2017.9月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2017年9月11日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2017年9月号
<特集>『資本論』150年その現代的意義と受容史

<報告>

平林一隆:『資本論』と主流派経済学,その資本主義観の相違—資本主義下の市場は何を実現するものなのか
 マルクス『資本論』による経済学は,何を経済現象の本質と捉えるかについて主流派経済学(ミクロ経済学・マクロ経済学)と大きく異なるが,その違いを概説している.資本主義下の市場が実現するものは,主流派経済学では経済主体(家計)の効率最大化と企業の利潤最大化であり,与えられた条件下で最も経済合理性が実現された状態であるとする.一方,『資本論』においては,社会内部の労働を各生産部門に振り分け,社会的分業を合理的に成立させ,最大限の利潤を資本が獲得する状態であるとする.『資本論』では労働者は剰余労働を資本家の下で行なっており,これが生み出す価値が資本家の利潤となる(これを搾取と呼ぶ).新自由主義政策の理論家であるフリードマンがシカゴ大学のゼミで「黒人の経済的貧困は,各人が合理的な選択の結果として起きているのであって,その選択がいいとか悪いとか,私たち経済学者として何ら主張することはできない」と言ったことに対して,「私たち黒人に自分の両親を選ぶ自由があったでしょうか」との黒人学生の発言のように,実際の資本主義社会では万人に平等な選択肢が開かれているわけではない.資本主義社会の不平等な現実をみるとき,『資本論』の見方が,剰余労働が生み出す価値をどう配分するかの経済制度を考える契機になると著者は言う. (報告:T.Y.)

黒瀬一弘:経済学の多様性と『資本論』—学術会議の「参照基準」論争をめぐって
 大学教育の分野別質保証のための経済学分野の参照基準原案が作成された(2014年8月).その原案の中では,マルクス経済学の原論科目である「政治経済学」や「社会経済学」は原案から外れた.しかし,『資本論』は資本主義分析を目的とした著作であり,学士課程で教える意義はいまでもある.経済学における多様性の重要性とともに『資本論』教授の意義を論じている.参照基準原案では,米国で教授されている経済学が「標準的なアプローチ」と位置づけられている.「標準的なアプローチ」では社会の成員は互いに独立して意思決定を行うとするが,『資本論』では社会の成員は2つの階級(労働者と資本家)に属しており,労働者は労働所得を,資本家は利潤を得るとする.『資本論』では,資本主義社会においては貨幣自体を神のごとく扱うフェティシズムや失業の危険,また「搾取」という概念を指摘しており,これらは「標準的なアプローチ」では看過されてきた問題であり,学士課程で十分説明可能であるという. (報告:I.H.)

久保誠二郎:日本における『資本論』像
 『資本論』は,強い存在感を放ってきた稀有な書物である.『資本論』のは日本において,①社会主義運動と結びついたマルクス主義の資本主義観を与える文献として,また②大学を中心とする研究と高等教育の領域で受容されてきた.その歴史を論じている.『共産党宣言』は1904年に幸徳秋水・堺利彦に翻訳されたが,直ちに発禁,国家による厳しい弾圧を受けた.対照的に『資本論』は発禁処分を受けたことがない.1920年代,『資本論』は社会科学・経済学の重要文献として地位を築いた.読売新聞の「現代名家の十書選」(1924年)では,論語・漱石・ニーチェと並んで『資本論』が薦めたい文献として挙げられた.1945年の敗戦から現代まで『資本論』をタイトルにした図書は730点が刊行され,1960年代までマルクス主義の文献は知的教養としても広く学生に読まれた.その後,1989年〜1991年のソ連東欧の崩壊でマルクス主義は急速に影響力を失う.しかし,新自由主義政策やグローバル化の進展のもと,非正規労働者,ブラック企業,過労死などの増加とともに,新自由主義を推進した経済学者からも反省が聞かれ,英国教会の大司教が「マルクスの資本主義論は部分的に正しかった」と述べるなど,『資本論』は再び注目を集め始めた.21世紀に『資本論』をタイトルに含む書籍が181点刊行されている. (報告:Y.M.)

伊藤セツ:クララ・ツェトキンと『資本論』第1章—マルクス主義と女性解放運動・女性運動
 現代のあらゆる社会的問題(格差,貧困,差別,原発,沖縄など)は,利潤追求至上主義を根源としており,これらの問題を分析する際に立ち返る古典は『資本論』第1巻であると著者は言う.クララ・ツェトキンは,『資本論』第1巻第13章「機械と大企業」を,生涯,女性解放論と運動の指針としたという.しかし,本論文におけるクララ・ツェトキンの引用文からは,具体的にどのような点で指針になったのかが明確には伝わってこない. (報告: K.K.)

日野秀逸:『資本論』と医師群像—マルクス・エンゲルスと医師たち
 マルクスとエンゲルスは,医学に高い関心と豊富な知識を持ち,経済理論の構築に医師で経済学者の業績を批判的に摂取した.また資本主義分析や労働者の状態分析において医師の臨床医学・公衆衛生報告を重視した.マルクス・エンゲルス全集で二人が言及した医師は271名であるという(医学を学んだことのある人物は医師として数える.例えば,地動説のコペルニクスは,パドヴァ大学で医学を学んでおり,医師に含まれる).彼らの親族にも多くの医師たちがいた.また,彼らは自然科学と医学に強い関心を払った.哲学者で「経験論の父」と呼ばれるJ.ロック(1632-1704)はオックスフォード大出身の外科医であった.17世紀の解剖学や血液循環理論という医学を学んだ医師たちは,J.ロックの古典派経済学の影響を受け,人体の構造と機能に関する理論の経済現象への適用を試みた.産業革命後期に生きたマルクスとエンゲルスは,経済理論の構築に際し,そのような医師・経済学者の業績を重視したという.また,『資本論』の中で,英国における労働者の健康と生命が利潤のために系統的に損耗されていることを,医師による『公衆衛生』についての報告書から引用している.このように『資本論』の作成には,多くの医師たちの業績が関与している.一般国民の健康が蝕まれている今の日本でも,このような医学と経済学の良好な協力関係が必要であると著者はいう. (報告: H.M.)
inserted by FC2 system