脱原発をめざす

放射能の恐さを考える(その3)

放射能の恐さを考える(その3)

2011.4.23

先日(2011年4月17日),アクロス福岡で開催された緊急シンポジウム「福島第1原発で何が起きているのか」の中で会場からの発言として以下のようなものがありました.
(A)「通常X線20枚でひどい放射線障害(目まいや疲労感など)になった」
(B)「ニューヨークに住んでいる友人は年に何回かニューヨークと日本を往復してガンになった」
これらの発言は質問として出されたものではなく,質問に対する前置きとして言われたこともあり,これらの発言に対して適切なコメントをすることが出来ませんでした.ここにこれらの質問に対する当日出来なかったコメントを残しておきます.

まず,(A)の発言の内容はあり得ることでしょうか. 
現在,1回の胸部X線集団検診による被ばく線量は0.05ミリシーベルトです.この線量より(A)の通常X線による被ばくが多いか少ないかはその病院で使われた機器に依存するので一概に断定できません.仮に多めに見積もって1回0.1ミリシーベルトとしますと,20枚の撮影によって0.1 x 20 = 2ミリシーベルトの被ばくということになります.短期間の放射線被ばくによる人体への影響は,一般に,250ミリシーベルト以下の被ばくでは現れないとされています.また,吐き気などの急性放射線障害は1000ミリシーベルトで現れるといわれています.これらの指標から判断すれば,通常X線20枚による被ばく2ミリシーベルトは,身体への急性障害を引き起こすには不十分な被ばくといわなければなりません.このことを考慮すれば,「ひどい放射線障害」である目まいや疲労感は,別の原因から来るものと考えるのが自然です.もちろん,この被ばくによりガン死の確率が0.002 x 5 = 0.01%増加するリスクはあるものと考えなければなりません.このリスクをX線による検査の益と秤にかけて,検査を受けるかどうかは患者自身がインフォームド・コンセントの下で判断すべきでしょう.ただ一言コメントをするとすれば,放射線被ばくを恐れるあまり,検査をすれば見つかっていた病巣を見つけられず,それが原因で重大な状態に陥ることは避けたいものです.

次に,(B)の発言の内容を検討しましょう.
自然環境から世界平均で2.4ミリシーベルトの年間被ばくを受けています.その中で,宇宙線からの被ばくは0.4ミリシーベルトです.宇宙線というのは地球外からの放射線ですので,標高の高いところでの宇宙線からの被ばくは,低地に比べて高くなります.飛行機では,通常,富士山の3倍の高さを飛び続けます.通常の飛行機が飛ぶ高さでの宇宙線からの被ばく線量は海抜ゼロメートルでの被ばく線量の百倍に近いということです.海外旅行では,その飛行時間は10時間を超えます.日本からニューヨークへ行くには17〜18時間が必要です.その間に宇宙線から被ばくする線量は約0.08ミリシーベルトです.毎月,日本——ニューヨークを往復したとときの,年間の宇宙線からの被ばく線量は,0.08 x 2 x 12 = 1.9ミリシーベルトになります.先ほどの通常X線20枚による被ばくとほぼ同程度です.この被ばくによるガン死の増加率約0.01%は,他の要因によるガン死の確率33%(注1)に比べれば,無視できるほど小さいものでしかありません.したがって,(B)の発言をした方の友人がガンになった原因を飛行機で日本とニューヨークを往復したことのみに帰属するのは,不自然であり合理性を欠くものと断定せざるを得ません.

航空会社の乗務員は,その倍以上の年間被ばく量を浴びています.日本の航空会社では年間飛行時間を制限して,5ミリシーベルトを管理目標値に被ばく量を抑えるようにしているといいます.もちろん,飛行機乗務員にとってこの被ばくは職業被ばくです.職業被ばくの1年の線量限度は50ミリシーベルトですので,それより随分低く抑えられています.もっとも,職業被ばくの5年の線量限度は100ミリシーベルトですので,飛行機乗務員5 x 5 = 25ミリシーベルトの被ばく線量は限度の4分の1となり,余裕を持った管理目標値といえるように思います.飛行機乗務員が他の職種の人に比べてガン罹患率が高いというような調査はないように思います(注2).

普通の会社員が頻繁に海外出張で宇宙線からの被ばくを受けることがあるでしょう.しかし,これは職業被ばくとは言わないようです.自分自身で被ばく線量を管理するよりないわけです.ご注意ください.

(注1)現在の死因の1/3はガンである.したがって,100/3 = 33%が普通の状態でのガン死の確率といえる.
(注2)もし,そのような調査に関連した情報をご存じの方はご一報ください.
(2011.4.23/ E.M.)

放射能の恐さを考える(その2)

放射能の恐さを考える(その2)

2011.4.22

前回の「放射能の恐さを考える」で以下のように述べました.

■ 自然放射能の程度またはその変動幅の程度の被ばくを心配しても意味がありません.しかしこのことは,現在の原子力発電所による被ばくの危険を我慢せよと言うことを意味しません■

このことについてもう少し説明をする必要がありそうです.現在,福島市の被ばく線量は,福島第1原発の事故以来ほぼ毎時2マイクロシーベルト近い値が続いています.もし,1年間福島市に住んでこの放射能を被ばくし続けたとします.そうすると,2 x 24 x 365 x 0.001 = 18 ミリシーベルト(1ミリシーベルトは1000マイクロシーベルト)の放射線被ばくを受けることになります.これは,これまでの日本における公衆被ばくの線量限度1ミリシーベルトの18倍です.公衆被ばくというのは,職業被ばくと(患者の)医療被ばく以外の人工放射能からの被ばくをいいます.これまでの線量限度からすればとんでもない高い被ばく線量です.この被ばくは我慢すべき限度にあるのかということです.

また,日本における自然環境からの平均の年間被ばく線量は1.5ミリシーベルトです.自然環境からの年間被ばく線量が最も高いところは,ブラジルのガラバリというところです.そこの年間被ばく線量は10ミリシーベルトです.しかし,日本とブラジルのガラバリ地域における発がん発生あるいはガンによる死亡率についての有意な差異を示す疫学的調査は得られておりません.

このことを「1000ミリシーベルトの放射線をあびるとガンで死ぬ確率が5%増える」という現在の国際放射線防護委員会の勧告による基準から考えてみます.ガンを起こす放射線の被ばく量についてはしきい値は存在しない,そしてその被ばく量に比例して発ガンの危険性が増える(注1).これが現在の国際的合意と考えられるものです.この合意から,「放射線は浴びないにこしたことはない」という放射線防護の安全哲学が生まれます.まず,この基準で考えれば1.5ミリシーベルトの放射線被ばくによりガンで死ぬ確率は0.0075%増えます.10ミリシーベルトでは0.05%の増加です.ガンによる死亡率は全体の3分の1ですので,ガン死の確立は33%です(前回ではこの数値を30%としましたが,どちらでもよいのす.この数値が30%でも40%でも結論は変わりません).本来この中には自然環境からの放射線被ばくも含まれているのですが,あえてそのことを無視して計算すると(つまり自然放射能からの影響をダブルカウントした勘定になるでしょうか),日本では33.0075%,ブラジルのガラバリ地域では33.05%のガンによる死亡確率ということになります.この差が一般的な疫学的調査に現れることは先ずないと考えるのが常識でしょう.これが,自然放射能の変動幅の程度の被ばくを心配しても意味がないということです.

福島市のデータに立ち返り,18 ミリシーベルトの放射線被ばくを個人が受けたとすれば,それによりガン死の増加率は0.09%ですから,ガン死の確率が33%から33.09%n増加したわけですが,これも大したことはないといえるかも知れません.しかし,これだけの放射線被ばくを福島市の全市民が受けるとすると,福島市の人口は約30万人ですので,300000 x 0.018 x 0.05 = 270 人がガンにより死亡することを意味します.これは決して無視できる数値ではありません.とても我慢できる限界ではありません.もちろん,先ほどの1000ミリシーベルトあたりガン死の増加率5%という基準はより安全側にという点を考慮したという側面はあるかも知れません.しかし,この基準は国際的に認められているものです.この基準を基にして公衆被ばくの線量限度1ミリシーベルトが決められています.ガン死増加率は0.09%であるので大したことはないということと同時に 270 人がガン死する危険をいかに減らすか,どのような対策が取り得るかという二つのことを考えていくことが必要でしょう.

いま,日本の原子力安全委員会(例の斑目委員長の)がこの基準を20ミリシーベルトに変更しようという動きが報道で伝えられています.この動きは決して見過ごすことができません.「後出しジャンケン」のようにも思います.あるいは独裁者が都合の悪い憲法の条例を適当な時期に勝手に変えることにも,それほど違わないように思います.1シーベルトあたりガン死の増加率がこれまでの基準から変化したという明確な証拠がない段階で,年間の線量限度を変えるということは,明らかに不合理です.この基準の変更で最も不利益を受けるのは,斑目原子力安全委員会委員長のような年寄りでなく,乳児・幼児を含む若年層です.若年層は放射線障害に弱いのです.いま原子力安全委員会が考えている,安易な公衆被ばくの線量限度の20ミリシーベルトへの変更には反対です.

(注1)最近,書店の原発事故関連コーナーで,近藤宗平氏の「人は放射線になぜ弱いか」第3版(講談社ブルーバックス)を見つけました.少しの放射線は心配無用という副題がついています.この本の中で,しきい値以下の低線量の放射線被ばくではガンなどの晩発性障害は起きないということをマウスやラットの動物実験の結果からいっています.そのことがヒトに対してもそうであれば,しきい値以下の低線量被ばくは問題ないのかも知れません.しかし,そのことは1990年および2007年の国際放射線防護委員会の勧告では採用されていません.
(2011.4.22/ E.M.)

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