脱原発をめざす

風船と放射性微粒子

風船と放射性微粒子

2013.4.18

 「原発なくそう!九州玄海訴訟」の原告団が「風船プロジェクト」を立ち上げ,玄海原発の近くから放射性微粒子にみたてた風船を飛ばし,風船発見者からの発見時間および場所の報告を受けている.風船は放射性微粒子にみたてられているが,それらの飛び方は必ずしも同じではない.しかし,共通点もあるであろう.そのような点を考えてみた.

 ヘリウムを入れた風船と原発事故時の放射性プルーム(放射性微粒子)の飛び方が同一でないことは自明である.しかし,共通する部分もあると思う.まず,第一に,ヘリウム風船も原発事故時の放射性微粒子も発生時に上空にあがる.到達高度に幅があるのも風船,放射性微粒子とも共通である.

 風船プロジェクト第1弾(2012.12.8)で5番目にあった報告は,340kmの地点(高知県鴨部)での2時間30分後の発見であった.発見された風船の平均水平速度は39m/s(メートル/秒)となる.当時の地上の平均風速が4m/sであったことから,かなり上空を飛んだのもと考えられる.高度8km~13kmにジェット気流が流れているが,その風速は冬場では50m/sにも達するという.その影響を受けて早く運ばれたものと考えられる.少なくともジェット気流の影響を強く受ける高度を通過したのであろう.また,最初の発見は,2時間20分後に西区周船寺であった.周船寺は39km地点になるので,この風船の平均水平速度は4.6m/sとなる.したがって,この風船はそれほど高い上空まで上がらず,比較的低空を飛んだものと考えられる.第2弾で使った風船の素材は丈夫で伸びにくい材質のようであるので,5番目に報告された風船のように膨らみ続けてジェット気流の影響を強く受けるほど高く上がるものはないのかも知れない.

 原発事故時の放射性微粒子の高度分布は,爆発の形態や規模によりさまざまであるが,例えば,3月14日の福島第一原発3号機の爆発による放射性プルームの放射能のピークは1kmから2kmであったという.これは1km以下の低空にも2km以上の上空にも放射性微粒子がそれなりに分布していたことを意味している.

 いったん上空まで上がれば,その後は,風下の方へ空気とともに流れていくことになる.水平方向には,風速が大きいときにはほとんどが風下へ流れていく.この点も共通でと考えられる.無風のときには,熱拡散により同心円状に広がっていくが,1年を通じてそのような状態はあまりないように思われる.もちろん,風の向きと90°の(水平な)方向へは熱拡散により広がることになるが,この熱拡散の仕方の違いは,風が強いときにはそれほど大きくはないと考えられる.

 問題は,垂直方向の落下速度である.風船の落下速度は風船からヘリウムガスの脱け出る速度が関係する.この速度が風船ごとに異なることが,近くに落ちるか遠くまで飛んでいくかの1つの要因となる.もう一つの要因は,個々の風船の到達高度とそれにともない破裂するかどうかである.風船が落下する要因は,ヘリウムが脱けるだけでなく,風船の破裂がある.ガスの脱け方や風船の破裂し易さに違いがあれば,風船の飛び方に違いが出てくるかも知れない.第1弾と第2弾で異なる風船を使っているようなので,注意深い分析が必要かも知れない.

 放射性微粒子について垂直方向の落下速度について考えてみる.放射性微粒子が受ける垂直方向の力は,万有引力と空気の抵抗である.速度が大きくない場合にはこの抵抗は微粒子の速度に比例する.微粒子を球(半径:
r)として,その運動方程式は
   ma = mg - kv              (1)
で表される(
mg は重力,- kv は抵抗力).mは微粒子の質量,a, v は微粒子の加速度と速度,g は重力加速度(=9.8m/s),k は空気の粘性係数を n=0.000018Ns/m^2)として
   
k = 6πnr
で表現される.微粒子は一定時間後には一定の速度に達する.その速度を終端速度と呼ぶ.その時には加速度
aはゼロなので,その速度vは(1)式から
   
v = mg/k                (2)
と与えられる.質量
mは半径をメートル単位で測り比重をdとすれば,
   
m = (4π/3) r^3 x 1000d (kg)
で表現される.微粒子の半径を1ミクロン,比重を1として終端速度を計算すれば,
   
v = 0.00012 m/s             (3)
となる.つまり,半径1ミクロン(直径2ミクロン)の放射性微粒子は10000秒(3時間弱)に1.2mしか落下しないことになる.1km上空に吹き上げられた放射性微粒子が地上に落ちてくるには, 8,300,000秒かかることになる.これは約100日である.比重を3としても,1ヵ月は地上に降りてこないということである.数km(数千メートル)まで上空に吹き上げられた放射性微粒子は,地球をぐるぐる回ることになる.

 しかし,粒径が異なれば落下速度は,粒径の2乗に比例して大きくなる(
m は粒径の3乗に比例し,k は粒径に比例しているので,このことは(2)式から導ける).例えば,砂丘の砂粒の粒径(直径)はほぼ0.35mmであるが,その砂粒(比重:2)は(2)式から1秒間に約8m落下する程度の終端速度になる.これでは砂丘の砂粒はあまり遠くまで飛べないことになる.水素爆発や水蒸気爆発などで発生した,この粒径以上の放射性微粒子のほとんどは原発からそれほど離れていない領域に落下することになる.それに対して,黄砂に含まれる砂粒の粒径はほぼ0.004mm(4ミクロン)であり,上で考えた放射性微粒子の2倍の粒径になっている.したがって,その終端速度は砂の比重も加味して考えれば(3)式の8倍,約0.001m/sとなり,高度1kmまで巻き上げられた黄砂が地上に落ちるまでには10数日はかかることになる.中国で巻き上げられた黄砂が日本にまで届くのは道理である.

 このように,風船と放射性微粒子とでは垂直方向の運動はかなり異なったものになると考えられる.しかし,水平方向の運動はあまり違わないであろうということは間違いないことのように思われる.このことは重要である.放射性微粒子は乾いた空気中のみを移動するだけではない.雨雲に遭遇することもある.雨雲に捕まった放射性微粒子は,雨とともに急激に地上に降ってくることになる.したがって,ところどころに落ちてきた風船は,このように雨雲に捕まった放射性微粒子に対応していると言ってもよいように思われる.水平方向の運動はあまり違わないであろうと考えられるからである.(2013.4.18/ E.M.)

文科省「放射線副読本」を読んで

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文科省「放射線副読本」を読んで


三好永作


3月はじめに糸島で開かれた,文科省発行の放射線副読本(小学生用)「放射線について考えてみよう」を勉強する会に出席させてもらいました.3時間程度の勉強会でありましたが,この副読本がいかなる意図のもとに書かれたものであるかがよく理解できましたので,内容を紹介しながらそのことを書き留めておきます.この副読本は昨年の11月に発行されたもので文科省のサイト(1)からダウンロードすることが出来ます.糸島市ではこの副読本を配布する予定であると言われています.

(1)福島原発事故について

放射線について考えてみようというのであれば,まず,第一に関心があるのは,今回の福島原発事故に関連して,どれだけの放射能汚染があり,その被害がどの程度あるのかということでしょう.「はじめに」の中に,福島第1原発で「事故が起こり,放射線を出すものが発電所の外に出てしまいました」という記述があるのみで,本文の中には,放射能汚染の状況やその被害の実態などの記述がまったくありません.今回の原発事故についてだけでなく,原発そのものの記述が一切ありません.

川原茂雄氏のブログ(2)によれば,2年前に発行した副読本「わくわく原子力ランド」には,写真や図版をふんだんに使った原発についての記述があったということです.原発は「大きな地震や津波にも耐えられるように設計されている」から「絶対安全」と書かれていたそうです.ウソを書いていたということです(2年前の副読本は,3.11以前は文科省のホームページからダウンロード出来ていましたが,いまは削除されているようで手に入れることは出来ません).そうであるのなら,2年前の副読本は間違っており,原発は「絶対安全」ではなく,過酷な事故を起こしうるものであったという反省と訂正を明言しなければ,その副読本で教育を受けた児童・生徒は教師や文科省をウソつきであったと考えることでしょう.そのことで心に深いキズ(トラウマ)を残すことになるのではないでしょうか.そのようなことに思い至らない文科省というのは,子どもの教育について責任を持つ組織と言えるのでしょうか.それとも,今回の副読本の「不連続性」を反面教師としてほしいという,子どもたちへのメッセージなのでしょうか.

(2)安全性の強調

「はじめに」の中で「放射線についての疑問や不安を感じている人が多いと思い,放射線について解説・説明した副読本を作成」したとして,まず,6ページに放射線について,「太陽や蛍光灯から出ている光のようなもの」としています.放射線とは何かということを一切いわずに,「〜のようなもの」で済ませています.円周率を「3のようなもの」とした発想と同類のもので,小学生にきちんと物事を順序立てて説明しようという気持ちが感じられません.放射線とは「高速のとても小さな粒であり,高エネルギーの光(光も粒としてものに取り込まれる)も含む」ということをいうべきでしょう.高速のとても小さな粒(放射線)が体内の細胞に吸収されると大きな損傷を与えることになることを理解するためにも放射線が何かということは大事です.

5ページには,「放射線は,宇宙や地面,空気,そして食べ物からも出ています」,「皆さんの家や学校などの建物からも出ています」として,日常的に放射線を浴びているのだから,多少の放射線は浴びても安全であるような言い方をしています.しかし,われわれが自然(宇宙や地面,空気,食べ物)から被ばくする放射線量は1.5 mSvであり,国際放射線防護委員会(ICRP)は,自然放射線被ばく以外の公衆被ばくの限度を1 mSv以下のするよう勧告しています.これは,「放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増えるという考え」(直線しきい値なし説)に基づく勧告で,ほとんどの国ではこの勧告に基づいて放射線防護の方策が取られています.小学生にこの考えを正確に伝えることが最も求められているにも関わらず,この副読本はそのことを正面から取り上げていません.

また,放射線の「細菌を退治する働き」に触れ,放射線の有用性を強調しています.確かに,放射線照射による殺菌や除菌は有用です.しかし,このときの照射放射線量は,大変大きいということを理解しておくことは大切です.一般に滅菌や殺菌に使用される放射線量は千グレイから数万グレイ(千~数万シーベルトに相当)です.7シーベルトを人間が被ばくするとそのうち99パーセントが死亡することを考えれば,途方もない放射線量になります.放射線滅菌装置には,数京から10京ベクレル(1京は1億の1億倍)のコバルト60が放射線源として使われていようですので,装置の取り扱いには注意深さが必要でしょう.

(3)放射線の影響

11〜12ページに「放射線を受けると,どうなるの?」ということが書かれています.そこで書かれていることは,①「たくさんの放射線を受けてやけどを負うなどの事故が起きています」,②「一度に100ミリシーベルト以下の放射線を人体が受けた場合,放射線だけを原因としてがんなどの病気になったという明確な証拠はありません」,③「しかし,がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもあるため,放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」が主な点です.

この①と②を読んで小学生が放射線についてどのように思うかを考えると空恐ろしくなります.①では,たくさんの放射線を受けても火傷をする程度と勘違いしかねません.たくさんの放射線を受けると死亡することを明言していないからです.現に,広島・長崎の原爆での放射線被ばくにより死亡した人はたくさんいます.1999年には東海村でのJCO臨界事故による被ばくで2名が死亡しました.しかし,広島・長崎については「原爆が落とされ多くの方々が放射線の影響を受けています」とだけしか触れていません.この副読本では,広島・長崎での放射線被ばくにより死亡した多くの人びとを無視しているのです.「影響を受ける」は,決して死亡を意味しません.②は,100ミリシーベルト以下の放射線は無害であると思わせます.しかし,前項で述べたように国際的には(どんなに少量でも)「放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増える」と考えられているのです.そのことをこそ正確に教えるべきです.それが放射線防護の第一歩です.

③の文章は,②の文章に続く文章ですが,論理的にはすっきりしない文章です.②の文章に続いて,例えば,(a)「しかし,放射線は浴びた量に比例してガンなどになる確率が増えると考えられていますので,放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」であるなら論理的にはすっきりしています.また,(b)「がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもあるため,放射線だけによるがんなどの病気になる影響は相対的には小さいのです」であるなら,内容には問題がありますが,論理的にはすっきりします.しかし,(b)の後半部「放射線だけによるがんなどの病気になる影響は相対的には小さいのです」が言いたい下心があるため,(b)の前半部「がんなどの病気は,色々な原因が重なって起こることもある」を言ったのだけれども,あとで責任問題になる可能性があるで(a)の後半部「放射線を受ける量はできるだけ少なくすることが大切です」を仕方なく加えたように推測されます.そのことで,何ともすっきりしない文章になったように思われます.

被ばくの形態として,外部被ばくと内部被ばくがあることは15ページに「放射線を体の外からと体の内から受けることがある」と述べていますが,内部被ばくがより危険であることを説明していません.これは明らかに片手落ちです.内部被ばくの危険性をきちんと正確に伝えることが,責任ある文章には必要です.さらに,放射線の子どもへの影響は,大人への影響に比較すれば,格段に大きいということが,一言も触れられていません.このような副読本により学習した小学生が,放射線被ばくについてどれほど正確な知識を得ることになるのかとても心配です.

(4)リスクとベネフィット

副読本の解説書(教師用)には,その最後に「放射線のリスクとベネフィット」という項目があります.そこでは,何ごとにもリスクを完全に無くしてベネフィット(便益)だけを得ることは不可能であり,放射線利用においても,放射線を受ければ,がんなどの症状が将来において現れるかもしれないというリスクはあるが,病巣の発見などのベネフィットがある.そのように,「リスクとベネフィットのバランスを考えて判断することが重要」としている.すべての放射線利用において,このような意味でのバランスが大事と言っています.例としてあげている患者の医療被ばくにおいては,確かに,放射線被ばくのリスクも,その便益を受けるのも同一人物であり,それらのバランスを正しく判断することは出来ます.また,職業被ばくにおいても,被ばくのリスクとそのベネフィット(給料)を受けるのも同一人物であり,問題ありません.しかし,いま問題になっている原発事故に関して考えれば,このリスクとベネフィットは,うまくバランスを取るというのが困難な問題であることがわかります.原子核分裂により大量の放射性物質(「死の灰」)と膨大な熱を発生させ,熱の一部を電気に変えて,利益を上げているのは電力会社であり,数回にわたる爆発による放射性物質の拡散により多大のリスクを負っているのは原発の立地自治体だけでなく周辺自治体を含めた原発周辺住民です.原発というシステムにおいては,このように一般のリスク&ベネフィット論は成り立たず,大きな矛盾を内包したシステムであるということを認識することが大事です.そして,原発周辺住民にとって多大のリスクを負うことに対して断固として拒否する権利があるということを自覚することが必要です.

(1)http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/detail/1311072.htm
(2)http://blogs.yahoo.co.jp/skawahara1217/archive/2012/3/15

放射線暫定規制値は大きすぎる

放射線暫定規制値は大きすぎる

2011.11.18


放射能を正しく恐がることはいまの日本では特に大切です.例えば,放射能に汚染された食物の経口摂取によりどの程度の被ばく線量を受けることになるかについ てはある程度自分で判断できれば,放射能汚染された食料品を正しく恐がることが出来ます.現在,飲料水や食糧に対する放射能の暫定規制値がいま問題となっています.セシウム137に関する飲料水・牛乳・乳製品については1 kgあたり200ベクレル,野菜・穀類・魚介類・肉類・その他が1kgあたり500ベクレルというのがいまの放射能に対する暫定規制値です.この規制値が高すぎるのではないかということが問題になっています.通常,日本人成人の平均摂取量は,飲料水・牛乳・乳製品1.1 kg,それ以外の野菜・穀類・魚介類・肉類などが1.9 kgです.これらの飲食料を暫定規制値ぎりぎりのものを1年間食べ続けたときに,どれほどの被ばく線量(ミリシーベルト,mSv)になるかを計算してみま す.
経 口摂取された放射能量(ベクレル,Bq)から被ばく線量(mSv)に換算する場合に,預託実効線量(mSv)という形で被ばく線量を計算することになりま す.体内に摂取された放射能は,その半減期および代謝機能に従って徐々に減衰していきます.この間に放出される放射線によって被ばくします.預託実効線量とは,摂取後50年間(子供の場合は70年間)に受ける被ばく線量の総計をいいます.この預託実効線量を計算するためには,その放射線元素ごとの実効線量係数(mSv/Bq)が必要になります.経口摂取の場合のセシウム137の実効線量係数(mSv/Bq)は,0.000013となっています.
暫定規制値ぎりぎりのセシウム137を含む飲料・食品を1年間(365日)摂取したときには,
{200 Bq/kg x 1.1kg + 500 Bq/kg x 1.9 kg}x 365 x 0.000013 mSv/Bq
 = 5.6 mSv
の被ばくを受けることになります.これはセシウム137からの被ばくのみであることに注意して,この被ばく量がどのような意味を持つかをみてみましょう.1 年の公衆被ばく線量限度は1 mSvです.公衆被ばく線量限度は,一般公衆が1年間にこれ以上人工放射線から被ばくしない方がよいと,国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している 限度です.また,日本において自然放射線からの平均年間被ばく線量は,1.5 mSvです.これらに比べれば数倍です.ブラジル・ガラパリにおける自然放射線からの年間被ばく線量は10 mSvですので,それに比べれば小さい.それで安心する人がいるかもしれませんが,先ほどの「放射線は浴びないにこしたことはない」という放射線防護の原 則からいえば,特に放射線に弱い子供の被ばくに関しては決して無関心でいられる被ばく線量ではないでしょう.第2回原発シンポジウムで講演された長山淳哉氏は今秋出版された著書『放射線規制値のウソ』という本の中でいまの放射線暫定規制値は,10分の1にしなければならないと述べています.
このような計算が出来れば,放射能・放射線を正しく恐がることの第一歩になるのではないでしょうか.そのためにも,いくつかの放射性元素についての経口摂取の場合の実効線量係数(mSv/Bq)をあげておきます.
ストロンチウム90   0.000028(mSv/Bq)
ヨウ素131      0.000022(mSv/Bq)
セシウム137 0.000013(mSv/Bq)
バリウム140    0.0000025(mSv/Bq)

(2011.11.18/ E.M.)

再び「低線量被ばく=安全」論について

再び「低線量被ばく=安全」論について

2011.6.28


前回の「低線量被ばく=安全」論についての小論に丸山氏から以下のようなコメントを頂きました.

以前に公開していた旧webサイトである方から,
「しきい値なし直線仮説」は,現在では,国際放射線影響学会、国際放射線医学会においてほぼ否定されており,低線量被ばくによるガン発症も否定されている.そして,そのことを示す資料として以下のウェブサイトを紹介してもらいました.
http://www.taishitsu.or.jp/genshiryoku/gen-1/1-ko-shizen-2.html

このウェブサイトの内容は,世界の高自然放射能地域の健康についての疫学調査報告です.この報告の中でもっとも詳しい中国における調査内容を要約すれば以下のようになります.広東省の陽江県は自然放射線量が平均で3.8ミリシーベルト/年と比較的高い地域です.この地域では,屋内線量率が屋外よりも高く,粘土で作られたレンガ中のトリウム232やウラン238などがその主な線源であるといいます.対照地域として生活環境が似ている隣の恩平県(放射線レベルは普通)を選び,疫学調査を行った.1979年から1998年における,陽江県と恩平県のガン死亡者の全死亡者に対する比率は9.6%(=855/8905)と9.8%(=347/3539)であり,差がないというのが調査の主な結果です.

この疫学調査から低線量被ばくによるガン発症や「しきい値なし直線仮説」を否定することが適切でしょうか.この点を検討してみたいと思います.日本などでは,ガン死の割合は約3割ですので,それに比較して広東省の両地域のガン死の割合は日本の1/3程度になっています.ガン死の割合は,高年齢になるほど増加しますので,この地域の平均寿命は日本の平均寿命に比べて有意に低いのでしょう.いずれにしろ,広東省の両県のガン死の割合は約1割です.この1割のガン死の原因はさまざまです.さまざまなストレス,普段からの体調管理,飲み物や食物の摂取法や調理法などの違いがガン発症に影響することでしょう.上の報告では「生活環境が似ている」ということで,これらの条件が同じであると仮定してはじめて,放射線レベルの高低による違いを検討することが出来ます.例えば,福岡県と熊本県は生活環境はそれほど違っているとはいえないでしょうが,辛子レンコンの消費量は格段に異なっているでしょう.その他,さまざまな食料品の消費量が異なれば,食品内に含まれる発がん性物質の取り込み量も異なってくることが考えられます.しかし,このような点についての検討がないのが気になります.

それでは,放射線被ばくによるガン発症について検討してみましょう.まず,ガン発症についてもしきい値がありそれ以下の被ばくではガンになることはないという「しきい値仮説」の立場をとると,上の疫学調査では,放射線以外のガン発症の要因が,両県で同程度であるということの検討が必要でしょう.その検討が「生活環境が似ている」というひと言で十分であるとはいえません.その点で,この疫学調査から「しきい値仮説」を支持する結論を得ることは困難でしょう.

次に,「しきい値なし直線仮説」から見てみましょう.もっとも一般に認められている国際放射線防護委員会(ICRP)の1シーベルトあたり0.05というガン死の割合を使って考えてみましょう(注1).この基準で3.8ミリシーベルト/年の被ばくの被ばくを受ける陽江県の人はガン死の割合が年で3.8 ÷ 1000 x 0.05 = 0.00019 だけ増加することになります.恩平県の平均自然放射線量がいくらかハッキリしませんが,仮に日本の平均と同じとして1.5ミリシーベルト/年(世界平均は2.4ミリシーベルト/年)で計算してみますと,そのガン死増加割合は年で1.5 ÷ 1000 x 0.05 = 0.000075.その差は約0.0001です.仮に40年間の積算で考えたとして,両県のガン死増加割合の差は0.004となり.他の要因によるガン死の割合0.1(約1割)に比べてオーダーが異なります.この差が上の疫学調査に現れる可能性は低いと考えてよいでしょう.

以上からはっきり言えることは,「しきい値仮説」も「しきい値なし直線仮説」もどちらも,中国における高自然放射線量を示す地域の疫学調査から支持あるいは否定する材料は得られないということです.

そもそも,放射線被ばくによる人の急性および晩発性障害についての大規模な調査・研究は広島・長崎の場合とチェルノブイリ原発事故における不幸な出来事しかありません.それ以外には,このような自然放射能に関する疫学調査などですが,これまで見たように,このような疫学調査により「しきい値仮説」と「しきい値なし直線仮説」のどちらかに決着することは困難です.現在は,低線量被ばくについては,「しきい値仮説」や「しきい値なし直線仮説」だけでなく少ない放射線ならかえって健康にいいという「ホルミシス効果」も存在ししており(注2),さまざまな説の白黒の決着がついていないというべきでしょう.

生体は非平衡開放系(注3)であり,生体内のさまざまな生体反応の物理化学的過程は複雑です.そのような意味で生体は複雑系であるといったりします.同じく非平衡開放系である地球も複雑系です.現在の地球温暖化の問題について,二酸化炭素主因説が仮説として有力になっていますが,この問題の科学的な決着がついているわけではありません.しかし,いま世界のほとんどの国の政府機関や民間の組織(米国や日本を別にして)が,二酸化炭素排出量を減らそうと努力しようとしているのは,より安全の側にスタンスを置いて将来の安全を考えようとしているからです.科学的に未解明の問題は,より安全の側にスタンスを置いて考える.これが基本です.低線量被ばくの問題も同様です.「しきい値仮説」,「しきい値なし直線仮説」,「ホルミシス効果」などさまざまな仮説がある中で,将来の安全を考えるなら,やはり,「しきい値なし直線仮説」をとり「放射線は可能な限り浴びない方が良い」を基本に置くべきでしょう.ICRPの1シーベルトあたり0.05という基準もこのような観点から設定されています.それが将来の安全を担保する唯一の方法です.低線量被ばくの問題の本質が解明されるのは,これから100年以上かかるものと思われます.低線量被ばくの問題の解明がそれほど困難であるのは,生体高分子の量子論的効果が深く関わっているからです.それに比べれば地球温暖化の問題は,もっと単純で20〜30年の内には解決されるだろうと思います.現在,開発中の「京」コンピュータで温暖化問題についての大きな進展があるかも知れません.

国際放射線影響学会、国際放射線医学会において「しきい値なし直線仮説」を否定し「しきい値仮説」に傾倒する研究者が多いといっても,その「しきい値仮説」を科学的に証明済みの事実と見ることはできません.その本質が,地球温暖化の問題以上に解明されていないからです.「低線量被ばく=安全」論は「しきい値仮説」に基づいています.このような「しきい値仮説」を振り回して,100ミリシーベルト以下の被ばくは安全だと言って,乳児,幼児,児童などの将来の安全をないがしろにすることは,決して許されることではありません.

(注1)この0.05/シーベルト・年というリスク係数は,1990年勧告によって、安全の側にスタンスをおいてそれまでのリスク係数を4倍に引き上げたものであり,これをそのまま疫学調査のリスク予測に使うことは適当でないと,ICRP2007の161項ではいっている.しかし,ここでこの計算を行うのは,この高めに設定されたリスク係数を用いても有意な差が得られないことを示すためである.
(注2)「ホルミシス仮説」は,コメントを頂いた丸山氏によれば,IAEA,国際放射線影響学会、国際放射線医学会などにおいては,現在否定的ということであるが,山岡聖典教授(岡山大)などはこの研究を精力的に行っており,この仮説を現時点で完全に無視することは適当ではないように思われる.
(注3)外界と物質やエネルギーを出し入れしながら,全体として定常性を維持している構造体のこと.地球や生物個体はその例である.
(2011.6.28/ E.M.)

玄海1号機容器 大丈夫か

さる6月9日の佐賀新聞「私の主張」欄に豊島氏(佐賀大学)の九州電力・玄海原発1号機の原子炉圧力容器に関する以下の原稿がほぼ原文どおり掲載されました.その原文をここに紹介します.

2011.6.13

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玄海1号機容器 大丈夫か


豊島耕一 久留米市


玄海原子力発電所の4つの原発のうち,1号機は運転開始からすでに35年以上経過しており,老朽化に伴う危険が心配である.その危険性のうち以前から指摘されているのが,原子炉容器が長いあいだ大量の中性子照射を受けて硬く脆くなることだ.金属の「中性子脆化」と言われる.

私は金属工学が専門ではないが,今回の福島第一原発の惨事の遠因は,原発問題を原子力工学などの専門家任せにしていたことにもあると思うので,巨大な危険を伴う技術では,専門外の人間も大いに関心を持ち,発言する必要があるだろう.そこでこの問題を少し調べてみた.

固体は高温では柔らかく粘りがあるが,低温では硬く割れやすくなる.板チョコを想像すればいい.夏は柔らかくて割りにくいが,冬はパチンと割れる.原子炉容器の鋼鉄も同じことで,粘りのある状態から割れやすい状態に性質が変わる“分かれ目の温度”を「脆性遷移温度」という.「温度」と言っても固体の性質を表す数字のことだ.

中性子照射を受け続けるとこの数字が徐々に上がる.つまり粘りを示す温度範囲がだんだん狭まり,さほど低くない温度でも割れやすくなる.しかも同時に,粘りを示す高温域での破壊強度も低下する.

この脆性遷移温度という数字が上がりすぎると,福島の事態のように原子炉を急冷するときに危険だ.もし容器がこの温度よりも冷やされると,原子炉容器が割れてしまうという大変な事態になるかも知れない.したがってこの数字を監視することが重要だ.そのため原子炉容器と同じ材質の切れ端(試験片)が原子炉内に入れてあり,定期的に取り出し破壊試験をしてこの脆性遷移温度を調べる.

ところが玄海1号機に関して,この数字の異常な上昇が明らかになった.2009年に取り出された試験片の数字が,予測値(70℃前後)よりも大幅に高い98℃という値を示したのである.

問題なのは,この数値がどの程度危険かについて第三者が詳しく調べようとしても,データの詳細が公表されていないことだ.この破壊試験の詳細も,また試験片の脆性遷移温度の数値から原子炉容器本体の脆性遷移温度を推定する方法の詳細も公表されていない.さらに,粘りを示す高温域での強度も不明だ.これでは「1号機の原子炉容器がいつのまにかセトモノになっていた」という悪夢にうなされるかも知れない.

原子力安全・保安院に,この脆性遷移温度という安全性に係わる重要な数字について,どこまで許容出来ると見ているかを電話で尋ねてみた.驚くことに「そのような数字は特に決まっていない」という返事だ.目安とする数字もなしに安全が担保出来るのだろうか?老朽原発の安全性についてこの機関が真剣に考えているのか疑わしい.

福島原発事故以来,放射能や放射線についての知識が一般人にとっての不可欠の常識となってしまった.同様に,老朽化した1号炉の周りに住む私たちが安全に生きるためには,その原子炉に核燃料がある限り,「脆性遷移温度」や金属の破壊についての知識が不可欠となっている.九電にはこの問題に関する情報の全面的な公開を求めたい.

(大学教員,63歳)

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