援の不備(保育所不足など)による困難にも直面している.筆者は,2006年〜2014年の9年間大学院に在籍し,支払った学費は約500万円,要返済の奨学金は約730万円.2009年に結婚したが,実家とパートナーの援助で研究と生活を続けているという.大学院在学で就職が遅く,就職後に結婚・出産しようとすると30歳代というキャリア形成の上で重要な時期に子育て期が重なる.出産をためらうケースも多い.筆者は専任の研究職に就くことができたが,就職先は遠く遠距離別居結婚で,妊娠・出産をしばらく先延ばしするという決断をした.キャリアを形成する重要な時期の若手研究者の状況を理解し,安定した環境で研究を継続できる研究条件の向上と処遇の改善,出産・子育て支援策の拡充を政府や大学に強くお願いしたいと筆者は訴える. (報告:T.Y.)

岸田未来:「出産・子育てと研究遂行の葛藤」を乗り越えるために―子育て中の立場から
 著者は,柏木恵子著「子どもが育つ条件」に出会って子育てと研究の両立に感じていた不安が解消したという.同書では,①子育てに関する負担を夫婦間で双方が納得するよう分担することが大切であり,②子育てに関する負担は社会全体として共有すべき課題である,とする.筆者は,子育てと研究遂行の両立を長期的に夫婦間の問題と考えるようになり,生後6ヶ月まで夫と同居し二人で育児をした.また,出産・子育てで研究遂行が落ち込むことなく,むしろ出産後は研究時間が制限されるので,時間を効率的に使うことを意識するようになり,仕事や家事に優先順位をつけ頭を切り替えてさばいていく能力を身につけたという.「子どもに一番手のかかる時期に無理やり成果をあげようせずとも,中長期的に研究成果を考えればよいのではないか」と述べ,「出産・子育てを通じて,子どもの成長への直接的なかかわりや,子どもと地域を介した新たな社会関係などから視野が広がり,得られるものも多い」と著者は豪快である. (報告:Y.M.)

半沢蛍子:談話室「研究と子育ての四つのポイント―子どもを育てながら歩む博士課程」
 著者は博士課程1年目で結婚して,すぐ妊娠.妊娠中に継続的な実験を行い,データ取集終了一週間後に長女を出産.2年後に次女を出産.現在,娘たちは3歳と1歳.研究と家庭は破綻せずに回っている.両立している理由は,①子どもたちが健康であること,②「自分がやりたいことをする」を夫婦ともに行うことを認める「少し変わった」夫の存在,③所属学部の助手の主業務が研究であること,④指導教員や先生方に子育てに理解があること,などのよるが特に③が要である.助手の任期が切れた時,他の常勤職につかなければ,両立状態は破綻する.農村の機織の女性は,時々の優先順位に合わせて,機織りを止めることなく続けるという.研究者という職業でも,「研究か家庭か」という二者択一でなく,ライフステージに合わせて継続していける職業になってほしいと切実である. (報告: E.M.)

2017.5月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年5月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室
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『日本の科学者』2017年5月号
<特集>生物多様性から改めて問う日本の環境政策

吉田正人著:愛知目標の達成に向けた日本の環境政策の課題
呉地正行・舩橋玲二著:「田んぼの生物多様性向上10年プロジェクト」がつなぐ地域と世界
富樫幸一著:長良川河口堰の「開門調査」をめぐって
及川敬貴著:生物多様性の主流化へと舵を切るアメリカ
保野野初子著:ヨーロッパにおける流域政策の展開と日本の課題

<報告>

2017.4月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年4月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室
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『日本の科学者』2017年4月号
<特集>日本は法治国家か?―辺野古・高江から地方自治と国家を問う
佐藤 学:日米軍事同盟体制と沖縄の役割―在沖海兵隊・オスプレイ「御守り」論
徳田博人:辺野古裁判の検証と今後の展望と課題
亀山統一:沖縄島の自然環境保全の課題―その焦点としての辺野古・大浦湾の保全
宮城秋乃:やんばるの動物と生物多様性―高江・安波で発見した希少動物と
     ヘリパッド建設が動物に与えた被害の具体例
前田定孝:高江―暴走する国家権力

<報告>

以下は4月10日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものである.

佐藤 学:日米軍事同盟体制と沖縄の役割―在沖海兵隊・オスプレイ「御守り」論

本論文は,中国脅威論にのり「米海兵隊が,オスプレイに乗って尖閣を防衛に行くために沖縄に駐留しており,辺野古新基地はそのために必要不可欠である」という言説に反論であるという.まず,沖縄にいる米軍は,尖閣防衛のためにいるのではない.2015年4月に改定された「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)では,尖閣諸島を含む島嶼防衛の責任は自衛隊が負っている.米軍の役割は「支援と補完」のみである.米国は,もともと,尖閣諸島の領有権については中立であると言い続けている.領有権について中立であるという島嶼のために,米兵が命を賭けるという想定自体が成り立たない.また,オスプレイで海兵隊が尖閣に直行するということもない.海兵隊が上陸戦闘部隊を運搬する際には,海軍の強襲揚陸艦にオスプレイなどの航空機とともに載せて,作戦地近くまで行き,そこから航空機で運ぶのである.沖縄の海兵隊がオスプレイで尖閣へ戦争に行ってくれると信じて,辺野古新基地建設に膨大な国民の税金(1兆円)をつぎ込んでバカを見るのは,日本国民であるとしている. (報告:E.M.)

徳田博人:辺野古裁判の検証と今後の展望と課題 

2015年10月,翁長沖縄県知事は,前知事が行なった辺野古埋め立て承認について,取り消しを行なった.国及び沖縄県による一連の辺野古争訟が起こされた.裁判所は和解を勧告し,県と国はそれぞれが起こした訴訟を取り下げ,円満解決に向けて協議することになった.沖縄県は,国に対し県と協議するよう求め,法廷闘争を回避するよう配慮を求めたが,2016年7月22日,国は沖縄県に対して,地方自治法に基づく不作為の違法確認訴訟を提起した.国は基地やオスプレイの存在により,国民の安全が確保できると主張.翁長知事は,沖縄の基地の過重負担や人権・環境の侵害を訴え,地方自治や民主主義が問われる裁判と位置づけて争った.福岡高裁(9月16日)と最高裁(12月20日)は,国の主張を検証抜きで認め,憲法や地方自治法が保障した価値(法原理)を軽視したものである.翁長知事には,埋立承認の「撤回」権限が残されている.「基地のない平和の島,沖縄」の実現に向けた辺野古新基地建設阻止こそが民主的平和的国家実現の途であると著者は結ぶ. (報告:S.M.)

亀山統一:沖縄島の自然環境保全の課題―その焦点としての辺野古・大浦湾の保全

2017年1月,日本政府は「奄美大島,徳之島,沖縄島北部および西表島」を世界自然遺産候補に推薦することを閣議了解した.2018年のユネスコ世界遺産委員会の審査を通れば,国内5番目の世界自然遺産となる.しかし,政府は自然環境保全の対象地域から軍事基地とその周辺地域を外したため,生物多様性のホットスポットを守れない,バッファーゾーンを設けられない,やんばるの多様な自然を保全できないという問題を抱えている.例えば,やんばる国立公園(2016年9月)には,その東側に保護すべき森林が広がるが,米軍基地に占有されている.ヘリパッドの建設強行で固有種が生息・繁殖する第二種特別地域に隣接する森を破壊している.また,海草藻場が高密度に大規模で現れ,良好なサンゴ礁が存在する辺野古・大浦湾を政府は保全しようとしない.著者は,「沖縄に持続可能な社会を築くうえで決定的な阻害要因は明らかに軍事基地であり,基地の桎梏を解いてやんばる全体・沖縄全体の自然環境と社会・文化を保全すること」が政府の責務であると喝破する.最後に,「沖縄の軍事基地が日本の国土防衛や東アジアの安定に貢献している」との政府の主張に対して,「軍隊による平和」を否定しているのが沖縄の価値観であると対比している. (報告:F.Y.)

宮城秋乃:やんばるの動物と生物多様性―高江・安波で発見した希少動物と,ヘリパッド建設が動物に与えた被害の具体例

沖縄島北部の東村高江と国頭村安波で行われている米軍ヘリパッド建設や米軍機の飛行が,やんばるの希少生物たちの命や住処(すみか)を奪っている.例えば,ヘリパッドや進入路,工事用道路の建設により,植物や動けない動物が死に,大木の伐採により,大木に依存するノグチゲラなどの生物種の絶滅が促進される.2011年10月から数名の生物研究者による高江・安波の生物分布調査で,高江の土壌中から新種のカニムシ2種採集するなど,様々な新発見があり,それだけ高江や安波の森は生態的にも学術的にも重要な地域であるという.オスプレイの騒音によりノグチゲラのひなの異常な行動が目撃されている.これらの生物への悪影響は,ヘリパッドが存続する限り今後も続く.一刻も早く建設を中止し,舗装を剥がして,森を生物たちの返すことが必要だと著者は訴える. (報告: Y.M.)

前田定孝:高江―暴走する国家権力

 2016年7月22日,沖縄防衛局は,沖縄県東村高江でヘリパッド建設工事に反対する住民のN1テントを強制撤去した.民主的な国家では,国家権力特に警察権の行使は,厳密に法律に基づくものでなければならないが,強制撤去の法的根拠を地元新聞社が沖縄防衛局や県警に問い合わせても回答がないという.これらの事態を法治主義の観点から本論文では読み解く.法治主義とは,国民の権利保護のため,行政の主要な部分が国民の代表からなる議会の制定した法律で行われ,行政機関の行為の違法性を審査する独立の裁判所によって行政の司法統制が行われることである.行政による強制的な執行には,「直接執行」と「強制執行」があり,前者は相手方に「撤去義務」を課したうえで行政自身が強制執行するものであり,後者は義務を課すことなく直ちに強制執行するものをいう.いずれの場合にも,法的根拠が必要である.沖縄防衛局は,名宛人を特定しない撤去要請の張り紙をしたようであるが,これでは「直接執行」における特定人への「撤去義務」を課したことにはならないという.著者は,N1テントの強制撤去は「強制執行」にも当たらないという.このほかに,警察官による県道70号線の封鎖や県道で実施された検問についても法治主義の観点からの検証をしている.最後に,暴走する国家権力をくいとめるために,学術と運動の連帯による取り組みが求められると筆者は主張する. (報告:T.Y.)

2017.2月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年2月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2017年2月号
<特集>熊本地震災害から学ぶものはなにか―災害研究・防災対策の現状と到達点
飯尾能久著:熊本地震はなぜ起こったのか?
多賀直恒著:市民と行政は,緊急事態に何を備えておくべきか―国家の総合リスク対策の提案
千代崎一夫・山下千佳著:熊本地震に学んで—全国の運動と具体的な活動

<報告>

本特集の「まえがき」でJSA災害問題研究委員会の委員長中山俊雄氏は,創設以来,同委員会が災害問題を総合的にとらえた災害科学の確立と被災者支援をめざし活動してきたとし,それらの視点を通して,熊本地震災害を捉え直すことを目的に本特集を企画したと書いている.そして,石原都政時代に廃止された「東京都震災予防条例」の前文にあった「地震は自然現象であるが,地震による災害の多くは人災であるといえる.したがって,人間の英知と技術と努力により,地震による災害を未然に防止し,被害を最小限にくいとめることができるはずである」との文章を紹介されている.以下は2月11日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものである.

飯尾能久著:熊本地震はなぜ起こったのか?

地震調査委員会は,活断層や地震活動に基づいて地震長期評価を行い,九州中部地域では今後30年以内にM6.8以上の地震が発生する確立が18〜27%であることを2013年に公表していた.2016年4月の熊本地震では,マグニチュード(M) 6.5の前震の28時間後にM7.3の本震が起きた.本論文では,この地震の概要を論じ,M6.5の後にさらに大きなM7.3の地震が発生した原因として,平行した複数の断層とその深部延長が重要な役割を果たした可能性を指摘している.内陸大地震の詳細な発生過程は,まだ研究段階であり今後の重要な研究対象であるという.九州中部地域での地震発生確率がかなり高かったにもかかわらず,一般に周知されていなかった点を踏まえ,調査等で得られた知見をより分かりやすく伝える努力の重要性も指摘している. (報告:F.Y.)

多賀直恒著:市民と行政は,緊急事態に何を備えておくべきか―国家の総合リスク対策の提案

熊本地震における行政の対応は次々に想定外の事態が発生し,状況把握と統率に問題があった.事前の地域防災計画は役に立たなかった.災害管理の立場から必要なことは,自治体施設の耐震性と住民住居の耐震化である.都市の発災時対応の行動原理は,市民の自助・共助と行政による公助の実行に尽きており,日常訓練と連帯体制を備えておくべきという.特に,米国のFEMA (Federal Emergency Management Agency, 連邦緊急事態管理庁) を参考にして国家統一の防災担当庁の設置を提案している.その理由は,対象とする自然災害が多様で時間的空間的にもランダムに発生し,予知・予測が現代科学では不可能であるからという. (報告:Y.M.)

千代崎一夫・山下千佳著:熊本地震に学んで—全国の運動と具体的な活動

寺田寅彦は,「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったが,日本の最近の状況は「災害は忘れないうちにやってくる」という災害列島になっていると著者は言う.2016年4月に起きた熊本地震での建築物,特に住宅の被害を概観し,「自然現象」を「災害」にしないための運動で防災力向上のための実践を論じている.益城町では新耐震基準導入 (1981.06) 以前の木造住宅被害率が顕著に大きく,以後では,2000年の接合部等の基準の明確化 (2000.06) 以降の住宅の被害率が小さい.明らかに住宅の耐震性向上基準の底上げは効果があった.耐震化などにより減災はできる.耐震機能・容量調整装置付スマートメーターも有効だという.被災者生活再建支援制度の拡充なども必要であると論じる. (報告:T.Y.)

2016.10月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年10月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年10月号
<特集>「原発再稼働を阻止し,原発に頼らない地域をめざそう」
舘野 淳:「欠陥商品」としての軽水炉と再稼働の問題点
岡田知弘:原発に依存しない地域社会をつくるために
伊東達也:原発反対運動の課題̶未然に防げなかった福島の経験を踏まえて
井戸謙一:原発裁判の動向̶司法は原発ゼロの日本に道を拓くか
立石雅昭:原発建設を住民投票で阻止した巻町の闘い̶町民総意で原発NOを選択

<報告>

舘野 淳 著:「欠陥商品」としての軽水炉と再稼働の問題点
 軽水炉は,炉心が1200℃を越えると温度制御が不可能となり炉心溶融に至り,周辺住民を巻き込む深刻な放射能災害の引き金を引くという特徴を持つという.このような炉心溶融は,加圧水型(PWR,スリーマイル島原発など)でも沸騰水型(BWR,福島原発など)でも起きており,軽水炉特有の欠陥である.著者は,メーカーでは軽水炉の改良(効率化,大型化,安全装置付加など)を進めているが,著者は技術的にも経済的にも失敗に終わっていると断言する.そして,現在,原子力規制委員会が進めている新規制基準による適合性審査の問題点として,①ベント機能が強調され「閉じ込める」機能が弱められたこと,②中性子照射脆化などの基礎的研究とデータの積み重ねが必要な問題は回避されていること,③事故対応に必要な原子炉水位計などの計測計器類の抜本的改善が要求されていないことなどを挙げる.IAEAの福島事故調査報告書において日本の事業者や規制当局が人的要因を十分に評価していないとしている点を指摘し,その体質が事故後に改善されてはおらず,このような現状から原発の再稼働は中止し,六ヶ所再処理工場も廃止することが最善の道である結論している. (報告:T.Y.)

岡田知弘著:原発に依存しない地域社会をつくるために
 「原発が稼働しないと地域経済が破綻する」という議論があるが,実際には原発立地の地域経済・地方財政効果は限定的であるという.例えば,市町村内の総生産に対するその住民の所得の割合は原発立地の柏崎市や刈羽村では,それぞれ,60%と29%であるという.新潟県平均が72%であることを考えれば低いことが分かる.所得が地域に循環せず電力会社本社に移転するということを意味している.佐賀県の玄海町ではこの割合は16.5%であるという.玄海町の総生産のほとんどが九州電力本社へ吸い上げられているということである.福島県は,震災から5ヶ月後の2011年8月11日に「脱原発の基本方針のもと,原子力に依存しない,安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を基本理念に掲げた「福島県復興ビジョン」を決定した.会津では再生可能エネルギーの地産地消をめざし会津電力が設立され,飯館村にも飯館電力が設立された.福島県ではこのような取り組みを全県に広げて2040年までにすべてのエネルギーを再生可能エネルギーで賄うという.著者は,原発停止から廃止に向かい,再生可能エネルギーへの転換と廃炉の道程を,地域経済の持続性の視点も加えて,国や地方自治体が具体化する必要があると結論する. (報告:K.K.)

伊東達也著:原発反対運動の課題—未然に防げなかった福島の経験を踏まえて
 現在著者は,原発事故被害いわき市民訴訟の原告団長として,国と東京電力の法的責任を求めている.2016年7月現在,福島県の震災関連死は2065人で,宮城県920人,岩手県457人と比べて突出している.自殺者も多い.帰還宣言をしても住民は戻れない.2011年9月に帰還できるようになった広野町は5割の住民が帰還していない.楢葉町は,2015年9月に帰還宣言を出したが7.3%の住民しか戻っていない.帰還困難区域7市町村では,未だに除染計画も帰還計画もない.著者等の属する「原発反対福島県連絡会」などの住民団体は,事故発生以前に,津波や地震への対策を急ぐよう強く求めてきた.それらのなかで,震災の4ヶ月前の2010年11月に清水電事連会長・近藤原子力委員会長・班目原子力安全委員会委員長・寺坂原子力安全保安委員長宛に「原発が大地震に見舞われた際の備えが十分であるか.国と電力会社は安全宣言をしているが,過酷事故への備えは万全といえるか」との申し入れをしたが,回答は「大事故は起こり得ない」「十分対策は取っている」であった.最後に著者は,①福島原発事故の実相・教訓,②日本の原発立地・運転の危険,③原発依存から自然再生エネルギーへの転換などを人々に伝えることの重要性を強調した. (報告:Y.M.)

井戸謙一著:原発裁判の動向—司法は原発ゼロの日本に道を拓くか
 2016年3月9日の大津地裁決定は,史上初めて司法の力で稼働中の原発を停止させた.隣接県の裁判所が運転の差止を命じた点でも画期的であった.福島事故後の5年間で住民勝訴判決・決定が4例あったが,住民敗訴も相当数見られる.本論文では,①住民勝訴判決・決定と敗訴決定の違いはどこにあるのか,②双方の判断が拮抗するいまの状況はなぜ生まれたか,③これからの司法判断はどうなっていくのか,について論じている.原発事故によって現実に深刻な被害が発生したことを直視することが大切であり,事故前に原発の運転差止をしなかった司法が事故を招いた責任の一端を担うことは否定できない著者はいう.大津地裁決定では,事故を踏まえてその原因をどう総括し,新規制基準が従来の基準からどのように強化され,電力会社がどのような対応をしたかについて納得のできる説明がなされない限り再稼働を認めることが出来ないとした.このように,事故の教訓を判断枠組みに生かすかどうかが問われている.事故後,原発安全神話の崩壊,専門家信頼神話の崩壊,原発必要神話の崩壊が社会的認識となり,原発問題のフェーズは変わった.裁判所の判断が拮抗しているのはその反映であるという.原発の再稼働は,電力会社の安定経営のためである.そのために,周辺住民が深刻なリスクを受け入れる理由はどこにもない.現在係属中の原発訴訟は32件にのぼる.フェーズの変わった今,さらに原発の差止を命じる判決・決定が出る可能性は十分にあり,司法をチャンネルの一つとして原発のない日本を作る可能性が出てきたと著者は希望を語っている. (報告:F.Y.)

立石雅昭著:原発建設を住民投票で阻止した巻町の闘い—町民総意で原発NOを選択
 1996年8月,新潟県巻町で東北電力の巻原発建設の是非を問う住民投票が行われた.結果は,投票率88%で建設反対が6割を超え,町民の意思が明確に示された.著者は,この巻町での運動を振り返り,原発ゼロの願いを実現するために広く共有すべき視点を整理している.巻町の運動は,町政の主人公である住民が自ら意思を表明し政策を決定した点に特徴がある.巻町は保守的風土の強い地域であるが,反原発のグループの地道な運動のなかで,原発建設に賛成の人も含めたより広範な住民団体(住民投票を実行する会)との共同が作られたことが勝利の大きな要素であった.科学技術庁や電力会社の金に糸目をつけない宣伝や供応の動きに対しても,的確な批判を行いながら,住民への厚い信頼を基調とした運動が展開された.反原発の運動というだけに留まらず,人間の尊厳をかけての闘いであり,町民の幅広い層が参加する運動を追及し,一致する要求に基づいての運動が重要であったという.また,原発建設反対の運動の流れを大きく変えたのは,原発に反対する女性の思いであったという. (報告:S.K.)

2016.9月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年9月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年9月号
<特集>どうなる? リニア中央新幹線—その必要性,採算性,安全性を科学の目で考える
橋山禮治郎著:リニア計画の意義,リスク,残された選択
佐藤博明著: 南アルプスの自然とリニア新幹線
林 弘文著: リニア新幹線の湧水問題—導水路トンネルで大井川減水の回復は可能か
岡本浩明著: 「ストップ・リニア!訴訟」(国交省の許可処分取消訴訟)の経過と見通し

<報告>

本特集では,節番号の誤記(橋山論文)や数式の間違い(林論文),すでに行った異議申し立ての年月日が「2016年12月16日」であったり(岡本論文)など初歩的な校正ミスがあった.

橋山禮治郎著:リニア計画の意義,リスク,残された選択
 英国の哲学者T.ホッブスは「実践なき理念は空虚であり,理念なき実践は危険である」と言っているが,日本の多くの公共事業や民間投資にはこの至言に当てはまる例が多いと著者はいう.JR東海のリニア計画も典型的な後者の例であるという.当初,JR東海は①輸送能力増強のためにバイパス建設が必要,②移動時間短縮のためにリニア導入が必要と主張していたが,①現在の東海道新幹線の座席利用率60%強でしかなく,②時速500kmに対する国民の要望実態もないことから,これらは偽証的主張である.最近は,これらの主張を引っ込め「世界唯一の超伝導磁気浮上方式リニアの実現」を錦の御旗にしているが,これでは,何のためにリニアを実用化するかの答えになっていない.著者の試算によると,2027年の東京—名古屋開業初年度から大幅な赤字操業が確実であるという.2013年には,当時の山田社長も「リニアは絶対ペイしない」と公言している.相互乗り入れができないリニア高速鉄道導入は全国新幹線網を阻害し,国際競争力強化を狙う戦略としても的外れであるという.リニア計画の中断と見直しが必要である. (報告:E.M.)

佐藤博明著:南アルプスの自然とリニア新幹線
 2014年6月に国内6番目のユネスコエコパークに登録された南アルプスは,静岡・山梨・長野の3県にまたがり,3000m級の高峰が連なる重量感あるれる山岳地帯である.氷河期の遺存植物・キタダケソウをはじめ1980種もの植物相と,世界の南限といわれるハイマツ群落やライチョウなどの希少種が分布し,多様な生態系が広がっている.2027年開業をめざすリニア新幹線の東京・名古屋間285kmの87%(246km)がトンネルであり,うち南アルプス区間は25kmである.南アルプスの東側には糸魚川・静岡構造線,西側には中央構造線の大規模断層が走り,周辺には脆弱な破砕帯活断層が複雑に入り組み,今も隆起を続けている.トンネル掘削中あるいは開通・供用後に巨大地震が発生した場合のリスクに対する有効な対策は見いだせていない.その他にも,トンネル工事に伴う掘削残土の処理や,地下水など水環境撹乱への懸念も深刻である.数千万年を経て創り出された南アルプスの地球史的価値を,経済優先主義や目先の利便性と引き換えに失い,取り返しのつかない自然破壊を将来世代に付け回しすることの説得可能な論拠は見当たらない.南アルプスの世界遺産級の自然にリニア新幹線は似合わない.(報告:T.Y.)

林 弘文 著:リニア新幹線の湧水問題—導水路トンネルで大井川減水の回復は可能か
 リニア新幹線のトンネルを南アルプスの地下に掘ると大量の土砂が発生し,地下水がトンネル内に湧き出し,大井川の支流で枯れる沢がでる恐れがある.本論文では,トンネル内に湧き出る地下水量を地下水工学を使って予測している.さまざまな近似や仮定のもとで深さ600m,長さ10kmのトンネル(口径13 m)では毎秒約2トンの湧水が予測される.この予測は定常状態での湧水量であり,掘削時の湧水量ではない.しかし,大井川から毎秒2トンの水が失われるとの大井川下流域住民の心配は必ずしも根拠がない訳ではない.JR東海は山梨県側に流れる湧水を汲み上げて導水路トンネルで大井川に戻す計画というが,湧水のうちどれだけが回収されるのか明らかでない.少なくとも,湧水を大井川に戻す地点(樺島)の上流では枯れ沢が新たに生じる.ただ,本論文で1式から湧水量を表す14式までの式の導出は一般の読者にはほとんど無意味であり,いきなり14式から始めてしてよいのではないか.5式と9式に誤りがある(5式の右辺第2項にはQが乗ぜられるべきで,また,9式の左辺第1項はx2である). (報告:F.Y.)

岡本浩明著:「ストップ・リニア!訴訟」(国交省の許可処分取消訴訟)の経過と見通し
 2014年8月26日,JR東海は,「環境影響評価書」に基づく「中央新幹線の工事実施計画」を国交大臣に申請し,同年10月17日に国交大臣はそれを認可した.2015年12月6日,沿線住民等は,本件認可処分について国交大臣に5048件の異議申し立てを行った.その後,2016年5月26日,リニア中央新幹線計画に反対する沿線住民を中心とした市民たちが,東京地裁に国交省の事業認可の取消を求める「ストップ・リニア!訴訟」と名付けた訴訟を提起した.原告数は738名で,弁護団は18名の弁護士からなる.訴訟の趣旨は,国がJR東海の認可申請に対してないした,中央新幹線工事実施計画(品川・名古屋間)の認可を取り消すことであり,これが取り消されるとJR東海は工事を行えずリニア新幹線計画を止めることができる.本訴訟の主張は,許可処分が全国新幹線鉄道整備法(全幹法)と鉄道事業法(鉄道法)に違反し,環境影響評価法に違反しているということである.全幹法1条には「新幹線鉄道による全国的な鉄道網の整備を図り,(中略)地域の振興に資する」とあり,既存の新幹線と相互乗り入れのできないリニア新幹線はこの趣旨に違反している.また,JR東海のずさんな環境影響評価により,①地下水脈の破壊,②発生土問題,③自然環境の破壊,電磁波問題など多くの問題がある.中央新幹線の問題点は,世間にはまだあまり知られていない.広く世に知らしめ,世論を喚起することが重要と著者はいう.(報告:Y.M.)

2016.7月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年7月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年7月号
<特集>軍学共同の新展開─問題点を洗い出す
河村 豊著:広まる軍学共同とその背後にあるもの─安全保障技術研究推進制度と第5期科学技術基本計画   
遠藤基郎著:軍学共同を阻むために─東大職組の取り組みを中心に
豊島耕一著:科学の軍事利用と科学者の抵抗─歴史と運動に学ぶために
西川純子著:軍産複合体と軍事技術開発
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<報告>

以下は7月11日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものです.

河村 豊 著:広まる軍学共同とその背後にあるもの 安全保障技術研究推進制度と第5期科学技術基本計画
 2016年度には,2015年度に3億円で始まった防衛省の「安全保障技術研究推進制度」の予算が倍増された.著者は,防衛省の目的が軍事技術開発にある以上,この制度から軍事研究という性格を取り除くことはできないとして,この制度の公募要項にある非軍事や公開自由などの「配慮」は軍事研究にアレルギーを持っている研究者を取り込むための巧妙な工夫であると認識した上で,研究者個人だけでなく所属する学協会や組織で慎重な議論が必要であると指摘する.さらに「安全保障の確保に関する技術の研究開発を行う」と明記された第5期科学技術基本計画がスタートする.この研究開発の本質も軍事研究である.これらの背景には経団連などの動きがある.経団連は2015年の提言で「軍学共同」を積極的に推進するよう大学に要望している.最後に,著者は「軍学共同」の容易な受け入れは,公開の制限,進捗管理,継続的な協力などの新たな問題を研究機関・教育機関に持ち込むことになると警告する. (報告:K.K.)

遠藤基郎著:軍学共同を阻むために 東大職組の取り組みを中心に
 東京大学は,戦後は軍学共同禁止・軍事研究禁止の原則を旨としてきた.著者は,2014〜2015年の「産經新聞」の報道を切っ掛けとして東大教職員組合による軍事研究禁止の取り組みを論ずるとともに,東大における軍事研究禁止の歴史が論じられている.本論文によれば,「産經新聞」が東大の軍学共同禁止の方針を敵視し如何にねじ曲げて攻撃し報道しているかが解る.この背景には,2014年4月,安倍政権により防衛省に大学との共同研究の専門部署の設置され,軍事技術移転・武器輸出原則の解禁して,大学発の成果を持って軍需産業を潤わそうとする動きがあると著者は指摘する.1959年・1967年の評議会で「軍事研究に従事しない.外国の軍隊の研究を行わない.軍の援助は受けない」の「南原原則」を確認.1969年に「大学当局と職員組合との確認書」第6項(1)には「大学当局は『軍事研究は行わない.また軍からの研究援助は受けない』という東京大学における慣行を堅持し,基本的姿勢として軍との協力関係をもたないことを確認する」と明確にしている.東大教職員組合のこの間の軍学共同反対の動きは大変参考になる.(報告:S.K.)

豊島耕一著:科学の軍事利用と科学者の抵抗 歴史と運動に学ぶために
 米国の軍産学共同の実態が紹介されている.例えば,スタンフォード大学の航空工学科は,ポラリス・ミサイルや偵察衛生などを受注したロッキードとの結びつきで1956年以降,急拡大する.19070年には,博士号の排出でマサチューセッツ工科大学(MIT)を抜くが,その間にロッキードの研究テーマが航空工学科の研究と授業内容を支配するようになったという.アイゼンハワーは1953年から8年間,米国大統領をつとめ軍産学協同を推進したが,退任時の国民向け演説で「莫大な軍備と巨大な軍需産業との結びつき」が民主主義的プロセスを危険にさらすという「軍産複合体演説」をしたが,その中で資金を媒体にした政府による学者の支配と学者(=科学技術エリート)による公共政策の支配という2つの危険を指摘(特に後者の面で,「学」が軍拡の原動力になっていると警告)しているという.学者や専門家の抵抗の1つの形態として,核兵器配備に反対する非暴力直接行動の例をあげている.さらに大学における科学技術倫理教育の必要性を指摘するとともに,個人の良心を貫くための職業人の「組織上の不服従」(C.E. Harrisらの『科学技術者の倫理』参照)という一般人の「市民的不服従」に対応する重要な考えを紹介している. (報告:Y.M.)

西川純子著:軍産複合体と軍事技術開発
 本論文では,米国における「軍産複合体」の現状を的確に評価している.米国の「軍産複合体」は,原爆や新鋭兵器を生産する恒常的兵器産業の育成を前提としており,当初から自然科学者の協力を必要としていたという.恒常的兵器産業とは,国家から研究開発費をもらって開発段階から兵器生産に従事し,戦争の有無によらず兵器を作り続ける専門の兵器産業である.日本では,現安倍政権により防衛省内に防衛装備庁が設けられた.防衛装備庁の仕事は,兵器の調達と兵器産業の育成である.現政権は米国を手本として「軍産複合体」をめざし,とりあえずは「軍学共同」から始めようとしている.しかし,日本では「軍産複合体」の成立の前に憲法9条が立ちはだかる.憲法9条がある限り日本には米国と異なる選択への道が残されていると著者は指摘する.税金で賄われる研究開発費の配分を決める権限は民主的に選ばれた学術会議に集中すべきであり,そのためには,科学者の良心のみに委ねてしまってはならず,研究者と一般市民の力の合わせることが必要であると著者は強調する. (報告:T.Y.)

2016.5月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年5月09日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年5月号
<特集>エネルギー自立社会構築に向けて大学はいかに地域のモデルになり得るか
平田 仁子著:気候変動の抑制に向けた長期目標と省エネの意義
吉田友紀子著:大学での省エネ技術─建築分野におけるZEB化と取り組み事例の紹介
近本 智行著:大学での省エネ・環境負荷削減活動─照明・空調エネルギー削減,環境教育につながる取り組みに関して
大岡忠紀・橋本訓著:大学の実験系の省エネルギー
田浦健朗・山本元著:大学における省エネ・温暖化対策の現状と課題─京都における調査の事例から
服部 拓也著:サステイナブルキャンパスの形と学生の貢献─ステークホルダーの役割とモデル構築
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<報告>

以下は5月9日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものです.

平田仁子著:気候変動の抑制に向けた長期目標と省エネの意義
 パリ協定では,温度上昇を2℃以下とする気温抑制目標と人為起源の温室効果ガス排出を今世紀中に実質ゼロにする目標を定めた.この達成に省エネが果たす役割は極めて大きい.省エネは,「隠れた燃料」との消極的な概念から「第一の燃料」として積極的に認識されるようになってきた.省エネは,燃料費の削減のみでなく年間0.25〜1%程度のGDP成長率向上や雇用創出効果などマクロ経済への正の効果を持つという.政府や自治体は,さまざまな事業者にこのような省エネのポテンシャルと便益を気付かせ,インセンティブを付与する機会を創るべきだと著者は強調する.(報告:E.M.)

吉田友紀子著:大学での省エネ技術 建築分野におけるZEB化と取り組み事例の紹介
 いま大学施設は,新築公共建築物のZEB化が求められている.ZEBとはZero Energy Buildingのことで,省エネや再生可能エネルギーなどの導入により,運用時にエネルギー需要と供給の年間積算収支が概ねゼロになる建築物のことである.2011年に改修された大阪大学会館は,ほぼZEBと評価された.断熱強化や昼光センサー利用による照明出力調整(昼光利用),自然通風利用などによりZEB化が実現されたという.(報告:F.Y.)

近本智行著:大学での省エネ・環境負荷削減活動 照明・空調エネルギー削減,環境教育につながる取り組みに関して
 本論文では,立命館大学における文系キャンパスと理系キャンパスの年間エネルギー消費特性を調査するとともに,環境に配慮した施設改修を行なった施設そのものを教材として環境教育に活かした経験が述べられている.外壁断熱やパーソナル空調,天井放射冷暖房,太陽熱利用,地中熱利用などが検討されている.本特集の他の論文にも言えることであるが,議論が建築物そのものの省エネに限定されており,緑化を含めたキャンパス全体の環境整備に関連した言及がないのは少し物足りない.(報告:K.K.)

大岡忠紀・橋本訓著:大学の実験系の省エネルギー
 一般に,大学の実験系の建物の消費電力は,定常部分(ベース部分)が3/4以上を占め,人間活動により変動する部分は1/4未満である.従って,大学の実験系の建物の省エネを効果的に行なうには,このベース部分に寄与する常時稼働設備機器に対する対策が必要となる.ここでは,冷却器へのインバータ制御導入やドラフトチャンバーのフィードバック制御など,大幅な省エネを実現した具体的な改修の実施例が述べられている.省エネという観点からみて,インバータ制御やフィードバック制御は,多くの人にとっても参考になるものと思われる.(報告:T.Y.)

田浦健朗・山本元著:大学における省エネ・温暖化対策の現状と課題 京都における調査の事例から
 京都議定書の地である京都では府や市の地球温暖化対策条例に基づいて,一定規模以上の温室効果ガス排出事業者(大学を含む)に対して,その削減計画と排出量の報告義務制度がある.本論文では,この制度により12大学から提出されたデータをもとに,大学における省エネの可能性や温暖化対策の現状と課題を論じている.削減の取り組みは進行しているが,先進国の削減レベルにはまだ達しておらず,いっそうの取り組みが必要という.福岡における大学の温暖化対策の現状はどうなっているだろうか.(報告:Y.M.)

服部拓也著:サステイナブルキャンパスの形と学生の貢献
 大学からの環境負荷はその地域で一番多いこともあり,大学には省エネなど波及性の高い環境配慮モデル構築が望まれる.しかし,そのようなモデル例は多くはない.国内外の事例に基づいて,環境に配慮した大学(サステイナブルキャンパス)構築に向けて学生の果たすことのできる役割を紹介している.サステイナブルキャンパスとは,気候変動等の問題に対する行動宣言を出し,それにそって行動する大学である.著者の属するNPO団体は,2009〜2014年にエコ大学ランキンをアンケート調査を基に発表してきた.この調査をきっかけに取り組みが始まった複数の大学があるという.(報告:Y.M.)

2016.4月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年4月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年4月号
<特集>立憲主義・民主主義・平和主義を取り戻す
大日方純夫著:「戦後70年」における戦争認識・平和認識の課題ー過去・現在・未来のなかで
植野妙実子著:立憲主義と国家緊急権
金子 勝著: 第九条の永久保存のためにー「第九条の国」から「安保の国」への転換点に立って
小沢隆一著: 平和主義,立憲主義,民主主義を侵害する日米ガイドラインと戦争法
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『日本の科学者』2016年4月号
<特集>「立憲主義・民主主義・平和主義を取り戻す」

以下は4月11日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものです.

大日方純夫著:「戦後70年」における戦争認識・平和認識の課題ー過去・現在・未来のなかで

戦争は常に「平和」のために行われる.かつて日清戦争は「東洋の平和」のため,日露戦争は「極東の平和」のため,そしてアジア太平洋戦争は「東亜永遠の平和」のために行われた.それらとおなじように,安倍首相の「積極的平和主義」は「平和」の名による軍事力行使の正当化にほかならないという.平和を主体的に構築していくためには,事実にもとづいて戦争認識を磨いていくことが欠かせない.そのためにも,消された加害の焦点である慰安婦記述を教科書に取り戻すことは,市民的権利であり,義務でもあるという.慰安婦問題は,ジェンダーの視点を介して日本社会の質を問う問題である.「政府の行為」による戦争を阻止することは,主権者「国民」の未来に対する責任であり義務でもある.そして,アジアに対する「日本国民」の戦争責任を明確にしていく道であると著者は論じている.(報告:T.Y.)

植野妙実子著:立憲主義と国家緊急権

憲法およびフランス公法の専門家が,立憲主義の立場から国家緊急権の規定をどのように扱うべきかを論じている.自民党は憲法に「緊急事態条項」を新設することを狙っている.緊急事態条項については,自民党のみならず多くの党が憲法に設けることに賛成している.今後,憲法改正に関して,緊急事態もしくは国家緊急権についての議論が活性化することが予想される.国家が平時とは異なり権力の集中や人権の制限を可能とするのが国家緊急権である.大日本帝国憲法では非常事態への対処としての戒厳(14条),非常大権(31条),緊急勅令(8条)などの規定があり,その乱用により国民が弾圧され戦争への道を突き進んだ.自民党の憲法草案では98条に緊急事態宣言が定められている.しかし,緊急事態宣言の根拠が広範に過ぎ,判断基準も明確でない.そして何よりも緊急事態宣言やそのもとでの政令・処分などの措置の適正さをはかる機関や手続きや責任追及の仕組みも明らかでない.もともとこのような責任追及などの制度が未確立な日本で国家緊急権を認めることは危険である,と著者は断言する.(報告:F.Y.)

金子勝著:第九条の永久保存のためにー「第九条の国」から「安保の国」への転換点に立って

安倍政権は,集団的自衛権の行使を認める安保法制(=戦争法)により,いかなる戦争もいかなる武力行使もしない「第九条の国」から米国に従属して世界中で侵略戦争する「安保の国」に日本を転換させた.「第九条の国」とは,国民に平和のうちに生存する権利を保障する国であり,「安保の国」とは,対外的には侵略戦争を行い,対内的には国力と国民をその侵略戦争に総動員できるように国民主権も民主主義も抹殺する国である.21世紀という時代は,①すべての人と生物に平和のもとで幸福になる権利があり,②すべての紛争は話し合いで解決するのが普遍となる時代である.また③戦争を仕掛けた国が敗北する時代であり,④戦力を持たない国を侵略することができなくなった時代である.21世紀は,まさに第九条の思想が人類の導きの星となる時代といえる.ここに,私たちの課題を考えるべきことの基本があると著者は主張する.(報告:Y.S.)

小沢隆一著:平和主義,立憲主義,民主主義を侵害する日米ガイドラインと戦争法

憲法学の専門家が,安保法制(=戦争法)の問題点をそれに先立つ「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)から論じている.このガイドラインは,実質的には,法的枠組みを踏み越えた「米国から日本に対する軍事分担拡大の要求書」であり,次のような性格を持つ.①「法からの逃避」という性格.ガイドラインは,単なる「政治的文書」であるが,国会審議に先んじて安保条約の実質的変更を方向付ける機能を担わされている.②「民主的統制の回避」という性格.「政治的文書」ということから国会や国民による議論をすり抜けている.これらのことは,憲法九条とは相容れない,「不完全な軍事同盟」としての性格をもつ日米安保体制そのものに起因していると著者はいう.「平時から緊急事態までのいかなる段階においても切れ目ない形で」日米同盟が機能するために作られた戦争法では,2015年のガイドラインのいう「日米同盟のグローバル化」という文脈のなかで,①米軍部隊の武器等の防護のための自衛隊の武器使用,②他国軍隊に対する後方支援,③集団的自衛権行使などを認める規定を盛り込んだ.(報告:Y.M.)

2016.1月号

読書会日時:2016年1月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>「平和学の現在—安保法成立後の世界平和の課題」
君島東彦 著<巻頭言>「ダイナミックなプロセスとしての憲法平和主義」
J. ガーソン著「パクス・アメリカーナ ―オバマ政権末期における現状,次期政権の課題」
C. シュバイツアー 著「ドイツにおける平和問題の軌跡と現在—安保法成立後の日本への示唆」
劉 成 著「中国における平和学の動向—南京大学を中心とする平和学の発展の軌跡」

以下は1月10日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものです.

君島東彦 著<巻頭言>「ダイナミックなプロセスとしての憲法平和主義」
 日本国憲法を固定的にとらえるのではなく,「漸進的平和主義」としてダイナミックなプロセスとしてとらえ,さらに憲法9条第2項を「挙証責任・説明責任を日本政府に負わせる規定」とする君島氏の見解は,大変,現在の日本の政治状況のもとで重要なものであると思う.

J. ガーソン著「パクス・アメリカーナ ―オバマ政権末期における現状,次期政権の課題」
 本論文は,米国における平和学の現在というよりは,米国の世界戦略を解説したものになっている.著者は,米国の世界戦略の焦点はユーラシア大陸の支配にあるという.その一つは,「アジアへの旋回」と呼ばれる対中国戦略である.その中心となるのが米日韓の「地球規模の同盟」である.中国に対しては「国際的な基準や法」すなわち米国基準を押し付ける.しかし,この基準は米国の利益に役立つように立案されたものである.多くの中国人は,自らの歴史的な使命を取り戻すためには不平等な規則はかえなければならないと信じている.こうして中国は海上協力機構の創設や南シナ海における領有権の主張,新シルクロード構想,アジアインフラ投資銀行の創設などで対抗している.もう一つの米国の戦略は,対ロ戦略であるという.米国は,NATOをロシア国境にまで広げて,ロシアの孤立化をはかる.これらの問題に対して,国際的な市民社会のたたかいが求められていると著者はいう.(報告:T.Y.)

C. シュバイツアー 著「ドイツにおける平和問題の軌跡と現在—安保法成立後の日本への示唆」
 近年のドイツにおいても,世界的な危機に対応して軍事化していく側面と,平和運動の成果として非軍事的な平和構築を進める側面の両面が存在するという.1955年以降,東西ドイツの中で再軍備が進行した.ドイツへの核兵器配備反対などの運動はあったが,旧ユーゴスラビアでの内戦に際して,軍事介入について反対と賛成で平和運動は分裂した.緑の党もNATO域外での軍事行動にもほとんど支持することになる.コソボ戦争の効果として,2000年頃から,ドイツ政府は,平和的紛争解決に取り組む新しい制度をいくつも創設したという.平和・紛争プログラムをいくつかの大学(現在,8大学)に開設した.いまでは多くの学生が平和・紛争学を大学院で学ぶようになっている.最後に著者は,「政治と経済はすでにグローバル化している.平和運動と良識ある人々もグローバル化する必要がある」と主張する.(報告:E.M.)

劉 成 著「中国における平和学の動向—南京大学を中心とする平和学の発展の軌跡」
 著者は南京大学の教授であり,平和学の教育・研究を積極的に推進している.2000年に南京大学で始まった中国の平和学は,今では一つの学問分野として中国の学術界に広く知られるようになり,多くの学部学生や大学院生が卒業論文のテーマとして平和学の諸問題に注目し始めているという.中国伝統思想の中には豊かな平和思想がある.儒家思想は「和而不同」を主張し,道家の老子は「柔弱は剛強に勝つ」という平和戦略を主張する.また仏教の根本的主旨は平和であるという.2014年,ユネスコは南京大学に「ユネスコ平和学教授」のポストを置くことを提案し,南京大学はそれを受諾し,現在,平和学に関するシンクタンク設立を目指しているという.非暴力を主張する著者の平和学は,現政府の政策と相容れない面もあるように思われるが,著者の努力に敬意を表したい.著者の考えが中国政府の考え方となることを期待したい.(報告:Y.M.)

2015.11月号

読書会日時:2015年11月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>「隣国ロシアにどう向き合うべきか」
堀江則雄 著「ウクライナ危機をどう見るか ― プーチン戦略を踏まえて」
黒岩幸子 著「「北方領土」問題の現状と展望」
蓮見 雄 著「EU・ロシアのエネルギー関係の変化と日本への示唆」
安木新一郎 著「日ロ経済関係の新局面」

<特別企画>
河村 豊 著「軍事研究を拡大させる「軍学共同」の新たな動きー最近15年間の動向から考える」

以下は11月9日(月)の読書会において報告されたレジュメをもとに『日本の科学者』読書会の様子を編集したものです.

堀江則雄 著「ウクライナ危機をどう見るか ― プーチン戦略を踏まえて」
ウクライナ危機を生み出した要因には,ウクライナ「国民」が形成されていない(国民の一体化・統合が出来ていない)ことがあると著者はいう.ウクライナは歴史的に東西に分離しており,東部は17世紀から帝政ロシアの一部であり,西部はポーランドの一部であった.言語・宗教も,東部はロシア語・ウクライナ正教,西部はウクライナ語・当方カトリック教と異なっている.ウクライナは独立以来,大統領・権力者による汚職や新興財閥(オルガリヒ)の政権癒着などを背景として異常な経済破綻に陥ったという.ウクライナ危機の底流には,米国とロシアの戦略的思惑の対立がある.NATOやEUの東方拡大が一方であり,プーチンは「ユーラシア経済連合」を打ち出している.プーチン戦略は,ロシア・中国・インドのユーラシア大国の結束を軸に,従来の国際政治経済秩序の転換を図る路線を明確にしつつあるという.ウクライナの「クライー」は「端」を意味する.ウクライナはEUの「端」でもロシアの「端」でもなく,双方の「架け橋」になる地政学的位置にある.ウクライナが危機を脱して発展する展望は,ここにしかないと著者は強調する.(報告:T.M.)

黒岩幸子 著「「北方領土」問題の現状と展望」
日本は,中国・台湾・韓国・北朝鮮・ロシアのすべての隣国と領土問題(尖閣列島,竹島,北方領土)を抱えているが,北方領土問題は①依拠すべき多数の公文書が存在し,②人が暮らしており,③両国が交渉の意思を持っている点で特徴がある.この問題に関連する条約は,日魯通商条約(1855年),樺太千島交換条約(1875年),ポーツマス条約(1905年)およびサンフランシスコ条約(1952年)である.サンフランシスコ条約2条c項で放棄した「千島列島に国後・択捉(=南千島)は含まれない」との主張で歯舞・色丹・国後・択捉の4島を「北方領土」と呼ぶようになった.1956年の日ソ共同宣言では,平和条約締結後に歯舞・色丹の引き渡しを明記している.そして,2001年のイルクーツク声明でこの共同宣言は基本的文書であることが確認されている.しかし,2002年,鈴木宗男議員の逮捕により,外務省の対ロ外交チームも解体されて以降,日ロ交渉が停滞している.著者は「2島プラスα」案を提案して,国後・択捉の帰属については期限付き協議を求めている.(南千島の返還あるいは全千島の返還を目指すかいずれにしろ,サンフランシスコ条約2条c項の廃棄は必要ではないか?)(報告:E.M.)

蓮見 雄 著「EU・ロシアのエネルギー関係の変化と日本への示唆」
これまでは,エネルギー市場は売り手市場であると暗黙の前提があったが,自由化と再生可能エネルギー(再エネ)の発展によって,エネルギー市場は急速に買い手市場に変化しつつある.EUとロシアのエネルギー関係は,この変化を示す実例である.本論文では,EU・ロシア関係を素材として日本が対ロシア関係で取るべき外交姿勢を考察している.EUは,供給源・エネルギーミックスの多角化(再エネの開発など)やエネルギー網の相互接続による消費国協力を進める中で化石燃料のロシア依存を軽減してきた.たとえば,世界のガス輸入の9.5%を占めるドイツは他のEU諸国と協力することで大口の買い手として振る舞うことが出来ている.世界のガス輸入の11.5%を占める日本は,再エネの開発などエネルギー市場の自由化とともに,韓国や台湾と協力することでEU諸国に匹敵する大口の買い手としてロシアと交渉することが必要だと強調している.(報告:T.Y.)

安木新一郎 著「日ロ経済関係の新局面」
プーチン政権下で経済成長してきたロシアは,2013年から国際原油価格の低迷,ルーブル為替相場の急落,ウクライナ危機に端を発した対ロ経済制裁などにより,GDP成長率は鈍化してきている.ロシアは,日本の北に広がるロシア200解離水域でのサケ・マス漁の2015年の割当量を前年比7割減にしたり,2016年1月からロシア水域でのサケ・マス流し網漁を禁止したり,パイプラインによる天然ガス輸出計画をアムールヒョウ保護を名目に中止したりしている.これらは自然環境保護を名目にした対ロシア経済制裁への報復であるという.他方では,プーチンはロシア極東に経済特区「先進経済発展地域」などを設置して日本企業にロシア極東への投資を呼びかけている.本来,経済面では潜在的に互恵関係にある日ロは協力しているべきであると著者はいう.(報告:Y.M.)

河村 豊 著「<特別企画>軍事研究を拡大させる「軍学共同」の新たな動きー最近15年間の動向から考える」
軍学共同に関する新たな3つの動きを告発している.1つは,2014年8月に防衛省が公表した「安全保障技術研究推進制度」である.防衛装備品の能力を飛躍的に向上させるため,大学や独立行政法人の研究機関や企業等における独創的な研究を発掘し,将来有望な芽だし研究を育成する制度とされている.2つめは,米国の国防高等研究計画局(DARPA)を参考にして総合科学技術会議が提案した「革新的研究開発推進プロジェクト(ImPACT)」である.2013年度の補正予算では,このプログラムには5年間で550億円が計上されており,防衛省を含めた省庁横断が特徴である.最後は,「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」を使い,軍事目的に応用できる技術を企業の中から発掘,資金面で支援し,技術革新を促そうという動きである.表向きは「軍事研究」の表現が使われることはないが,「両用技術」という表現で実質的には軍事技術の研究に門戸が開かれようとしている.最後に著者は,軍事研究の最終的成果は破壊技術の生産であり,日本が進むべき道は非軍事の科学技術政策を提示することだと結論している.(報告:S.K.)

2015.10月号

読書会日時:2015年10月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>激化する水災害 ― 河川水害を克服するために
髙橋 裕著<巻頭言>「水災害は本質的に社会現象 ― 都市の変貌が新型水害を発生」
鬼頭昭雄著「気候変動と大雨」
宇民 正著「わが国における治水のあり方をめぐって」
小松利光・橋本彰博著「2012年の九州北部豪雨から学ぶこと」
jjs2015.10


髙橋 裕著<巻頭言>「水災害は本質的に社会現象 ― 都市の変貌が新型水害を発生」
 河川工学の大家らしい,水災害の本質に迫るよい巻頭言である.「都市計画において,新たな都市構造もしくは構想によって発生が予想される新たな都市災害を未然に防ぐ手段を,新都市計画に織り込むこと」が重要との指摘もその通りである.しかし,「新たな都市災害未然に防ぐ手段」をすべて予想するのはそれほど簡単なことでもない.それでも,その時点で「予想される新たな都市災害」を未然に防ぐ手段を講ずるだけのでも十分であろう.

鬼頭昭雄著「気候変動と大雨」
 過去の豪雨の実態や信頼できる将来予測を,短い文章のなかでよくまとめ上げた報告になっている.これらは,減災・防災を考えるうえでの基礎データとなるものである.1880〜2012年の期間に世界の平均地上気温は0.85℃上昇している.その原因は,大気中の温室効果ガスの増加によるものである可能性が極めて高い.極端な低温の減少や極端な高温の上昇,多くの地域における大雨の強度や頻度の増加などは,その結果引き起こされている現象である.5km格子大気モデルによる,50ミリ以上の1時間降水量が発生する頻度の将来予測(2076〜2095年の1980〜1999年に対する比)は,日本のすべての地域で2倍以上となっている.温暖化が進んだ21世紀末の気候条件では,海水温が上がるため,スーパー台風の最大強度は,風速85〜90m/s,最低中心気圧860hPa程度になると予測する研究もあるという.それらを想定した防災対策が必要であるが,著者は,ある程度の被害が発生しても,いのちを守り,社会資本の壊滅的な被害を回避することを目指すべきだと警告する.(報告:T.Y.)

宇民 正著「わが国における治水のあり方をめぐって」
 「洪水は自然現象であり,水害は社会現象である」(佐藤武夫氏,1973年)などの先学の考察に依拠しながら,著者等の調査を基にして治水対策を論じている.著者は,「治水は土地利用」であることを強調している.水稲は食料としてだけでなく治水,環境保全,景観,文化の面で日本人と切り離せない.さらに,日本の国土面積の2/3を占める森林は,その治水機能はとりわけ重要である.治水と土地利用は,一体のものとして地域社会とその地勢の特性に応じて地域住民の知恵と合意に基づいてなされ,治水は,国と地域社会の民主化があってこそ実現すると論じている.また,水害危険地帯では,災害時の避難体制が問題となるが,しかし,危険地に住まないことこそが真の避難であると指摘している.(報告:Y.M.)

小松利光・橋本彰博著「2012年の九州北部豪雨から学ぶこと」
 これまでになかったような豪雨により甚大な被害をもたらした2012年7月の九州北部豪雨災害を取り上げ,今後も予想される水・土砂災害の新たな様相と防災適応策を論じている.自然環境と共生しつつコストや時間をかけず効率的に防災力を上げていく「順応的適応策」の実施が喫緊の課題となっていると指摘する.「順応的適応策」には,①周辺の自然環境と調和できる技術,②柔軟で調整可能な技術,③必要であれば後戻りできる技術,④効率的で経済的な技術,⑤積み重ねが可能で手戻りのない技術などが必要であるとする.社会学者チャールズ・クーリーの言葉「明日は何とかなると思うのは愚か者.今日さえも遅すぎるのに.賢者は昨日のうちにすませている」を防災・減災分野にも適用する必要があるとしている.(報告:T. M.)

<レビュー>長野八久著「平和学習のためのフィールドワーク ― 日雇い労働者の街,釜ヶ崎とその周辺を歩く」
 大阪大学で行われている全学共通教育科目「平和の探求」におけるフィールドワークのルポルタージュである.阪大生と一緒に釜ヶ崎「あいりん地区」などをツアーしているような気持ちを起こさせる質の高いルポルタージュといえる.「あいりん地区」のオッチャンからの「どこから来たの?」とか「がんばれよ」という言葉に戸惑う学生たちとは別に,読者は「あいりん地区」のオッチャンの優しさを感じることが出来る.「あいりん地区」では自販機の飲料も他地区のほぼ半額であり,また,野宿者が襲撃されることもなく安全であるという.ただ,フィールドワークで訪れる地域(ポイント)だけの図示でなく,経路もあわせて図示していただくと読者もその地図上でのツアーを楽しむことが出来るのではないかと思う.

2015.9月号

読書会日時:2015年9月14日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>激増するシカ:今,日本の森林で何が起きているか

小金澤正昭:奥日光におけるシカの爆発的増加によって生じた森林生態系への影響と保護管理の課題
明石 信廣:北海道の森林におけるエゾシカの影響と個体数管理
塩谷克典・松田裕之:世界遺産屋久島におけるシカ管理計画
坂本 彰:剣山山系三嶺周辺におけるシカ食害の実態と三嶺の森をまもるみんなの会の活動
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2015.7月号

読書会日時:2015年7月13日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>「大学改革」の対抗軸は何か

松田 正久:国立大学の運営と大学の危機
折出 健二:新自由主義のポリティックスと大学自治の危機
佐久間英俊:日本の私立大学の危機的状況と解決の方向
中嶋 哲彦:大学・学問の現代的存在形態と大衆的高等教育の創造

<読書会の記録>

松田正久著「国立大学の運営と大学の危機」
 愛知教育大学学長を務めた著者は,坂田昌一氏の指摘に従い,現状をやむを得ないものとして「固定化」することなく,大学の実態を分析し,教育の主導権を広く社会や国民の手に取り戻すことが必要であるとする.さらに,大学改革の方向として国が強調する「ガバナンス」とは,学長権限の強化や教授会自治の形骸化であり,財界に都合の良い短絡的な方針に迎合する大学づくりの一環であると断定する.それに対抗して著者は,大学の本来持つべき機能として,「広く社会や国民の暮らしを改善するための大学」,「文化の創造や社会的批判機能を有する大学」,「長期的視野に立って未来の方向を指し示す羅針盤としての機能を持つ大学」などを対峙する.そのうえで,現状を批判的に論じ,「自発的隷従者」として振る舞う大学人が多くいることを指摘するとともに,文化の追究と新しい真理を求めて社会の発展に寄与する大学の役割という原点に立ち返る重要性を指摘する.
(報告:F.Y.)

折出健二著「新自由主義のポリティックスと大学自治の危機」
 日本は,この間,経済分野などで競争が展開する環境そのものを権力的にコントロールしようとする「環境介入権力」(佐藤嘉幸氏)として新自由主義的な統治を導入してきた.「自己選択と競争」をキーワードとする国公立大学の法人化は,そのような新自由主義の政策的現れである.そこにおいて,「自己選択と競争」の拡大は,主体的条件の差異により階層化と差別・選別を生む弱者再生産の仕組みとなっている.「研究とは何か」「大学はどうあればよいのか」を大学全体や学会あるいは市民的集会などさまざまなレベルで教員のみでなく学生や市民と語り合うことが,学問の自由を守っていくことになる.学問研究は,現在の真理や体制的理念を疑い,より高次の知見を得ようとする精神活動であり,本質的に体制超越的機能を営むものである.そして,ここに大学と社会の関係性の基本があると著者は主張する.これらの問題を含めて学問のあり方をオープンに議論することが必要であるだろう.
(報告:E.M.)

佐久間英俊著「日本の私立大学の危機的状況と解決の方向」
 国が支出する私学助成金の,経常経費に占める比率は,2014年度で10%となっており,1980年度の30%の三分の一となっている.私立大学の実態をリアルに示し,その危機的状況の発生原因は政府・文科省の失政であると手厳しい.日本政府は,2012年に高等教育の漸進的無償化(国際人権A条約13条2項C)の保留を撤回した.それを実現する計画を示し,結果を出すよう努力すべき.教育分野では,切磋琢磨はあってよいが,競争はふさわしくない.高等教育予算が低いのは位置づけが低いから.政府・文科省が進める一部優遇策では日本の高等教育は良くならない.多様な考えと個性を持つ構成員からなる大学では,民主的討議を経て改革を進めるのが近道,などなど重要な指摘をして問題解決の方向を提起している.私学問題だけでなく,高等教育全般の問題点を把握するためには必読の論文といってよい.
(報告:Y.M.)

中嶋哲彦著「大学・学問の現代的存在形態と大衆的高等教育の創造」
 著者は,かつて名古屋大学法学部に在学中,「公害法」という新しい講義科目の開設を求めて,その開設を実現した経験を持つ.この経験を,学生が個人的に公害法を学びたいということを超えて,大学は公害法についての研究・教育を行うべきとの社会的要請に応えるべきという要求であったと総括する.これは,大衆による大学づくり・学問創造であった.このようなことを著者は「大衆的高等教育の創造」と呼び,大学の社会的使命を果たす本道であるとする.著者は,全大学構成員で作り出す大学自治についても,卒業証書の裏面にも印刷されていた名古屋大学平和憲章(1987年)を例にして,それは法制上の意志決定手続きを経由することなく,大学構成員が自主的に作り上げた「公」の空間における正式な合意形成であったと認定している.名古屋大学平和憲章には「われわれは,いかなる理由であれ,戦争を目的とする学問研究と研究には従わない」とある.
(報告:T. M.)

<レビュー>菅野礼司著「科学の価値中立性について」
 「科学の価値」には,科学理論それ自体(科学知)の有する「理論的価値」と技術を通して社会生活に活用する「利用価値」とがあるが,「科学の価値中立性」否定論にはこの区別が明確でないと,著者は主張する.資本主義社会では,利潤追求に役立つ技術が評価され,とりわけコストが重視される.この意味で,技術は一般に価値中立ではない.しかし,それによって科学理論自体の本質的意義は変わらない.本論文のような,抽象的・一般的議論も大切ではあろう.しかし,例えば原発に関して,核物理学の諸理論やそれに基づく諸技術を材料にした具体的な議論が必要なのではないか.また,米国防総省高等研究計画局(DARPA)主催の災害対応ロボットのコンテストに東大をはじめ5チームが日本から参加した.この問題を,科学・技術の観点からどのように考えるかの議論は,大切な視点をわれわれに提示するのではないかと思う. 
(報告:T.Y.)

2015.6月号

読書会日時:2015年6月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>「すべての生命の保障」を希求する沖縄県民の闘い

新崎盛暉:2014年知事選・総選挙の沖縄戦後史における位置
秋山道宏:沖縄経済の現状と島ぐるみの運動─建設業界を対象に
渡辺 豪:沖縄報道をめぐる課題─ジャーナリズムの原点を問い直す
村上有慶:辺野古への新基地建設反対運動─日本国家としての民主主義が問われている

jjs2015.06

<読書会の記録>

新崎盛暉著「2014年知事選・総選挙の沖縄戦後史における位置」
 筆者は,2014年の一連の選挙結果を沖縄における民衆の抵抗と闘いの頂点をなすものという.2007年に文科省が沖縄戦当時の「集団自決」に関する日本軍の関与を削除するよう教科書検定意見を出した頃から,保革を越えてこれに反発する社会的雰囲気が生まれ,2010年の知事選の頃から元自民党の一部から共産党までが政府自民党と闘うという構図が見え始めていた.1月の名護市長選での稲嶺氏再選,11月の知事選での翁長氏の10万票差での圧勝,12月総選挙の小選挙区での自民候補全敗.これらは,新基地建設反対の現地闘争と選挙戦の一体化による,党派的利害関係や相互不信を克服した「オール沖縄」の共闘体制による結果であるという.ただ,「国民的関心の薄さ」が「民主的非暴力的抵抗闘争の前に立ち塞がり,現状変革を妨げている」一因とする著者の考えは,今の辺野古基金などに対する県外からの多額の支援から見て,適切なものとは言えないのではないか.

(報告:S.K.)

秋山道宏著「沖縄経済の現状と島ぐるみの運動─建設業を対象に」
 2014年の知事選と総選挙において,辺野古への新基地建設に反対する候補がすべて当選した背景には政治的立場をこえた一致点での「オール沖縄」,「島ぐるみ」と呼ばれる運動があった.特徴的だったのは,「基地は経済発展の阻害要因」という認識が地元経済界の一部に拡がったことである.沖縄県における建設業の比率は,全国平均に比べて高い.その背景には朝鮮戦争の勃発による急激な米軍基地建設ブームがある.復帰(1972年)当時,15.5%であった軍関係の受取は現在(2011年)4.9%にまで減少しており,軍関連従業員は9000人で沖縄の労働力人口の1.5%に過ぎない.一方,観光業の収入は9.5%を占めるに至っている.2001年のテロ以降,沖縄の観光業は落ち込む.外国特派員協会での翁長知事の会見では,「那覇市の新都心地区に52億円の軍用地領があって,25年前に返された時に,私が市長として区画整理をすると600億円になり,180名ぐらいしかなかった雇用も1万人以上になった.税収も6億円から97億円と15倍に増えている」として,基地に頼らない沖縄経済のあり方が模索されている.「信念を持って,基地はいらない.返してもらいたい」という経済界からの発言がある一方,沖縄の大手建設業の國場組は辺野古への新基地建設でのシュワブ岸壁工事(157億円)を受注している.2014年の知事選と総選挙は,このような経済界における対立の中での闘いであった.著者は,前者の勢力が増えると楽観的である.われわれも「オール沖縄」を支援し,そうなることを望む.

(報告:E.M.)

渡辺 豪著「沖縄報道をめぐる課題─ジャーナリズムの原点を問い直す」
 沖縄では,2014年の5つの選挙のすべてで米軍普天間飛行場の辺野古への移設についての反対派が勝利したにも関わらず,政府は移設を強行している.在京メディアは,移設作業の進捗状況は時折触れられるが,辺野古での市民の阻止行動と国の強制排除の激しさはほとんど触れない.去る2月の中旬,海上保安庁の佐藤長官は定例の在京メディアへの記者会見で辺野古沖の海上警備に関する地元紙(沖縄タイムス,琉球新報)の記事を「誤報」と指摘した.地元紙に対しては「誤報」という直接の指摘も抗議もなかったという.「誤報」であるとの自信があれば直接地元紙に対して抗議すべきである.それをしないのは,なによりも地元紙の報道が真実であることの証である.自民党政治家や政府関係者からの沖縄のメディアに対して「偏向している」という偏見は根強い.「地方メディアが『偏向』のレッテルを張られる状況は,政府迎合のメディアが中央で幅を利かせている現実と表裏一体ではないのか」と著者は鋭く在京メディアを批判する.

(報告:T.M.)

村上有慶著「辺野古への新基地建設反対運動─日本国家としての民主主義が問われている」
 本論文では,1996年に7年以内に普天間を返還する約束したSACO合意よりの沖縄の闘いをレビューしている.「祖国復帰は果たしたが,『基地も核もない,緑豊かな沖縄の返還』はみごとに裏切られ」,「基地の島沖縄は,沖縄県民が望んでできたものではない」,「今回,辺野古の新基地建設を許すことになれば,沖縄県民自らが,基地を望んで建設したことになる」など痛切な訴えがある.木村草太准教授(首都大学東京)が言っているように憲法95条【一つの地方公共団体のみに適用される特別法は,法律の定めるところにより,その地方公共団体の住民の投票においてその過半数を得なければ,国会は,これを制定することはできない】の利用を考えるべきではないか.

(報告:T.Y.)

安部真理子著「辺野古・大浦湾の生物多様性の価値」
 大浦湾・辺野古海域にはサンゴ群体や海草藻場など他の海域では見られない高い生物多様性が保持されているという.そのうえで基地建設の前段階であるボーリング調査なども「調査」という名のもとに行われる環境破壊であると指摘している.この海域は,環境省が選定した重要海域の一つであり,沖縄県が「沖縄県の自然環境の保全に関する指針」ランク1(厳正な保護を図る区域)として指定した区域である.海の埋立は不可逆的であり,埋め立て工事が進めば,未知の部分が多いサンゴ礁生態系が永久に失われると警告する.注意:「群集」とは,一般に,ある地域に生息する異種生物の集まりをいい,本論文で使っている「サンゴ群集」は「群生するサンゴ類の集団」(本論文の意)の意味だけでなく,「造礁サンゴをめぐる生物群集」(=サンゴ礁群集)という意味で使われることがある.前者の意味で使う場合には,サンゴ群集という用語は曖昧で適切でなく,群体(colony)という用語を用いるのが適切であろう.                                   

(報告:Y.M.)

2015.2月号

読書会日時:2015年2月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>「有明海・諫早湾」で何が起こっているのか─大規模干拓事業のゆくえ

堀 良一:「よみがえれ! 有明訴訟」の経過と科学的因果関係
東 幹夫・佐藤慎一:有明海の底生動物の長期定点調査から見えてきたこと
速水祐一・田井 明:有明海の潮汐・潮流の長期変化
髙橋 徹:諫早湾調整池における有毒アオコの恒常的大発生と猛毒ミクロシスチン汚染の拡散

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2015.1月号

読書会日時:2015年1月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>戦後70年─世界の中のこれからの日本

纐纈 厚:アジア太平洋戦争の歴史的意義─「総力戦大戦」としての世界大戦
井原 聰:戦後日本の学術研究体制─70年の歩みと危機
吉見義明:従軍慰安婦問題
岩間一雄:憲法を活かす国民運動論─ささやかな実践記録

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<読書会の報告>

纐纈 厚著「アジア太平洋戦争の歴史的意義─『総力戦大戦』としての世界大戦」
 筆者は,まず,アジア太平洋戦争を,日中15年戦争と日英米戦争とが「一つの戦争」であると定義づける用語とすると主張している.さらに,第二次世界大戦(WWII)が第一次世界大戦(WWI)以上に「総力戦」であった点に注目し,これらの両大戦を「総力戦大戦」と括り,「国民国家の徹底化」をキーワードとして,これら全体の戦争を一元的に把握すべきであると強調している.「総力戦大戦」の下では,国力を構成するすべてが総動員の対象となり,文字通りの国家総力戦体制の構築が企画され,その意味でWWIはその萌芽であり,WWIIは,総力戦を極限まで徹底した戦争として,世界史的意義を有するとしている.その上で,「総力戦大戦」を批判的に捉える歴史の視点の必要性を説いている.おそらく大変重要な指摘であるように思われる.しかし,論点をもう少し整理して分かりやすく展開してほしいという意見が多かった.
(報告:T.M.)

井原 聡著「戦後日本の学術研究体制─日本学術会議とその周辺」
 本論文は,日本の学術研究体制の戦後70年をふり返る意味での好論文である.学術研究体制の関連する二つの流れ(一つは学術の中核となる「日本学術会議」,今一つは「科学技術」の中核である「科学技術会議」)を取り上げ,それらの組織の成り立ちを踏まえた批判的な検討を行っている.科学技術会議については,「科学技術」という産業技術偏重の統制的な動きを批判している.日本学術会議については,第1回総会における平和宣言など初期の声明や提言の歴史的意義を積極的に評価する一方で,大学に自治や学問の自由が踏みにじられようとしている現在において,これらの問題に口を閉ざしていることに猛省を促している.また,学術会議の目的は,創設当時と変わっておらず,学術会議こそが日本の学術体制の中心になるべきである強調している.
(報告:T.Y.)

吉見義明著「日本軍『慰安婦』制度の本質は何か」
 本論文では,国際的には通用しない論理で展開する,異様な「慰安婦」バッシングや朝日新聞バッシングの根底には,安倍政権のもとで進められている日本を戦争する国に造りかえる動きがあると警告する.「誇り」をもって戦争する国民をつくりだすためには,政権にとっては平和憲法や戦争責任に対する反省などは容認できない.このような結節点に「慰安婦」問題があるという.本論文の中で引用されている以下の引用文は「慰安婦」問題の本質を物語っている.
 「日本人の中で繰り広げられている,『強制連行』があったかなかったという議論は,問題の本質ではない」,「慰安婦の話を聞いたとき彼(米国人)らが考えるのは,『自分の娘が慰安婦にされていたらどう考えるか』という1点のみである.そしてゾッとする.これが問題の本質である」,「『強制連行』と『甘言で騙されて』気がついた時には逃げられないのとは,どこが違うのか.もし,『昔は仕方がなかった』として肯定しようものなら,女性の権利の『否定者』となり」,同盟国としては「問題外の国ということになる」
 筆者は,私達にとって大切なことは,次の2点であると訴える.①戦争の反省の上で平和・自由・平等な日本社会を作り上げてきたことに誇りをもつこと.②「慰安婦」問題に象徴される未完の「過去の克服」を成し遂げることにもう一つの誇りをもつこと.大切な視点であると思う.
(報告:E.M.)

岩間一雄著「憲法を活かす国民運動論─ささやかな実践記録」
 筆者は,「NPOおかやま人権研究センター」や「NPO法人朝日訴訟の会」の会長を努める方である.本論文は,国民運動論を展開するというよりは,著者自身のまわりでどのような憲法を活かす活動を行っているのかという活動報告のようなものである.2014年の秋に「岡山県九条の会」結成10周年を行ったあとの交流会でどうやって若い世代へ運動を繋いだらよいかが問題になったという.筆者の結論は,「年齢を考えない」,「九条を全力で守る」,「運動を全力で行う」であるという.その意気込みでのささやかな実践の積み重ねによって大きな国民運動になると信じたい.
(報告:Y.S.)

2014.12月号

読書会日時:2014年12月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>排外主義の深層と共生への展望

樋口直人:日本型排外主義の背景──なぜ今になってヘイトスピーチが跋扈するのか
森千香子:反ヘイトスピーチ法はレイシズムを抑えられるのか?──フランスのイスラモフォビアの事例から
福田友子:日本に生きるパキスタン人移民の社会適応──1980年代以降の南アジア系移民排斥政策の流れのなかで
髙 賛侑:在日韓国・朝鮮人から見る排外主義と共生の展望 
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<読書会の記録>

樋口直人著「日本型排外主義の背景─なぜ今になってヘイトスピーチが跋扈するのか」
 在特会を中心とした排外主義運動の活動家34名への聞き取り調査に基づいて,著者は「不安定雇用にある若者が排外主義運動の担い手である」という見方を否定している.彼らの多くは,天皇崇拝など戦前的イデオロギーを保持し,安倍政権を支持し,左翼的なものに嫌悪するという.しかし,これらは排外主義に直結するわけではない.排外主義者への回路は,歴史修正主義との出会いから,「反日」たる近隣諸国への憎悪が醸成されるという.排外主義運動が見ている在日コリアンは,その生身の姿ではなく,歴史修正主義のレンズで歪められた朝鮮半島像が作られ,それを鏡として映し出すことでデマでしかない「在日特権」なるものを信じてしまうことになるという.このような認知過程はインターネット上で起きているという.著者は,歴史修正主義を克服しない限り近隣諸国をなくならないと指摘する.

(報告:T.Y.)


髙 賛侑著「在日韓国・朝鮮人から見る排外主義と共生の展望」
 著者は,在日韓国・朝鮮人として本論文を書いている.著者は,最近深刻化しているヘイトスピーチ問題などの排外主義の背景には,日本政府による長年にわたる民族差別政策があるという.例えば,文部省は朝鮮高等学校生徒の国公立大学受験資格を認めようとしなかったが,1990年代に認める大学が続出し,ついに2003年に国立大学受験の扉が開かれた.また,インターハイ出場が実現されたのは,1997年9月のことである.高校無償化問題においても,朝鮮学校に対する日本政府の不当な取り扱いが続いている.著者による中国・米国・旧ソ連での調査によれば,法・制度的に韓国・朝鮮人が差別されているのは日本だけであったという.「一つの差別を許容する社会は,性・障害・民族・貧困・学力等々あらゆる差異を口実にして差別の連鎖を拡大していく」「同時にその反作用によって,差別社会に住む人間の精神をも蝕んでいく」と著者は警告する.
(報告:Y.S.)

2014.10月号

読書会日時:2014年11月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

(※)10月13日(月)に予定していた読書会は台風の影響のため中止し,11月10日(月)に延期しました.

<特集>超伝導磁気浮上式「リニア新幹線」の徹底解剖─文明論,基礎技術,環境保全,経済などの視点から

小濱 泰昭:リニア新幹線をめぐる諸問題──燃費はリニアの皮を被った蒸気機関車並み
松島 信幸:南アルプスをリニア新幹線が貫くと   
糸魚川淳二:環境保全から見た「リニア新幹線」──岐阜県東濃地方の事例を中心に   
橋山禮治郎:経済学的側面などから見た「リニア新幹線」──必要性と採算性を事前評価する


<読書会の記録>

小濱泰昭著「リニア新幹線をめぐる諸問題─燃費はリニアの皮を被った蒸気機関車並み」
 筆者は,リニアモーターカーに代わるエネルギー効率のよいエアロトレインを研究している工学者である.著者によると,リニアモーターカーは,磁石間距離が10cmと広いためエネルギー効率が格段に悪く,空気抵抗が大きく燃費効率は蒸気機関車なみとのことである.さらに,開放構造であるリニアモーターは劣化しやすく,強い電磁波が漏れる危険もあり,高速走行による騒音や低周波振動で住民を苦しめ,次世代にも禍根を残す乗物であるという.著者の概算では,500km/h走行時の消費電力は,リニア100に対して,新幹線35,著者のエアロトレイン10である.このような技術的な問題点の検討をしないままでのリニア新幹線の推進は,原発推進の失敗と同じ過ちを踏むことになりはしないか.

(報告:T.Y.)

松島信幸著「南アルプスをリニア新幹線が貫くと」
 著者は,小中学校で理科教育を勤められる傍ら,伊那谷の段丘に関する研究をされ,従来,伊那谷の段丘は天竜川が作った河岸段丘と信じられてきた地形が,活断層による変動地形であることを明らかにした.その論文で九州大学から理学博士の学位を授与された.その著者が,南アルプス(赤石山脈)を貫き,富士川からトンネルに入り大井川を潜り天龍川に至る50kmにおよぶ長大なトンネルに関連して,地震,活断層,水の枯渇,残土の問題などさまざまな問題について,リニア新幹線に対する危惧・危険性を指摘している.最後に著者は.「自然の摂理を無視して営利と利便性を求めてはならない」と指摘する.

(報告:S.K.)



糸魚川淳二著「環境保全から見た「リニア新幹線」─岐阜県東濃地方の事例を中心に」
 本論文では,岐阜県の東濃地方の事例を中心にリニア新幹線を論じている.この地方には,ほぼ直交する2つの活断層群がある.(阿寺断層,赤河断層,権現山断層,華立断層)と(屏風山断層,恵那山断層)がある.阿寺断層は,日本有数の活断層であり過去にM8クラスの地震を起こしている.リニア新幹線の災害・湿地・植生・環境・景観への影響をもとにして,著者は,戦後走ってきた道を立ち止まって未来を見直す必要があるのではないかと述べている.

(報告:F.Y.)



橋山禮治郎著「経済学的側面などから見た「リニア新幹線」─必要性と採算性を事前評価する」
 経済学的側面からリニア新幹線を検討している.インフラ施設の成否は,その目的の妥当性・必要性とともに,その採算性,技術的信頼性および環境適応性という.ある世論調査では,東京—大阪間2〜3時間が理想的:78%に対して1時間程度:16%という結果をみれば,リニア新幹線はその目的の妥当性・必要性については大きな疑問符がつく.著者はリニア新幹線の採算性を疑問視しているが,その理由は需要予想が極めて安易であること,建設工事費が膨大であること,およびリニアという技術選択の誤りを上げている.リニア計画は,失敗すれば巨額の失敗コストが国民の負担になる.初めから成功が見込めない計画は,着工以前に断念すべきであると著者は警告している.

(報告:Y.M.)


2014.9月号

読書会日時:2014年9月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>他文化共生にむけた外国語教育を

江利川春雄:近代日本の英語教育史が教えること
大谷泰照:外国語教育のあり方を考えるために
瀧口 優:小学校英語教育の未来を考えるために
柳沢民雄:中高英語教育に「すべての子どもへ」の視点を
野呂 康・石野好一・伊勢 晃:大学における外国語教育の現状

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2014.8月号

読書会日時:2014年8月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)603室

<特集>東アジアの平和へ,問われる日本の役割

加々美光行:日・中の国家間対立の背景にあるもの──真の友好を求めて
李 俊揆:東アジア葛藤の構造と課題──韓国からの視点
島川雅史:アメリカの東アジア戦略と日米安保体制
梶原 渉:戦争国家化に対抗すべき平和構想──戦後「平和国家」の擁護と発展

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加々美光行著「日中の国家間対立の背後にあるものー真の友好を求めて」
 現状では,日中両国の民族主義は,尖閣諸島の領有をめぐって,ともに排他性の強く,民衆レベルと国家レベルとが合体した自尊的な民族主義をぶつけ合う,収拾しがたい事態を生んでいる.これらの問題は,安倍政権と習近平政権の国益優先,自尊的国家的民族主義が民衆レベルの民族主義と合体している限り,解決の糸口はないとして,筆者は,①国際から民際に,②国益から民益に,③自尊的国家的民族主義から抵抗的民衆的民族主義へ転換することが必要であると指摘する. (報告:Y.M.)

李 俊揆著「東アジア葛藤の構造と課題ー韓国からの視点」
 韓国の周辺国好感度世論調査(10点満点)で日本(2.3)は北朝鮮(2.7)より低く,安倍首相(1.1)は金正恩(1.3)より低い結果がでた.一方,日本においても中国,韓国に「親しみを感じない」割合が81%,60%弱と高くなっている.いまの東アジアの葛藤は,①日清・日露以来の日本の侵略戦争,②サンフランシスコ体制,③脱冷戦の非対称性が構造的要因であるとしている.台湾とその付属島嶼(尖閣を含む)が割譲されたのは日清戦争であり,竹島が日本に編入されたのは日露戦争がきっかけという.サンフランシスコ条約は「片面講和」であったため,日本と中国,日本と韓国,日本とロシアの間に領土紛争の火種を残した.さらに,北朝鮮の核問題の背景には,社会主義陣営の崩壊と半島内の力関係の逆転による北朝鮮の孤独と危機意識があるという.このような要因に米国の再均衡(rebalancing)政策(「アジア回帰」政策)と日本の動き,中国と韓国の対応が結合して葛藤が生まれているという.韓国の朴政権の外交安全保障政策はこの葛藤の緩和に寄与せずむしろ悪化に寄与していると評価する著者は,東アジアの葛藤を歴史的視点から理解し・共感し,国家を超えた社会勢力を不断に市民の力で構築していくことが必要ではないかと結論づけている.  (報告:Y.S.)

島川雅史著「アメリカの東アジア戦略と日米安保体制」
 オバマ政権の「アジア回帰」政策は,中国を主な対象として,アメリカの国益追求の中心を経済関係の発展におきつつ,一方では,21世紀の主要な仮想敵として軍事的包囲網を作ろうとする,相反するアプローチのバランスを取ることにより成り立っている.日本とは経済面の摩擦があり,TPPに巻き込もうとしている.軍事面では,日本は包囲網の重要な一環であるが,安倍政権がアメリカの意図を超えて中国に敵対するのは,軍事衝突を生んでアメリカの喫緊の要である経済再建の阻害要因となるとしている.このような状況を,著者は,かつて日米安保体制への革新勢力からの批判に「アメリカの戦争に巻き込まれる」ということがあったが,いまや,アメリカが安倍政権の自重を求め,「日本の戦争に巻き込まれる」ことを恐れるという事態に立ち至っていると評価している.しかし,安倍政権による集団的自衛権の行使容認の閣議決定により,ますます「アメリカの戦争に巻き込まれる」ことへの危惧が現実味をおびてきたと言えるのではないだろうか.  (報告:T.Y.)

梶原 渉著「戦争国家化に対抗すべき平和構想ー戦後平和国家の擁護と発展」
 筆者は,安倍政権が目指す解釈改憲による戦争国家化に対抗するためには,それが破壊対象としている「小国主義」を擁護すると同時にその限界を克服する必要があるとする.「小国主義」の根幹は,戦力不保持を定めた憲法9条第2項の下で自衛のための必要最小限度の実力は保有できるとした憲法解釈であり,その政策体系の中に非核三原則や武器輸出三原則があった.一方,「小国主義」は,①日米安保体制,②戦後の保守政権の継続,③サンフランシスコ体制などに規定される限界があるという.冷戦終了を画期として,日米支配層による日米安保のグローバル化が進められているが,いまは,「小国主義」の限界を克服して,アジアにおける対立構造を除去するような平和構想の実現が大切であり,そのためには特に知識人の国際連帯が必要であり,日本科学者会議はその重要な一翼を担わなければならないと強調している.  (報告:T.M.)

2014.7月号

読書会日時:2014年7月14日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>学術研究体制の惨状と解決の展望

細井克彦:まえがきにかえて─問われる,大学は誰のものか
兵藤友博:学術研究体制を望ましいものに推し進めるのか,悲惨な事態へと追い込むのか──科学・技術政策策定の分水嶺
齋藤安史:「国立大学改革プラン」にもとづく大学再編計画
粟野 宏:「アベノミクス成長戦略」のもとで大学に起きていること──地方国立大学からの報告
小滝豊美:新しい研究開発法人創設の動き
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2014.6月号

読書会日時:2014年6月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>研究がおもしろい!Part 5 大学院生の研究最前線

色摩泰匡:ヘーゲルの社会哲学─自由と共同の弁証法
柴田和宏:フランシス・ベイコンの「自然の支配」再考
丸岡敬和:ズリ流動下における多層球状構造形成過程─不均一性を記述する「こと」とは?
松山裕典:自然の縁起を,科学の辺境でみる
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2014.5月号

読書会日時:2014年5月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>自然エネルギー・アイランド九州の未来─九州からの発信

阿部博光:地域社会における自然エネルギー開発の重要性
小坂正則:電力自由化とアジアスーパーグリッド
大坪昌久:宮崎県新エネルギービジョンの特徴と今後の課題

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阿部博光著「地域社会における自然エネルギー開発の重要性」
 自然エネルギーによる発電設備の開発と地域社会の共生を論じている.自然エネルギー開発は,地域へ利益を還元することを原則としなければならないとする.例えば,メガソーラー建設は,資材調達や作業員雇用などで一時的に地元に利益をもたらすが,いったん完成してしまえば,地域との接点はなくなる.地域との接点のある取り組みとして,秋田県の「風の王国プロジェクト」計画が紹介されている.この計画では,①国内産の風車を使用し,その生産工場を県内に誘致する,②大型風車の風景を観光の呼びものにする,③県民参加型の資金調達をするという.また,大分県九重町の地熱発電や別府市のバイナリー発電など地域社会との共生を意図した取り組みが詳細されている.地域社会が主体となる小規模な自然エネルギーは,観光や環境教育に役立ち,新規産業や雇用などにもプラス効果をもたらす望ましいものであるとする.  (報告:E.M.)

大坪昌久著「宮崎県の新エネルギービジョンの特徴と今後の課題」
 本論文では,2013年からスタートした宮崎県の新エネルギー(自然エネルギーをこのように表現している)ビジョンについて,その特徴と今後の課題を詳述している.宮崎県では,その気候や環境,地域の産業等を考慮して,新エネルギーの中で,太陽光発電・太陽熱発電,バイオマス発電・バイオマス熱利用,小水力発電を中心に普及を図ることになっているという.本論文は,宮崎県当局の立場から書いている論調になっている.おそらく,宮崎県の行政に対する日本科学者会議の影響が非常に強く,そのために新エネルギーの導入・利用が進んでいることの反映であるのだろう.  (報告:Y.M.)

小坂正則著「電気自由化とアジアスーパーグリッド」
 筆者は,チェルノブイリ原発事故から反原発運動を始め,「こうすれば原発に頼らなくても電気などのエネルギーを作ることができる」という代替案を示したくて,2001年に再生可能エネルギーNPOを立ち上げたという.本論文では,孫正義氏の「アジアスーパーグリッド構想」を紹介して,それが「電力自由化」と「発送電分離」ができていない日本の現状を打開するために有効な手段であると高く評価している.その構想は,①高圧直流送電線を日本列島に縦断させ,②福岡から韓国へ海底ケーブルでつなぎ,③韓国から中国を経由してモンゴルまで延ばし,モンゴルの砂漠で太陽光発電と風力発電を設置し,電気を日本に送るというものである.天然ガスによる発電には,ガスを液化して日本まで船で運び必要があるが,現地で発電して送電線で送れば輸送コストは格段に安くなるという(ロシアの天然ガス発電の売電価格は約3円/kWh.日本の最新式のガスコンバイン発電を建設すれば,もっと安く発電できる).風力発電やバイオマス発電などを積極的に進めるべきで,地域の人々がこのような発電事業を協同組合方式で実施できるような法的整備が必要だとしている.この論文に関連して,環境省の「低炭素社会づくりのためのエネルギーの低炭素化に向けた提言」(2013年3月)は大変参考になる文献であると思われる.  (報告:T.Y.)

2014.4月号

読書会日時:2014年4月14日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>東北の自然と文化─東北からの発信

初澤敏生  まえがき
草刈広一  小国マタギ─雪崩地形を舞台とした伝統的春グマ猟の継承
・金野 伸
粟野 宏  近世城下町米沢における街路網の形成と山岳眺望─眺望遺産保全の意義
白石建雄  地域づくり・ジオパークの可能性─男鹿半島・大潟ジオパークを例として
梶原昌五  津波被災地における岩手大学の水産・養殖業復興支援について

2014.3月号

読書会日時:2014年3月13日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>原発過酷事故を倫理的・道義的に考える

中野貞彦  まえがき
牧野広義  ドイツの脱原発倫理委員会報告書から何を学ぶか
谷江武士  原発過酷事故を倫理的・道義的に考える─経営分析の面から
橋本淳司  地下水涵養と生態共生管理─持続可能な水の利用法の考察
青水 司  原発と科学者の社会的責任─科学・技術の二面性と倫理問題
島薗 進  閉ざされた科学者集団は道を踏み誤る─放射線健康影響の専門家は原発事故後に何をしたのか

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牧野広義著「ドイツの脱原発倫理委員会報告書から何を学ぶか」
 3.11原発事故後の4月4日にドイツのメルケル首相は「安全なエネルギー供給に関する倫理委員会」を設置した.倫理委員会は,5月30日,「ドイツのエネルギー転換—未来への共同作業」という標題の報告書を提出し,原発を段階的に廃止することを提言した.この報告書を受けて,メルケル内閣は2022年12月31日までに原発の完全廃止を決定した.報告書の提起する価値理念は「持続可能性」と未来に対する「責任」である.「持続可能性」とは,環境の保全と社会的正義,健全な経済であり,未来に対する「責任」は,ドイツ基本法(憲法のこと)に「国家は未来世代に対する責任を果たすためにも」「自然的生命基盤を保護する」と謳われている.原発の利用は,エコロジー的,経済的,社会的適合性という基準に従って,よりリスクの少ないエネルギーによって代替できる限り速やかに終結させる,としている.また,報告書は,ドイツのあらゆる政治的・経済的な組織と市民が参加する「未来のための共同事業」を提起している.特徴は,エネルギー転換による新たな企業の設立や雇用の創出などの経済的側面の重視である.日本では3.11後にも,「原発利益共同体」が原発推進勢力となっているが,日本国憲法の13条(生命,自由,幸福追求権)や25条(健康で文化的な生活の権利)は,環境権の根拠であり脱原発の理念ともなるものである.憲法を活かす運動と脱原発を結びつけて発展させ,再生可能エネルギー資源大国である日本においても,市民の取り組みや企業の活動などで再生可能エネルギー利用の飛躍的増大が重要であると結論している.                    (報告:Y.S.)

谷江武士著「原発過酷事故を倫理的・道義的に考える─経営分析の面から」
 東京電力(以下,東電)の住民や企業への賠償費用は最終的に5兆円半ばになるといわれている.また,2013年3月末の東電の財政状態は,資産合計約14.6兆円,負債合計約13.8兆円,純資産合計約8000億円である.しかし,国が「原子力損害賠償支援機構」を通じて1兆円を融資したことから,この純資産合計になっている.国はすでに東電株の50%以上を保有しており,東電は実質的には国有化されたといってよい.損害賠償費用や廃炉費用,除染費用,中韓貯蔵施設などの負担には巨額の国費などが投入されている.結論として,原発利益共同体や東電の経営責任・道義的責任が問われている,としている.しかし,東電は実質的に国有化されており,名目的に私企業体としての形が保たれているに過ぎない.したがって,責任を問うべき相手は,国・政府と東電であろう.                             (報告:K.C.)

青水 司著「原発と科学者の社会的責任─科学・技術の二面性と倫理問題」
 3.11が明らかにしたことは,この国では,資本も権力も倫理観はなく,社会的責任を取らないということであった.「原子力ムラ」を糾弾するとき,返す刀で科学技術や科学者のあり方も問われなければならないとして,本論文では,科学者の社会的責任について検討している.かつては,科学と技術は別物であったが,現代では,科学と技術というよりは科学・技術となった.「科学・技術者は,科学・技術の発達を目指す以前に人類の生命,自由,幸福のために貢献せねばならない」,「人間にやさしくない『科学』は科学でない」,「科学を世界観,倫理観や人類の幸福と調和させることが求められ,そこに科学者の社会的責任がある」,「資本や権力と対決しなくてはならない」などと筆者は,科学・技術を主観的・観念的に捉えているように思われる.心持ちは分かる面も多いが,価値中立説の立場からの問題の整理も必要ではないか.     (報告:T.Y.)

島薗 進著「閉ざされた科学者集団は道を踏み誤る─放射線健康影響の専門家は原発事故後に何をした」
 2011.3.11原発事故後,関連する専門領域の科学者は適切な行動を取ったか.放射線健康影響の専門家たちは事故後の数ヶ月間,被災者や日本社会に適切な情報を提示し得たか.日本学術会議が迅速に設けた三つの分科会の一つ「放射線の健康への影響と防護分科会」の活動の記録から得られる答えは否定的なものである.これらの分科会は6ヵ月足らずの時限であったにもかかわらず,第1回の会合が行われたのは,設置後2ヵ月半以上経った6月24日であった(他の二つの分科会は4月20日に第1回目の会合を開いた).「国民へ現時点での正しい情報を伝え、国民の不安の解消を図るとともに、国民の放射線へのリテラシーの向上を図る」目的で7月1日に講演会「放射線を正しく恐れる」が開かれた.講演会では,定説とはなっていない放射線のポジティブな影響を示唆する仮説がことさら取り上げられ,ネガティブな影響を示唆する有力な仮説が同等には扱われず,「国民の不安の解消」を試みた.この分科会では,①ほとんど討議をしていない,②放射線の健康影響を注意すべきという学者をメンバーにしようとした形跡がない,③「正しく恐れる」ための情報発信を是とする立場への異論の記録がないなど,およそ科学的な立場とは無縁な閉ざされた形の運営がなされた.
以下の記述の誤りがあった:(p.28左欄下から14行目)2014年4月→2011年4月;(p.28左欄下から12行目)放射能対策分科会→放射線の健康への影響と防護分科会.    (報告:S.K.)

2014.2月号

読書会日時:2014年2月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>水と現代社会─その課題と解決に向けて

澤田鉄平  まえがき
村上哲生  生命と環境にとって重要な水─日本の川の利用と環境の保全を巡って
熊谷道夫  地球温暖化と湖沼環境─Natural energy lensの挑戦
・岩木真穂
橋本淳司  地下水涵養と生態共生管理─持続可能な水の利用法の考察
中本信忠  世界の水インフラの新しい動き─日本発の住民のための浄化技術の広まり
南慎二郎  日本の水インフラ──上下水道の事業運営を巡る検討

<レビュー>

三好永作・伊藤久徳  風船と放射性微粒子

2014.1月号

読書会日時:2014年1月13日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>福島原発事故・災害─現状分析と打開のあり方

伊藤宏之  まえがき
本島 勲  福島原発事故をめぐって─廃炉への当面の課題
青柳長紀  原発再稼働をめぐる技術的論点
舩橋晴俊  高レベル放射性廃棄物処分場問題への対処─学術会議の「回答」をふまえて
山田國廣  除染の技術と効果─住民自身による除染法の提案

jjs2014.1

本島 勲著「福島原発事故をめぐって─廃炉への展望」
廃炉へのロードマップと福島原発の現状を概観し,汚染水・地下水対策への当面の課題を論じている.福島原発事故から2年半,燃料デブリを冷却している冷却している冷却水は大量の地下水の流入とともに放射性冷却水として増加し続け,度重なる汚染水タンクからの漏えいや海への流出は事態を深刻にしている.汚染水対策として必要なことは,①増え続ける汚染水の安全な保管と②地下水の流入の抑制であるが,その展望は定かでない.筆者は,地域住民・漁民の声や科学者・研究者の総意を結集する場が必要とし,特に,本来国立研究所である産総研(旧地質調査所,旧土木研究所,旧資源環境研究所など)を中心とする研究機関・関連学協会を総動員した科学・技術者集団の結集が必要であるとする.その上で,東電の経営破綻は明らかであり,①東電の資産管理と破綻処理および事故賠償処理を行う機関,②事故原発の廃炉処理を進める機関,③電力施設を管理し電力の安定供給を行う機関が必要であるという.原子力規制委員会は,廃炉や汚染水に対応した作業部会を設置して究明・対応を急ぐと言っているが,付属研究機関の設置を含む組織強化のもとで自らの調査・解明が必要であると主張している.福島原発事故に対する現在の国の対策の問題点を浮き彫りにした好論文である. 

(報告:E.M.)

青柳長紀著「原発再稼働をめぐる技術的論点」
安倍政権と原子力利益共同体は,原子力規制委員会(以下,規制委)の新規制基準による審査で,原発を再稼働させようとしている.規制委は,福島原発事故の調査もしておらず,その教訓も生かさないまま新基準と原子力災害対策を策定した.本論文では,新基準と原子力災害対策はその実効性が実証・検証できる科学的・技術的根拠を持つものでないことを論じている.新基準と原子力災害対策の目的は,過酷事故の発生を想定して,事故の進展・拡大を防止しその影響を緩和させて,放射性物質放出による環境の汚染,住民の被曝の影響を緩和させる対策を立て,国・自治体・事業者にそれを実施させることにある.軽水炉型原発では過酷事故を完全には防げないので,このような原子力災害対策を計画・実施せざるを得ない.しかし,規制委は過酷事故対策の多くを経過措置として実施の延期を認めているために,電力会社が長期にわたり過酷事故対策を実施しないで再稼働できるようになっている.新基準では21項目の個別対策が要求事項として示されている.しかし,多くの項目はその機能試験や実証試験が実際上できないものである.数値シミュレーションにより「重大事故対策の有効性評価」が行われているだけでは,要求事項の機能が保障されないのは明らかであろう. 
(報告:T.Y.)

船橋晴俊著「高レベル放射性廃棄物問題への対応─日本学術会議の回答をふまえて」
日本学術会議は,2012年9月11日,原子力委員会に回答「高レベル放射性廃棄物の処分について」を手渡した.この回答は,「総量管理」「暫定保管」「多段階の意志決定」という新しい考え方を導入するものであった.この回答の意義を,科学的検討の場の「統合・自立モデル」の視点から考察し,高レベル放射性廃棄物問題をどう考えるべきかについて論じた大変すぐれた論文である.一部,難解な部分もある.日本学術会議の提言は,①高レベル放射性廃棄物処分に関する政策の根本的に見直す.②科学・技術的能力の限界を認識し,科学の自律性を確保する.③「暫定保管」と「総量管理」を柱として政策枠組みを再構築する.④負担の公平に関する説得力のある政策決定手続きが必要.⑤問題認識共有のための多段階合意形成の手続きが必要.⑥問題解決には長期的な粘り強い取り組みが必要であり,この提言の前提にあるのは,今後10万年にわたって日本列島の地層で安定な地層は特定できないという認識能力の限界の自覚である.この回答の具体化のために,筆者は全量再処理路線の見直しによる直接的処分方式の選択や乾式貯蔵方式の選択,さらに各電力会社の圏域内に暫定保管施設を設置することを提案している.さらに,①総量管理,政策評価基準,科学的知見の扱い方についての合意形成,②総量の上限の確定,暫定保管方式,保管施設の数と規模についての合意形成,③立地点選定問題,立地点地域住民の合意確認手続きの合意形成など多段階方式の合意形成を提案している.
 なお,本論文ではp.21の図2を中心に「制作案」(正:政策案),「科学的地検」(正:科学的知見)など数個の単純なミスがあった.第一には筆者の責任であろうが,編集委員会にも注意深い校閲の責任があるのではないか.
 (報告:Y.M.)

山田國廣著「除染の技術と効果─住民自身による除染法の提案」
本論文では,「環境省除染ガイドライン」に基づいて行われている現行の除染法の問題点を明らかにするとともに,現行法に代わって,住民自身によって実行可能なより簡易でかつ効果的な除染方法を提案している.例えば,屋根や壁など固い素材に対して,現在は高圧水洗浄法が行われているが,この効果は小さい.これに代わる効果的で誰にでもできる方法としてクエン酸入り界面活性剤を用いた泡洗浄とバキューム吸引による方法を提案している.また,土壌などの除染に対して,①湛水法(抜根+湛水+トロトロ層形成+水抜き+乾燥+表層剥離+地下埋設),②2cm深さ抜根法,③水洗浄分級法(湛水+汚泥撹拌+乾燥+表層剥離+地下埋設)などを提案している.「湛水法は,特に水田では有効であろう.しかし,提案されているように1m幅・1m深の穴に汚染濃度の高い泥土を埋め込む方法では,水田の地力低下ないし土性悪化が危惧されるという」農学者のコメントがあった.
 (報告:K.C.)

2013.12月号

読書会日時:2013年12月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>脱原発と再生可能エネルギー─四国からの発信

玉真之介  まえがき
村田 武  原発から脱却し,地域経済の再生を
中里見博  原発に対抗する環境的生存権
岩田 裕  再生可能エネルギーの未来
吉田益子  市民がつくるエネルギー─徳島の挑戦

jjs2013.12

2013.11月号

読書会日時:2013年11月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>安倍政権を問う─改憲と歴史認識

本田浩邦  まえがき
大藤紀子  歴史と担い手を欠いた憲法
古関彰一  自民党改憲案の歴史的文脈
石田勇治  悪しき過去との取り組み─戦後ドイツの「過去の克服」
      と日本
中塚 明  「明治の戦争」と日本人の記憶
韓 冬雪  安倍政権の歴史認識と改憲問題─アジア諸国から見た
      安倍政権の危うさ
宋柱明(訳・金美花)  参議院選挙後の右翼国家主義的政治動向
      ─韓国の進歩的観点による分析と提言
小林義久  オバマ政権と歴史認識問題─安倍政権をどう評価して
      いるか
近藤真庸  東日本大震災と津波防災教育─教訓と課題

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大藤紀子著:歴史と担い手を欠いた憲法
2012年に提示された自民党の「日本国憲法改正草案」(以下,草案)は,憲法の位置づけを抜本的に変更し,その本来の機能を停止させるものであるとして,日本国憲法との比較を通して草案の憲法像を浮き彫りにしている.草案は「良き伝統」を未来に継承するという無反省な態度であり,過去の戦争の反省的視点から制定された現憲法との対照的である.現憲法の97条で,基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり,「現在及び将来の国民に対し,侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」とする.草案はこの97条を削除した.著者は,基本的人権の規定から歴史的観点を排除することにより,基本的人権を国民の手から引き剥がし,外部的実力(すなわち時の政府)に委ねる危険性を鋭く指摘している.現憲法で「公共の福祉」という言葉が,草案で「公益及び公の秩序」に置きかえられている.「公共の福祉」は個人相互の人権の矛盾や衝突を調整するものであるが,「公益及び公の秩序」は,秩序維持を目的に表現の自由などの基本的人権を制限する概念として機能する危険を指摘している.「憲法は現状に合っている必要はない.現状を監視し,問題点を指摘し,それを正常化させるのが憲法である」という.  (報告:Y.S.)

古関彰一著:自民党改憲案の歴史的文脈
自衛隊の創設と自由民主党の結党を起点として憲法改正問題は生じた.自民党の一貫した改憲の柱は,戦争放棄条項の削除,天皇制の強化,人権の制限である.本論文では,結党以来60年にわたって執拗に改憲を追求してきた自民党の歴史を詳細に調べている.多くの国は,人権が国籍と無関係であることから,「国民」を「何人」「人」と定めているが,自民党の改憲構想では,「国民」(日本国籍所有者)として変わっていない.外国人の人権保障条項はなく,外国人の地方参政権は禁じている(94条).まさに「自国のことのみに専念して,他国を無視している」憲法になっている.  (報告:S.K.)

石田勇治著:悪しき過去との取り組み─戦後ドイツの「過去の克服」と日本
「過去の克服」なる言葉はドイツ語からの翻訳後である.「過去の克服」には2つのレベルがある.一つは,旧ドイツを継承する国民または個人として,ナチ時代のメガ犯罪をいかに受け止めるかというもの.もう一つは,ナチ不法の被害者への補償や犯罪者の司法訴追など具体的な政策と活動である.「過去の克服」は,ドイツにおける民主主義の成長と国際的信用回復貢献し,ドイツはいまやEUをリードする立場にある.いまだ戦争に起因する近隣諸国との問題を解決できない日本とは対照的である.ドイツでナチ被害者への補償政策が始まったのは前後直後であった.連邦補償法(1956年)での補償対象は主に旧ドイツ国籍保有者のユダヤ人であった.旧交戦国国民の被害は,賠償支払いでよって償われるべきとの考えで,戦時中ドイツ勢力下の東欧の被害者は補償対象から外された.しかし,ドイツ統一の見通しが立たないなかで賠償問題は棚上げとなる.1998年のシュレーダー政権の下で,強制労働を被害者の認識に歩み寄る形で,道義的・歴史的責任から強制労働への補償基金の設立を決めた.ドイツと日本は異なる戦争を下のだから,ドイツの取り組みは参考にならないという声もあるが,はたしてそうであろうか.華北で行った「三光作戦」はドイツの「東部戦線」での「絶滅戦争」とどれほど違ったものか.また,戦時下の日本に連行された中国人・朝鮮人は,ドイツ本国に連行されたポーランド人・ロシア人などとどれほど違っていたのか.さらに,強制収容所で実験と称してユダヤ人やロマ人などを殺害したナチの医者と,満州で捕虜や現地住民に生体実験を行った731部隊の科学者とはどれほど違っていたか,と著者は問う.決して大きな違いはない.日本とドイツの大きな違いは,旧体制に対する公的認識の違いである.ドイツでは,ナチ体制下のドイツを「不法国家」と捉える認識が定着するのは戦中世代が現役を退く1960年末から1970年代のことである.ドイツはニュルンベルク国際軍事裁判を公式に受け入れなかったが,自国刑法に基づく司法訴追を自らの手で続け,ナチ時代の罪と責任をめぐる議論を重ねてきた.著者は,「」は新しい世代の人権意識に訴えながら,同時にそれに促されて進展してきたという.  (報告:T.M.)

中塚 明著:「明治の戦争」と日本人の記憶
「坂の上の雲」を書いた司馬遼太郎などは,中国やロシアが朝鮮を支配すると地政学的に見て日本の安全は守れない,そのために戦った日清戦争・日露戦争は日本の防衛戦争であったという.著者はこの見方に否定的である.そのことを日清戦争について検証している.日本では,日清戦争は「朝鮮の独立のための戦争」であるとしていが,日清戦争最初の日本軍の武力行動は朝鮮王宮の占領であり,朝鮮国王の事実上日本の虜とすることであった.このことについて,当時,参謀本部編纂部長の東条英教(東条英機の父親)は次のように語っている(『征清用兵隔壁聴談』).日本軍が清国兵と衝突する口実のために,「朝鮮政府から清国兵の撃退を日本に依頼させるのが一番良い.そのためには武力をもって朝鮮政府を脅かすのが一番だ」このような日本軍の侵攻に全朝鮮の規模で東学農民軍を主体とする抗日の蜂起が起こる(東学農民の第二次蜂起).日本軍大本営は,弾圧部隊を派遣し,1894.11から翌年にかけてジェノサイド作戦を展開し,3〜5万人の朝鮮人民を皆殺しにした.これは軍部の勝手な作戦ではなく政府の決定による作戦であった.「朝鮮王宮占領のことなどを詳しく書くのは宣戦の詔勅と矛盾する嫌いがあるので,こういうことは書かないで編纂しなおし,もっぱら清国が日本に敵対してきたので,日本はやむなく応じざるを得なくなって戦争になった,というように改める」という方針の下で書かれたものが日清戦史である.日露戦争後には,このような方針はより系統的になったという.司馬史観に基づき「明治の栄光」を讃える言説があるが,節目・節目で公表できない行為をともなった日清戦争・日露戦争は決して「日本の防衛戦争」ではないと著者は強く主張する.  (報告:E.M.)

韓 冬雪著:安倍政権の歴史認識と改憲問題─アジア諸国から見た安倍政権の危うさ
日本の大学でも国際関係論の講義を行ったことのある中国・精華大学の政治学者である著者は,①日本の指導的政治家たちの,戦争責任についての反省のない放言や②日本の教科書の中で,植民地政策をとってアジア諸国の国民に多大の辛苦を与えた部分が軽く表現されていることに驚いたという.自民族が近代史で起こした大きな過ちをきちんと総括しないで,不十分な誤った認識のままでこれから先,アジアの人々とどう付き合って行けるのかを,心配している.アジアの人々は,安倍政権の改憲の企てに激しく反発し反対するという.この著者の意見に賛成する読者会メンバーもいる一方で,日中間の良くない関係の一部が中国側にも責任がある点が捨象されている点に違和感を覚えるメンバーもいた.  (報告:K.C.)

宗 柱明著:参議院選挙後の右翼国家主義的政治動向─韓国の進歩的観点による分析と提言
著者は,韓国・ハンシン大学の政治学者である.また,7月の参議院選挙に勝利した安倍政権を,愛国心や公の秩序をふりかざして個人の権利を制限する「国家主義」の国へ導き,集団的自衛権により全世界で攻撃的戦争をしうる膨張的「軍事大国」へと導く政権であるとみて,日本は「右翼国家主義」という極めて危険な問題に直面していると主張している.この「右翼国家主義」に反対する(日本の)市民や政治勢力が連合し,安倍政権の危険なもくろみを食い止め,平和と民主主義,進歩的な社会発展を追求することを期待している.著者は,新しい東アジアの協力的発展への貢献を「民主的な平和国家日本」に求めている.  (報告:Y.M.)

小林義久著:オバマ政権と歴史認識問題─安倍政権をどう評価しているか
本論文では,安倍政権の歴史認識問題を,オバマ政権をどのように見ているかを論じている.安倍政権は,歴代首相が触れてきたアジア諸国への加害責任や反省に言及せず,歴史認識でこれまでの政権と一線を画す姿勢を示している.日本の過去の植民地支配と侵略を認めた1995年の村山談話を見直す可能性も指摘される.米議会の調査報告書では,「安倍首相は強固なナショナリストとして知られる」と指摘し,歴史認識をめぐる安倍政権閣僚の言動が,米国の国益を損ねかねないとの懸念を示している.麻生副首相のナチス発言や安倍首相の「侵略という定義は国際的には決まっていない.国と国との関係でどちらからみるかということで違う」という発言は,中韓のみならず米メディアからも「歴史に直面する能力がない」などの厳しい批判をあびた.オバマ政権はこれらの発言に直接には反応していないが,安倍政権の動きを,戦後の国際秩序を揺るがしかねないとみている.米誌”The Diplomat”(Aug. 10, 2013)は,米政府高官が8月上旬に日本政府に対し軍備強化に踏み切れば中国や韓国を刺激しかねないと警告したほか,核兵器開発につながる青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設の稼働をしないよう要請したと伝え,オバマ政権が日本の軍事能力向上に警戒感を抱いていると指摘している.安倍政権が,戦後秩序をはみ出さない程度で集団的自衛権の憲法解釈見直しなどに取り組む限りは,米国は支持する立場であると著者は結論している.今秋の10月に日米軍事協力指針の改定のために来日した米国務・国防長官がそろって千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花したのは米国の強いメッセージであるように思われる.  (報告:T.Y.)

2013.10月号

読書会日時:2013年10月14日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>南海トラフの巨大地震にどう備えるか─東海からの発信

牛田憲行  まえがき
古本宗充  駿河・南海トラフの巨大地震に備える
林 弘文  日本の原発事故と低線量の放射線の影響
      ─浜岡原発事故・故障の典型例
前田定孝  過疎地自治体における災害予防のための課題
近藤真庸  東日本大震災と津波防災教育─教訓と課題

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2013.9月号

読書会日時:2013年9月9日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>高齢社会の交通問題

浅妻 裕  まえがき
土居靖範  高齢者を取り巻く交通の現状と課題
       ー 格差が進む高齢者への総合的な支援策の提案
松原光也  高齢社会にとって望ましい交通のあり方
       ー 高岡の公共交通維持・活性化方策からの示唆
杉田 聡  移動する義務 ー 「買い物難民」層にとっての交通権問題
南 聡一郎 フランスの都市公共交通における費用負担と交通権に関する考察

jjs2013.9

土居靖範著「高齢者を取り巻く交通の現状と課題─格差が進む高齢者への総合的な支援策の提案」
日本は,未曾有の超高齢化社会に突入した.クルマを運転できない高齢者が増加し,買い物難民や移動制約者が大量に発生している.交通はあらゆる人間活動の基盤である.徒歩や公共交通で生活が充足できるコンパクトなまちづくりが必要で,そのための公共交通整備の制度面構築が提起されている.交通権とは,「国民の交通する権利であり,日本国憲法の第22条,第25条,第13条などの『基本的人権』を実現する具体的権利である」という.この交通権の保障は,国と自治体の責務であり,「交通基本条例」を各自治体で制定する必要があるとする.その内容は,住民に交通権を保障する責務を自治体に負わせ,住民参加の下で地区交通計画を策定し,その実施を自治体に義務付ける.さらに,最寄りのバス停に徒歩5分以内でアクセスできるような「交通空白地域」の解消や交通バリアフリー化の推進など交通安全対策を強めることを内容としたものという.超高齢化社会には,そのような成熟した社会が確かに必要であろう.  (報告:T.M.)

松原光也著「高齢社会にとって望ましい交通のあり方─高岡の公共交通維持・活性化方策からの示唆」
コンパクトシティの考え方に基づく地域,社会,生活様式の観点から,高齢社会の交通のあり方を整理し,富山県高岡市における公共交通の維持・活用策を模範として,その実現方法を論じている.コンパクトシティとは,施設配置の密度を高め,住宅地,就業地,商業地,病院,学校などを駅やバス停の周辺に集約し,人通りの多い回廊に公共交通機関を整備して,住民の利便性を高め,都市全体の活力と魅力を高めるものである.高岡市では,住民参加の中で第3セクターの万葉線とコミュニティバスなどの公共交通機関の活性化の方策が練られている.公共交通の維持には,①住民や地域関係者の積極的参加,②地方自治体の公共交通の責任ある管理運営と財政支援,③交通事業者の貢献,④国の財政的・制度的支援,などが必要であるという.(なお本論文とは直接関係はないが,高岡市のお隣の富山市では「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を掲げ,日本初の本格的LRT (Light Rail Transit) 富山ライトレール導入,市内電車環状線化,自転車市民共同利用システムなどの人と地球環境に優しいまちづくりが進められている)  (報告:T.Y.)

杉田 聡著「移動する義務─『買い物難民』層にとっての交通権問題」
買い物の場合,重要なことは,作られた(長い)距離を超えるために公共交通機関を整備することではなく,(長い)距離が作られないことである.著者は,自由に交通すること(=交通権)ではなく,むしろ(長い)距離が作られない権利,徒歩圏で安心して生きる権利が保障されなければならないと主張する.高齢者の買い物難民問題を考える時,大切なことは,高齢者が公共交通に頼ることなく,日々の買い物ができるような生活環境を整えることである.その意味で,生存権のひとつとして「徒歩圏居住権」を提起している.

南 聡一郎著「フランスの都市公共交通における費用負担と交通権に関する考察」
高齢者の足を守るためには,①生活に必要な路線は採算性に関係なく維持すること,②廉価な運賃水準が必要である.交通法典に交通権を明文化しているフランスでは,勤労者世代の税負担によって質の高い都市公共交通を廉価な料金で維持し,高齢者の交通権を保障している.フランスの政策のもう一つの特徴は環境保護を最重要課題としていることである.自動車利用を削減し,徒歩・自転車・公共交通の改良・拡充の推進を義務付けている.フランスの都市公共交通は,独立採算制を放棄している.運賃収入は,都市交通財源の1/4に過ぎない.財源の2/3は地方公共団体の負担である.その約6割は交通負担金制度による.交通負担金制度は,都市自治体が域内の企業や公共機関,学校などの事業所に対して従業員の給与をベースとして徴税する税制である(日本では,通勤手当が給与に加算され支給されているが,これがそのまま現金として地方自治体に納入され,公共交通を充実させるために使われていると考えてよい).勤労者世代の満足を最大化させるような質の高い交通サービスを彼らの税負担で建設・維持し,すべての人が低廉な価格で利用できるようにしたことで,高齢者や障害者の交通権も満足させることが出来ている.さらにこの交通サービスの充実により,道路混雑が解消され,物流効率が高くなり,企業の生産性が上昇する.日本の事情に適した通勤交通税の創設により,廉価で質の高い公共交通の供給をおこなうことが,高齢者の交通権を守る最善の方法であると結論づけている.  (報告:Y.S.)

2013.8月号

読書会日時:2013年8月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>戦争と医の倫理─ドイツと日本の検証史の比較

中野貞彦       まえがき
ティル・バスティアン ドイツ医学の自らの過去の清算について
刈田啓史郎      日本における戦争と医の倫理─過去,現在,未来
スヴェン・サーラ   戦後の日本とドイツにおける「過去の克服」
西山勝夫       国際シンポジウムを通じて明らかになった今後の課題と方向

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2013.7月号

読書会日時:2013年7月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>環境の考古学・歴史の現在

松木武彦 まえがき
松木武彦 歴史・歴史学・地域社会─吉備の考古学研究の実践から
今津勝紀 日本古代における環境と適応の問題─飢饉と疫病および家族を中心に
柳澤和明 貞観地震の被害とその復興─研究の現状と課題
渡辺満久 活断層をどう考えるか─12〜13万年前か40万年前か

jjs2013.7

松木武彦著「歴史・歴史学・地域社会─吉備の考古学研究の実践から」
 「歴史」は,教育,地域行事,読み物などを通して各人に内在化する.「歴史学」とは,そのような「歴史」の外側に立ち,その科学性を保証・点検し,過去を参照したときのあるべき姿について考える学問的な営みであるという.その上で,「吉備」(岡山県全体と広島県東部,兵庫県西端の一部,香川県島嶼の一部を含む領域)と「吉備氏」(吉備に本拠を置く古代豪族)の歴史学を展開している.筆者は「保守化のなか,簡明で心地よいストーリーとしての「歴史」はますます好まれ」,「それに迎合した「歴史」語りに加担する」歴史学者もいるとして,「社会科学としてのこれからの「歴史学」がどうあるべきか,真剣に考えるときが来ているように思う」と結んでいる.「新しい歴史教科書をつくる会」が出した「歴史」や「公民」の教科書は,ストーリー性を重視し感情に訴える記述に徹した,本論文で言う「科学性の保証・点検」を欠いた教科書である.この点について,具体的な事例を含んだ問題提起がほしかった.  (報告:T.M.)

今津勝紀著「日本古代における環境と適応の問題─飢饉と疫病および家族を中心に」
 社会の変化は,環境を含む歴史的諸条件の中での適応のプロセスとして把握することが,最近,歴史学では求められるようになってきた.人間や社会を内在的に捉えるだけではなく,それを取り巻く自然との関係を考慮しようという機運が高まっているという.本論文において,日本の古代社会の実態を示し,その環境と適応の問題を探るための今後の研究方向を提言している.日本古代には飢饉と疫病が頻発しており,人々の生活の基盤は脆弱であった.当時は,多産他死型で新陳代謝の激しい社会であり,配偶者の死別にともなう対偶関係の組み替えが頻繁に起こるなど,流動性も高く不安定であった.このような古代社会を特徴付ける諸条件を理解するためには,生態学的アプローチやシミュレーションにより,自然環境と人間の関係を検証可能な形で把握する必要があるという.正倉院に残る戸籍データから,古代の家族構造が解明されていく過程が興味深く感じた.今後の研究の発展を期待したい. (報告:Y.M.)

柳澤和明著「貞観地震の被害とその復興─研究の現状と課題」
 本論文は,史料・発掘調査などによる貞観地震の研究と課題を概観したものである.貞観地震とその津波(869年7月9日)の被害が,一般に知られるようになったのは,3.11東北地方太平洋沖地震の後であったことは痛ましい.貞観地震研究の成果がもっと早くから周知され,地震・津波に対する対策が講じられていれば,被害をもっと低減することは可能であったかの知れない.貞観地震はM8以上の巨大地震であったが,石橋克彦氏によれば3.11東北地方太平洋沖地震よりは規模は小さいという.陸奥国府多賀城は,貞観地震で大被害を受けたが,発掘調査により復興を遂げていることが判明している.しかし,巨大津波の襲来が『日本三代実録』より推定されるにもかかわらず,その津波痕跡ははっきりしないという.3.11以降に活発化した災害史研究をさらに推し進め,その研究成果を速やかに社会に還元していく必要がある.  (報告:M.K.)

渡辺満久著「活断層をどう考えるか─12〜13万年前か40万年前か」
 活断層とは,「活きている」断層ことであり,「活きている」とは,近い将来動くということである.近い将来動くかどうかは,「地質学的最近」において活動を繰り返しているかどうかで判断する.「地質学的最近」とは,約200万年前以降という研究者もいるが,通常,数10万年以降を指すことが多いという.場所ごとにどれだけの応力(単位面積あたりの力)が加わっているかを示すものを応力場というが,日本列島において,現在と同じ応力場になったのは数10万年前であると考えられている.活断層には,地下深部から連続している起震断層と小規模活断層がある.起震断層の掘削調査によると,その活動間隔は数千年程度であり数万年を超えることは少ないという.また,起震断層周辺の小規模活断層は,起震断層活動時にまったく動かないことも,複数回動くこともある.したがって,小規模活断層には平均的活動間隔の意味はなく,その活動性は起震断層の活動性で判断をすべきであるという.活断層の定義には「5万年前以降に活動したもの」で十分であるが,活断層ではない可能性を示すための無駄な調査や誤魔化しが繰り返されてきたこれまでの経緯を観れば,現在の応力場が支配的となった約40万年前以降の活動性で活断層を判断することで,調査や議論の無駄を省き,原子力の安全性を確保するための審査を効率的に進めることができるという.極めてクリアな論文であった. (報告:E.M.)

2013.6月号

読書会日時:2013年6月10日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>原発のない社会をめざして―九州からの発信

伊藤宏之  まえがき   
近藤恭典  脱原発運動における司法の活用─九州玄海訴訟の取り組み
高岡滋   「科学」とは何か?─原発事故・放射線による健康障害を考える
佐藤正典  原発が海の生物に及ぼす影響─日常運転にともなう問題
<研究ノート>
戸田 清  原爆・原潜・原発の歴史的関係と原発問題の常識を考える

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近藤恭典著「脱原発運動における司法の活用─九州玄海訴訟の取り組み」
 訴訟を行うことの意味を明解に示している好論文である.過去の原発訴訟のレビューと司法の限界について簡潔にまとめた後に,正しい国民要求は,法廷活動とともに,要求を国民全体に広げる活動がなされなければ実現はあり得ない,という実践的な教訓を引き出している.その上で,訴訟は,大規模な国民運動の一翼を担うものとして,また,運動の結節点として,あるいは運動を前進させる武器として位置づけるべきであるとしている.原発訴訟の役割・メリットとして,①原告の要求を明確にし,国民世論に訴える景気となる,②論点を明確にできる,③被告に一定の応答義務を課すことが出来る,などをあげている.「原発なくそう!九州玄海訴訟」において特に力点をおいていることは,①多数の原告によるたたかいを行うこと,②「原発による被害」を出発点に据えること,③国策転換をめざすために国をも被告としたことなどをあげ,全国に先駆け九州玄海訴訟をたたかっている現状を生き生きと語っている.いま,国内のすべての原発について,訴訟提訴または訴訟準備がなされているという.これらの原発訴訟が,脱原発運動の一翼を担い,運動の結節点として,運動を盛り上げていくことを期待したい. (報告:T.M.)

高岡滋著「『科学』とは何か?─原発事故・放射線による健康障害を考える」
 福島第一原発事故後において,放射線の健康影響について,本来の医学や公衆衛生学の手続きが無視されたまま議論されている現状を批判的に論じた好論文である.事故直後から,東日本各地で鼻出血,下痢,「鉄の味」などの症状が避難者から報告された.このような過去において少ない事例では,因果関係を直ちに否定するのではなく,「仮説」を保持しつつ機能法的思考で経過を見る必要がある.これらの症状を被曝の症状ではないと即断するのは行き過ぎである.放射性微粒子などによる局所高線量被曝によるものという仮説が提出されている.健康影響という因果関係を論じるときに,最も重要な分野は疫学であり,その疫学は後追いの営みであることから,予防原則が重視される必要があるとする.公衆衛生学や疫学も科学であり,科学とは「知の体系」を論理的に追求し,論理的な説明としての根拠を追求する営みであるとする.トンデル論文を「確固とした証拠にできるだろうか」と述べる坂東昌子氏には,疫学への理解不足があると断じている.その上で,科学と行政・政治は無関係ではなく,公衆衛生学は,人間の健康と命を守る一分野であり,原発への賛否は,本来,重要な公衆衛生学のテーマであるという.調査能力を持っているはずの行政は環境汚染と健康障害と隠蔽しようとする.したがって,その調査を行政に求めつつも,民間での調査が必須であると主張する.最後に,科学者が科学本来の意味と役割,諸科学の基盤や枠組みを自覚しなければ,その行為が進んで人倫に反する役割を推進する結果となりうると警告している. (報告:M.K.)

佐藤正典著「原発が海の生物に及ぼす影響─日常運転にともなう問題」
 原発による環境破壊・汚染は,事故の時だけとは限らず,日常的にも起きている.それらの問題のうち,①温排水による局所的温暖化,②プランクトンの死滅,③さらに,水素の放射性同位体であるトリチウムの問題について論じている.原発は,他の火力より熱効率が30~35%と低い分,局所的温暖化は火力より著しく海水を7℃ほど上昇させる.その温度上昇と配管内付着防止のための化学物質のためにプランクトンの多くが死滅する.半減期12年でベータ崩壊するトリチウムは,原発から日常的に放出される.その放出量は沸騰水型よりは玄海原発などの加圧水型で多いという.その結果,海水中のトリチウム濃度の世界的な平均値は1リットルあたり0.2~0.3ベクレルであるが,敦賀原発の近くの若狭湾では1リットルあたり1100ベクレルを2009年4月に記録しているという.また,玄海沖でも1988年8月に1リットルあたり41ベクレルを記録した.このようなトリチウムが,最終的にヒトにどのような形で影響を及ぼしているのかということは,未解明のわれわれ科学者に与えられた課題であると痛感する.(報告:Y.M.)

<研究ノート>戸田清著「原爆・原潜・原発の歴史的関係と原発問題の常識を考える」
 本論文は,特集の一部として依頼されたものであろうが,記述があまりに箇条的・断片的であるために研究ノートとして特集とは切り離されたものであるように思われる.それらの項目の中で知らないこともあり,有益ではある.取り上げる項目を絞り,それらについて掘り下げた記述をすればよいものになったであろうと残念である.例えば,原爆と原発のみでなく,原爆,原潜,原発の3つの関連を取り上げたことは,ある意味ユニークであり,この点を掘り下げた議論は大切であるように思う.「原子炉はプルトニウム原爆開発過程の副産物である」とあるが,これは事実であろうか.人類最初の原子炉であるシカゴ・パイル(CP-1)は,基礎科学的研究の積み重ねによりできたものであり,この経験が原爆のプルトニウム生産に役立ったことは間違いないであろうが,原子炉が「プルトニウム原爆開発過程の副産物」というのは言い過ぎではないか. (報告:T.Y.)

2013.5月号

読書会日時:2013年5月13日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>学問の自由と研究者の権利

高木秀男 学問の自由と研究者の権利および社会的責任
福田邦夫 SLAPPと言論弾圧
      ー 学問の自由と野中教授不当提訴事件
岩橋昭廣 私立大学教員の不当解雇と大学の自治
      ー 理事会の専断的私立大学運営と私立学校法の改定
直江俊一 大学問題を考えるうえで教育研究の『常道』とは何か

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2013.4月号

読書会日時:2013年4月8日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>生命の連鎖を考える

河野勝彦
 「生命・生物・環境と倫理」 
太田保夫
 「微生物と共生する農業」
桐谷圭治
 「ただの虫にも安心安全な農業:総合的生物多様性(IBM)」
森本信生
 「侵入昆虫がもたらしている実相ー命の連鎖を乱す,その甚大な農業被害」

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2013.3月号

読書会日時:2013年3月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>福島原発災害,2年後のいま

岡本良治
 「福島第一原発事故への地震動の影響」 
山本富士夫
 「改めて科学者の社会的責任を提起する─憲法遵守と技術者倫理の実践」
今岡良子
 「ソーシャルネットワークが伝えたフクシマ─被災社会を生きる私たちの力の源泉」
伊東達也
 「原発震災現地での活動と課題」

jjs3月号

<読書会の記録>

岡本良治著「福島第一原発事故への地震動の影響」
 本論文では,福島第一原発事故への地震動の影響を指摘する諸論考を検討し,事故の発端・津波到達前後・事態進展における地震動の主導的な役割を分析している.事故の発端は,地震動による鉄塔の倒壊(=外部電源喪失)にあると明言し,さらに長時間の地震動による建造物や機器への影響が未解明であるとしている.キセノン133の放出が始まったのは最初のベント弁開放以前であったこと(Stohlら)は,原子炉構成要素に構造的損傷があったことを示す有力な証拠という.また,波高計の記録から津波の到達時間を推定し,非常用電源の停止原因が津波以外である可能性を説得的に論じている.さらに,1号機から4号機への地震動の影響を具体的なデータに基づきながら詳細に論じている.このような分析から著者は,事故の発端・事故の進展・放射性物質の大量放出について地震動が主導的な役割を果たしたと考えている.いずれにしろ,可能な限りの直接的検証を含めたこのような分析は,今後,ますます重要になってくるものと思われる.
(報告:T.Y.)

山本富士夫著「改めて科学者の社会的責任を提起する─憲法遵守と技術者倫理の実践」
 「3.11福島原発災害」以来,国民は「原発安全神話」を信用しなくなったが,産官学連携の利益共同体「原子力ムラ」は国際原子力機関(IAEA)の「原子力安全文化」をよりどころに原発の再稼働を目論んでいる.筆者は,①原発再稼働を阻止するために,原発再稼働を阻止するために「原子力安全文化」を批判し原子力ムラを打倒し,②国民の命と暮らしを守るため憲法の前文(平和のうちに生存する権利)・第13条(個人の尊重)・第25条(国民の生存権と社会保障の義務)を国や自治体,原子力ムラに遵守させ,③原発事業者たちに技術者倫理を実践させることが必要であり,これらを行うことが科学者の社会的責任であると提起している.ただ,これらの課題は,科学者だけの責任というより全国民的課題ではないか.「原子力安全文化」が必ずしも明確ではない.また,筆者は総選挙で原発をなくす国民運動が勝利できなかったと悲観的に分析しているが,これも適切な分析であるか疑問である.原発が争点とならなかった面が大きい.憲法を重視したたたかいの重要性と,自主・自立や自由な発言・討論を勧めている技術者倫理を実践させる重要性の指摘は当を得たものである.(報告:Y.M.)

今岡良子著「ソーシャルネットワークが伝えたフクシマ─被災社会を生きる私たちの力の源泉」
 著者は,新聞を購読せず,テレビをもたず,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に依存して暮らしているという.SNSの情報はマスメディアの情報を鵜呑みにしないためにも無くてはならないとして,2011年3月から2012年12月までのtwitter, facebook, Youtube, UstreamなどのSNSが伝えたフクシマを時系列に沿って整理している.SNSはマスメディアが取り上げることのなかった市民の運動,文化人の創造,学者の信念を記録し,このようなSNSを巧みに使い,人びとは運動を継続してきた.新しい社会を創造する力の源がここにあるという.(報告:A.S.)

伊東達也著「原発震災現地での活動と課題」
 福島原発事故で避難を余儀なくされた16万人もの人びとは依然として,家族そろって住める家がない,希望がない,展望がないという過酷な避難生活を強いられている.2012年末時点での,そのような福島の状況が報告されている.避難で体調悪化や過労による死や自殺などの福島県の「原発関連死」は2012年4月には764人であったが,12月には1184人に達した.原発事故による避難は今も福島県民の奪っているということだ.川内村では緊急時避難区域が2011年9月に解除され,帰村宣言を出し,役場をもとに戻し,保育園・小中学校を再開したが,戻った村民は元の人口の1割程度にとどまっている.戻らない理由は,仕事先がない,生活基盤が整っていない,放射能汚染などである.一方,大熊町,浪江町,富岡町は「5年間は帰還しない」ことを宣言している.75%が帰還困難区域である双葉町では帰還に関する計画が出せないでいる.除染は進まず,賠償をめぐるニュースは,連日のように地元新聞には報道されている.今後必要なことは,①安全な事故収束対策,②福島原発10基の廃炉,③放射性廃棄物の保管場所についての国民的討論などであるが,とりわけ④国と東電が法的責任を認め,被害者へ謝罪し,これ以上の健康被害を防止することであるという.(報告:E.M.)

2013.2月号

読書会日時:2月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

<特集>グローバル危機の波及と経済政策

金融・財政危機と欧州統合の行方   高田太久吉
経済危機下における日本銀行の金融政策   松本朗
経済政策基盤の液状化がはじまったアメリカ─ 2012 年アメリカ大統領選挙をふりかえって   瀬戸岡紘
金融危機後のアメリカ金融規制改革─ボルカー・ルールをめぐって   小倉将志郎

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読書会の要約は,しばらく時間がかかります(EM).

2013.1月号

読書会日時:1月14日(月曜日)午後2時〜5時

<特集>国際原子力ムラ その虚像と実像
髙橋博子著「冷戦下における放射線人体影響の研究 ー マンハッタン計画・米原子力委員会・ABCC」
Y.ルノワール著「国際原子力ムラ ー その成立の歴史と放射線防護の実態」
W.チェルトコフ著「チェルノブイリの犯罪 ー フクシマにとっての一つのモデル」
A.R.カッツ著「チェルノブイリの健康被害 ー 国際原子力ムラの似非科学vs独立系科学」
松崎道幸著「ガンリスクは10ミリシーベルトでも有意に増加 ー 日本の原発労働者の疫学調査がICRPのリスク評価の見直しを迫る」
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髙橋博子著「冷戦下における放射線人体影響の研究 ー マンハッタン計画・米原子力委員会・ABCC」
 1958年の国連科学委員会(UNSCEAR)の報告では,ストロンチウム90の人体への集積を通して,その影響が5歳以下の子どもや胎児に対して特に大きいことが指摘されていた.しかし,このような指摘は現在の国際原子力ムラの「国際的科学的知見」には反映されていない.米原子力委員会や国際原子力機関(IAEA),UNSCEAR,国際放射線防護委員会(ICRP)などが互いに協力して形成されてきた国際原子力ムラは,核開発や原子力発電の推進という立場の利害を守るため,放射線の影響を過小評価する「国際的科学的知見」を徹底して浸透させた.福島第1原発事故を経験し,核を守るための科学から脱却し,とりわけ弱い存在である胎児や子どもたちへの放射線の人体影響を,人間を守るための研究に根本から作り直す必要がある.筆者は,その点で自らも参加する「市民と科学者の内部被曝問題研究会」に期待を寄せている.(報告:T.Y.)

Y.ルノワール著「国際原子力ムラ ー その成立の歴史と放射線防護の実態」
 福島第一原発の過酷事故において,チェルノブイリ事故の教訓は,住民の防護のために生かされるどころか,放射線の被害をより徹底して否定するために利用されている.国際放射線防護委員会(ICRP)などの国際機関は,原子力産業の発展を維持するために支援をしている:広島と長崎の惨事に対して,内部被ばくについての考慮が無視された.チェルノブイリでは,事実を隠蔽する役割を果たした.チェルノブイリ事故の被害を認めなかった張本人たちが,いま福島で跋扈している.チェルノブイリ事故から何年も後になって,旧ソ連の医療組織が行った数々の科学的研究結果が取りまとめられ,”Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment”(2006)としてロシアのナウカ出版から出されたが,この本に引用された論文は原子力マフィアから排斥されたばかりか,これらの論文の著者の多くは厳しい弾圧(降格,投獄,あるいはテロ)にあったという.いま,福島で活躍しているミハイル・バロノフや山下俊一氏は紛れもない原子力マフィアの古株であると著者は指摘する.
(報告:K.C.)

W.チェルトコフ著「チェルノブイリの犯罪 ー フクシマにとっての一つのモデル」
 著者は,1990年から2010年までの間にチェルノブイリを8回現地取材した元スイス国営放送のジャーナリストである.ヨーロッパの原子力ロビーと公的医学界は,チェルノブイリ事故によって汚染された広大な大地という実験場で数百万人の人間をモルモットにして,新たな疾患の実験を進めることを四半世紀にわたって意図的に強いているという.ここでは,特に,ベラルーシで実施された「エートス・プロジェクト」の犯罪性を告発している.このプロジェクトは,フランスで原子力過酷事故が起きたとき,事故後の管理に役立つデータを収集することを目的で行われた.安定した科学情報を得るために,体内の放射性セシウムの吸着剤の投与を拒否したために,子どもたちの体内に蓄積された放射性セシウムの量は変わらなかったという.このプロジェクトに関与したフランス人教授は,「私の研究室ではこのような実験には従事できなかっただろう.それをいま,こうして観察できているのだ」と言ったという.著者は,同じことが福島で行われようとしていると警告している.
(報告:M.K.)

A.R.カッツ著「チェルノブイリの健康被害 ー 国際原子力ムラの似非科学vs独立系科学」
 ニューヨーク科学アカデミーが独立系研究者による研究報告を集めたチェルノブイリに関する本”Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment (2009)”を出版した(日本語訳が進行中であるが,英文版のpdfファイルはネット上で入手可能).この本にある報告を参考にしてみれば,国際原子力機関(IAEA)の報告(2005年最終報告者「チェルノブイリの遺産」)がチェルノブイリ事故の被害を小さく見積もり,さらに「チェルノブイリによる影響では,メンタル的な健康被害が最大の公衆衛生の問題」,「放射線被ばくの健康への危険性が大げさに感じられている」などとチェルノブイリ犠牲者に似非科学の攻撃を加えていることは明らかである.この報告集は,英文で300ページを超えるものであるが,私たちにとって必読書になるものと思われる.
(報告:Y.M.)

松崎道幸著「ガンリスクは10ミリシーベルトでも有意に増加 ー 日本の原発労働者の疫学調査がICRPのリスク評価の見直しを迫る」
 日本政府は1990年から「原子力発電施設等放射線業務従事者等に係わる疫学調査」を継続しており,5年ごとに行われる調査の報告書が2010年3月に公表された.その概要は,①対象:男性203,904人(観察人年222.7万人),②平均観察機関:10.9年,③死亡数:14,224人,うちガン死亡5,711人(肺がん1208人,肝がん938),④平均累積線量:13.3mSv,⑤全ガンの標準化死亡比:1.04,肝・肺がん:1.13および1.08と一般男性に比べて有意に増加である.これまで政府は100mSv以下の放射線被ばくのリスクはないかきわめて小さいといってきた.この報告書は,10mSv程度の被ばくでも数%オーダーのがんリスクの増加があることを明確に立証している.ところが政府は,飲酒や喫煙などに原因があり,放射線被ばくとの関連を否定している.本論文では,これらの点を調べるために,肝がんと飲酒,肺がんと喫煙などの関連を詳細なデータに基づき検討している.検討の結果は,原発労働者の肝がん死亡率が一般国民より有意に高いことを飲酒習慣の違いで説明することは出来ず,また,原発労働者の肺がんと被ばく線量の関連が喫煙状態の交絡(confounding)によるという推論には困窮がない,であった.このことは,福島の子どものみならず大人についても速やかな避難や疎開の必要性を考える時がきていることを示しているのではないかと著者の松崎氏は警告している.
(報告:M.K.)

2012.12月号

読書会日時:12月10日(月)午後2時〜5時

<特集>原発再稼働を問い直す

清水修二論文「福島原発災害と地域再生の課題」
本島勲論文「原発停止下における電力需要ー大飯原発再稼働の検証と電力システム改革」
井戸謙一論文「福井原発再稼働差止め訴訟の論点」
坪田嘉奈弥論文「原子力発電所と雇用問題」
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<読書会の記録>

清水修二論文「福島原発災害と地域再生の課題」
福島県では,知事と県議会が「県内全原発の廃炉」を主張している.しかし,政府と東電は第一原発5,6号機と第二原発4基の望んでいる.また,他の原発立地自治体は経済的理由から再稼働を望む現実がある.しかし,福島の経験を真に教訓とするためには,被災地域のリアルな実情を見据えて原発に依存しない地域作りの方法論を構築する必要があると主張する.廃炉が生む雇用について,チェルノブイリの例があり参考になる.事故前のチェルノブイリでの雇用は7000人であった.廃炉に向けた作業を行っている現在の雇用は3500人,放射能汚染の周辺地域の安全管理などにあたっている労働者が3500人にのぼり,新たに「石棺」を覆う工事にも相当数の雇用が見込まれるという.
(報告:Y.S.)

本島勲論文「原発停止下における電力需要ー大飯原発再稼働の検証と電力システム改革」
日本の発電施設の稼働率(2006年度)は水力22%,火力44%,原子力70%で,火力は半分以上が停止している状態である.日本全体で原発の発電量は火力施設の28%に相当するので,原発を止めたとしても,火力の稼働率を44%から72%(原発の稼働率と同程度)にすることで対応できる.このことは,今夏の電力需給結果により証明されてもいる.電力の自由化はすでに2000年から始まっており,新電力が誕生し(64社が登録,実際に供給しているのは27社),そのシェアは5%程度である.日本での自然エネルギー導入可能量は現在の発電設備容量の10倍ある(環境省2010).経産省は,小売り部門,発電部門,送電分野にわたる電力システム改革の基本方針案をまとめた(2012.7).内容は,新自由主義に基づく競争・市場原理の導入である.地場産業や地域住民によるエネルギーの地産地消に基づく改革が求められている.
(報告:T.Y.)

井戸謙一論文「福井原発再稼働差止め訴訟の論点」
新しい審査指針・技術基準に基づく定期検査に合格するまで再稼働禁止を求める仮処分訴訟が大津地裁で進行中である.そこで争われている論点が整理されている.原告主張:福島原発事故でこれまでの安全設計審査指針が誤っていたことが明らかになった(被告の反論なし).原告主張:社会的に容認される安全性のレベルは,過酷事故の発生に怯えながら生活する必要のない程度のものであるべき(被告の反論なし).原告主張:過去に生じた最大の地震を前提に対策を取るべき(被告主張:他地点の過去に生じた最大の地震を前提とするのは相当でない).原告主張:若狭湾の原発は2006年9月の新耐震設計審査指針によるバックチェックが行われていない.新指針によるバックチェックが完了するまで運転は許されない(被告の反論なし).つい最近,直下の断層が活断層である可能性が高まった敦賀原発もこの差止め訴訟の対象である.判決は来年早々に出る予定である.裁判所が3.11以降変わったのかどうかをみる試金石となる.
(報告:E.M.)

坪田嘉奈弥論文「原子力発電所と雇用問題」
4基の原発があり,さらに2基の増設計画のある敦賀市の市議会では,2011年12月に,①停止中の原発の再稼働,②敦賀3, 4号機の増設促進,③もんじゅの存続の意見書を賛成21反対4で可決した.敦賀市長は「原発は雇用の柱」として新たな地場産業を育成していくことに目が向かない.しかし,3.11の原発事故を経験したあとでは,このような態度は理解しがたい.原発の現場での派遣労働は,元請け,下請け,さらに孫請け,ひ孫請けという形で多重構造になっており,電力会社から出た労働者日当(6~7万円)が末端の労働者に渡るときには7000〜8000円になるという.日本の原発1基あたりの総被曝量はアメリカ,フランスの2倍,スウェーデンの3倍と世界一大きく(総合資源エネルギー調査会2011年1月),その96%は下請け労働者が受けている.一方では,現場での被曝隠しも常態化している.原発は早急に廃炉にして,その間に新たな地場産業の育成をはかることが必要であろう.
(報告:M.K.)

2012.11月号

読書会日時:11月12日(月)午後2時〜5時

<特集>新局面を迎える「大学改革」政策 

齋藤安史論文「科学・技術政策と高等教育ー競争力強化のための人材(財)育成」
中嶋哲彦論文「国立大学法人における大学自治の復興」
佐藤誠二論文「国立大学法人化の財政問題ー財政縮減と競争原理」
長山泰秀論文「法人化後の国立大学への公財政支出の変化および財政誘導による機能別分化促進と大学間格差の固定化」
森利明論文「大阪府立大学をめぐる大学改革の現状」
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<読書会の記録> 

齋藤安史論文「科学・技術政策と高等教育ー競争力強化のための人材(財)育成」
 国立大学の法人化問題は,行政改革と公務員減らしから出発しているが,同時に,国立大学を「科学技術創造立国」政策に動員するという意図もある.中教審答申「我が国の高等教育の将来像」(2005年1月)では,教育と研究を大学の長期的観点からの使命とする一方で,産官学連携などを大学の短期的・直接的使命(第3の使命)であるとしている.2004年の法人化によりどうなったかをみてみると,法人化前後(2002年と2008年の比較)で,大学教員一人あたりの年間平均研究時間は47.5%から36.1%と減少している.さらに会議等によって研究時間が細切れになり,集中して研究が出来にくい状況が出てきている.研究環境が悪化する中で科学論文数の減少も顕在している.競争により論文数増加を図るという法人化の目的にそむく皮肉な結果である.その他にも,高学歴ワーキングプアの激増,博士課程修了者の深刻な就職難,任期付きや非常勤などの不安定雇用の激増など学術の現場の崩壊現象が法人化以降加速されている.そのような中で大学政策の転換が,文科省主導ではなく,財務省主導の国家戦略会議で進められ,従来とは異なる政策決定過程の中で実行されようとしている.文科省はその国家戦力会議の実行施策プラン作りに狂奔し,主要大学は挙げてその先頭に立とうとしている.大学関係者は,その状況について早急に討議を深め,共同のたたかいをはじめる必要があるのではないか.
(報告:M.K.)

中嶋哲彦論文「国立大学法人における大学自治の復興」
 大学や高等教育機関がその社会的使命を遂行するうえで,学問の自由と大学自治の保障は不可欠である.2004年の法人化以降の国立大学(=行政機関)(注1)では,「自律的運営」ということで政府に指示あるいは承認された目標達成のため「自発的」経営努力が制度的に強要され,自らの手で教育研究をねじ曲げていく論理が働いている.このような論理から離脱するためには,「国立大学の自治」への国民的合意とその制度的保障の途を探ることが必要である.
(注1)法人化の前の2000年5月に国立学校設置法1条は「①この法律により,国立学校を設置する,②国立学校は,文部大臣の所轄に属する」から「文部科学省に,国立大学を設置する」と変更され,文科省の内部組織としての「国立大学=行政機関」の論拠にされた.法人化のためには,この設置法の変更はなくてはならないものであった.
(報告:Y.S.)

佐藤誠二論文「国立大学法人化の財政問題ー財政縮減と競争原理」
 独法化後の第1期中期目標期間2004-2009における財政データをみながら国立大学法人制度の問題を考える.国立大学予算の要求・配分が一般会計の中で行われるようになったことにより,財務省の直接的関与が増加している.財務省の基本姿勢は,財政縮減,競争原理,自己努力の3つである.この6年間で運営費交付金が6.7%(830億円)削減され,効率化による費用削減や外部資金拡大などの自己努力が求められている.しかし,日本の高等教育への公財政支出は,OECD加盟国中最低で対GDP比0.5%(OECD平均1.0%)であることを考えれば,財政資金の確保は最重要課題である.国立大学法人全体でみれば,運営費交付金は減少しているが,付属病院収益や外部資金の増加により経営利益は12%程増加している.しかし,大学間格差は大きく,小規模大学や単科大学などでは運営費交付金の減少をカバーできない状況もある.法人化による大学改革は,「高等教育の質保障・転換」というより行財政改革,産官学連携強化の視点が過度に先行している.
(報告:E.M.)

長山泰秀論文「法人化後の国立大学への公財政支出の変化および財政誘導による機能別分化促進と大学間格差の固定化」
 法人化後の国立大学への公財政支出の変化にともない,大学間格差の拡大と財政誘導による機能別分化が進行している.それらがもたらしている問題点を論じている.国立大学法人法の国会付帯決議の必要な予算確保の約束は反故にされている.文科相自身も我が国の高等教育機関に対する公財政支出の対GDP比が0.5%とOECD加盟国中最下位で,家計負担が突出して高いことを問題にしているが,「受益者負担によるべき」ということでこの状況は改善されていない.法人化はそれまでにあった大学間格差を固定化した.そして,大学の「機能別分化」(中教審答申2005年1月)はこのように完成された格差の正当化である.外部資金等の割合の多い大学は研究に機能を特化させ,反対に少ない大学は研究以外の機能に特化させるようなことが進行している.財務当局ベースで作られた「大学改革の方向」は,「大学改革実行プラン」(文科省2012.6),さらには閣議決定「日本再生戦略」の中に位置づけられ(大学のミッションの再定義と文言もみられる),これまでとは質的に異なる段階に入っている.このような方向とは異なる,大学人が自ら行う真の大学改革が必要ではないか.
(報告:T.M.)

森利明論文「大阪府立大学をめぐる大学改革の現状」
 大阪府立大学は,それまでの府立3大学を統合再編して2005年4月に公立大学法人大阪府立大学となった.その後,知事になった橋下徹知事から存廃を含めた抜本的な見直しを迫られ,2012年4月に理学部や経済学部を解体することで7学部制から現代システム科学域,工学域,生命環境科学域,地域保健域の4学域体制への移行が強行された.また最近では,府と市の統合をめざす動きの中で大阪市立大学との経営統合が進められようとしており,学部の整理・統合や予算の削減が強引に推し進められる危険性が高い.
(報告:O.K.)
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