文科省「放射線副読本」を読んで

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文科省「放射線副読本」を読んで


三好永作


3月はじめに糸島で開かれた,文科省発行の放射線副読本(小学生用)「放射線について考えてみよう」を勉強する会に出席させてもらいました.3時間程度の勉強会でありましたが,この副読本がいかなる意図のもとに書かれたものであるかがよく理解できましたので,内容を紹介しながらそのことを書き留めておきます.この副読本は昨年の11月に発行されたもので文科省のサイト(1)からダウンロードすることが出来ます.糸島市ではこの副読本を配布する予定であると言われています.

(1)福島原発事故について

放射線について考えてみようというのであれば,まず,第一に関心があるのは,今回の福島原発事故に関連して,どれだけの放射能汚染があり,その被害がどの程度あるのかということでしょう.「はじめに」の中に,福島第1原発で「事故が起こり,放射線を出すものが発電所の外に出てしまいました」という記述があるのみで,本文の中には,放射能汚染の状況やその被害の実態などの記述がまったくありません.今回の原発事故についてだけでなく,原発そのものの記述が一切ありません.

川原茂雄氏のブログ(2)によれば,2年前に発行した副読本「わくわく原子力ランド」には,写真や図版をふんだんに使った原発についての記述があったということです.原発は「大きな地震や津波にも耐えられるように設計されている」から「絶対安全」と書かれていたそうです.ウソを書いていたということです(2年前の副読本は,3.11以前は文科省のホームページからダウンロード出来ていましたが,いまは削除されているようで手に入れることは出来ません).そうであるのなら,2年前の副読本は間違っており,原発は「絶対安全」ではなく,過酷な事故を起こしうるものであったという反省と訂正を明言しなければ,その副読本で教育を受けた児童・生徒は教師や文科省をウソつきであったと考えることでしょう.そのことで心に深いキズ(トラウマ)を残すことになるのではないでしょうか.そのようなことに思い至らない文科省というのは,子どもの教育について責任を持つ組織と言えるのでしょうか.それとも,今回の副読本の「不連続性」を反面教師としてほしいという,子どもたちへのメッセージなのでしょうか.

(2)安全性の強調

「はじめに」の中で「放射線についての疑問や不安を感じている人が多いと思い,放射線について解説・説明した副読本を作成」したとして,まず,6ページに放射線について,「太陽や蛍光灯から出ている光のようなもの」としています.放射線とは何かということを一切いわずに,「〜のようなもの」で済ませています.円周率を「3のようなもの」とした発想と同類のもので,小学生にきちんと物事を順序立てて説明しようという気持ちが感じられません.放射線とは「高速のとても小さな粒であり,高エネルギーの光(光も粒としてものに取り込まれる)も含む」ということをいうべきでしょう.高速のとても小さな粒(放射線)が体内の細胞に吸収されると大きな損傷を与えることになることを理解するためにも放射線が何かということは大事です.

5ページには,「放射線は,宇宙や地面,空気,そして食べ物からも出ています」,「皆さんの家や学校などの建物からも出ています」として,日常的に放射線を浴びているのだから,多少の放射線は浴びても安全であるような言い方をしています.しかし,われわれが自然(宇宙や地面,空気,食べ物)から被ばくする放射線量は1.5 mSvであり,国際放射線防護委員会(ICRP)は,自然放射線被ばく以外の公衆被ばくの限度を1 mSv以下のするよう勧告しています.これは,「放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増えるという考え」(直線しきい値なし説)に基づく勧告で,ほとんどの国ではこの勧告に基づいて放射線防護の方策が取られています.小学生にこの考えを正確に伝えることが最も求められているにも関わらず,この副読本はそのことを正面から取り上げていません.

また,放射線の「細菌を退治する働き」に触れ,放射線の有用性を強調しています.確かに,放射線照射による殺菌や除菌は有用です.しかし,このときの照射放射線量は,大変大きいということを理解しておくことは大切です.一般に滅菌や殺菌に使用される放射線量は千グレイから数万グレイ(千~数万シーベルトに相当)です.7シーベルトを人間が被ばくするとそのうち99パーセントが死亡することを考えれば,途方もない放射線量になります.放射線滅菌装置には,数京から10京ベクレル(1京は1億の1億倍)のコバルト60が放射線源として使われていようですので,装置の取り扱いには注意深さが必要でしょう.

(3)放射線の影響

11〜12ページに「放射線を受けると,どうなるの?」ということが書かれています.そこで書かれていることは,①「たくさんの放射線を受けてやけどを負うなどの事故が起きています」,②「一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合,放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません」,③「しかし,がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもあるため,放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」が主な点です.

この①と②を読んで小学生が放射線についてどのように思うかを考えると空恐ろしくなります.①では,たくさんの放射線を受けても火傷をする程度と勘違いしかねません.たくさんの放射線を受けると死亡することを明言していないからです.現に,広島・長崎の原爆での放射線被ばくにより死亡した人はたくさんいます.1999年には東海村でのJCO臨界事故による被ばくで2名が死亡しました.しかし,広島・長崎については「原爆が落とされ多くの方々が放射線の影響を受けています」とだけしか触れていません.この副読本では,広島・長崎での放射線被ばくにより死亡した多くの人びとを無視しているのです.「影響を受ける」は,決して死亡を意味しません.②は,100ミリシーベルト以下の放射線は無害であると思わせます.しかし,前項で述べたように国際的には(どんなに少量でも)「放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増える」と考えられているのです.そのことをこそ正確に教えるべきです.それが放射線防護の第一歩です.

③の文章は,②の文章に続く文章ですが,論理的にはすっきりしない文章です.②の文章に続いて,例えば,(a)「しかし,放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増えると考えられていますので,放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」であるなら論理的にはすっきりしています.また,(b)「がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもあるため,放射線だけによるがんなどの病気になる影響は相対的には小さいのです」であるなら,内容には問題がありますが,論理的にはすっきりします.しかし,(b)の後半部「放射線だけによるがんなどの病気になる影響は相対的には小さいのです」が言いたい下心があるため,(b)の前半部「がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもある」を言ったのだけれども,あとで責任問題になる可能性があるで(a)の後半部「放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」を仕方なく加えたように推測されます.そのことで,何ともすっきりしない文章になったように思われます.

被ばくの形態として,外部被ばくと内部被ばくがあることは15ページに「放射線を体の外からと体の内から受けることがある」と述べていますが,内部被ばくがより危険であることを説明していません.これは明らかに片手落ちです.内部被ばくの危険性をきちんと正確に伝えることが,責任ある文章には必要です.さらに,放射線の子どもへの影響は,大人への影響に比較すれば,格段に大きいということが,一言も触れられていません.このような副読本により学習した小学生が,放射線被ばくについてどれほど正確な知識を得ることになるのかとても心配です.

(4)リスクとベネフィット

副読本の解説書(教師用)には,その最後に「放射線のリスクとベネフィット」という項目があります.そこでは,何ごとにもリスクを完全に無くしてベネフィット(便益)だけを得ることは不可能であり,放射線利用においても,放射線を受ければ,がんなどの症状が将来において現れるかもしれないというリスクはあるが,病巣の発見などのベネフィットがある.そのように,「リスクとベネフィットのバランスを考えて判断することが重要」としている.すべての放射線利用において,このような意味でのバランスが大事と言っています.例としてあげている患者の医療被ばくにおいては,確かに,放射線被ばくのリスクも,その便益を受けるのも同一人物であり,それらのバランスを正しく判断することは出来ます.また,職業被ばくにおいても,被ばくのリスクとそのベネフィット(給料)を受けるのも同一人物であり,問題ありません.しかし,いま問題になっている原発事故に関して考えれば,このリスクとベネフィットは,うまくバランスを取るというのが困難な問題であることがわかります.原子核分裂により大量の放射性物質(「死の灰」)と膨大な熱を発生させ,熱の一部を電気に変えて,利益を上げているのは電力会社であり,数回にわたる爆発による放射性物質の拡散により多大のリスクを負っているのは原発の立地自治体だけでなく周辺自治体を含めた原発周辺住民です.原発というシステムにおいては,このように一般のリスク&ベネフィット論は成り立たず,大きな矛盾を内包したシステムであるということを認識することが大事です.そして,原発周辺住民にとって多大のリスクを負うことに対して断固として拒否する権利があるということを自覚することが必要です.

(1)http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/detail/1311072.htm
(2)http://blogs.yahoo.co.jp/skawahara1217/archive/2012/3/15

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