2018.3月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2018年3月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2018年3月号
<特集>東日本大震災と宮城の教育

<報告>

川名直子:東日本大震災後の小中学校と子どもの現状

筆者は現役の小学校教員である.教員の目から見た東日本大震災後の宮城県における小中学校の状況,特に「子どもや保護者,教員,教育委員会」の現状が報告されている.宮城県の教育委員会は,各学校(被災校)が震災直後の未曾有の困難に直面している中で「4月中は原則現在校での勤務継続」などの教職員組合からの要請があったにもかかわらず,被災三県の中で唯一,教職員異動を例年通り強行したという.避難所運営,自宅の被災,家族との死別などにより,3割近い教職員が心身の疲労を訴え,2012年度からの健康調査では3割の教職員が「うつ状態」であることが判明したという.宮城県での不登校者が震災後特に中学校で増えている(2012年,2016年では全国ワースト1位).山形県では「33プラン」として全学年で33人以下学級を実現して,①欠席と不登校の減少,②学力の向上,③ゆとりにより教員の意欲的仕事の増進,が報告されている.山形県より財政的には余裕がある宮城県の県議会では少人数学級の実施は難しいとの姿勢を崩さないという. (報告:H.M.)

日野秀逸:スウェーデンの教育に学ぶことー幸福度の高い社会の基本が主権者教育

スウェーデンは日本より,一人当たりのGDPが高く,社会保障が充実して,国民の幸福度は世界で9位(日本は51位)である.幸福度の指標は,GDPのほか,他者への寛容さ,健康寿命,頼れる人がいること,人生選択の自由,汚職のない社会などである.これらの指標が高い背景には教育重視の政策があるという.著者は,1990年代のはじめのスウェーデンの総選挙の際にストックホルムにいて,翌日の新聞に「民主主義の危機」という大きなタイトルの記事を読んだという.投票率が下がって89%になった.1割以上の人が投票しないのは,「民主主義の危機」だとの内容であった.スウェーデンでは,3〜5歳の保育園から様々な役割を選挙で決め,選ばれた5歳児は責任ある仕事を果たす.また,非営利の労働組合運動や協同組合運動,自然保護運動などを「国民運動」と呼び,これらの運動に高い評価が与えられている.国民一人当たり平均して4〜5の「国民運動」に参加している.選挙の投票基準も候補者がどのような「国民運動」に関わっているか重視される.スウェーデンは一院制で4年毎の総選挙で政権(連立政権の構成など)はかなり変わる.やり始めた政策でも4年間の実施を総括・評価して不都合があればすぐ改める.このようなフットワークの軽い政治のあり方を「実験国家」と呼んでいる. (報告:E.M.)

江草重男:経済的困難の下の高校生の生活ー学費・教育費の視点から

現在の日本における高校の学費に関わる制度の問題点を論じている.2009年,民主党政権になり公立高校の授業料不徴収の制度が始まった.私立高校でも制度は異なるが同様の就学支援が開始された.しかし,財源捻出のため特定扶養控除が縮小されたため,その負担増により,低所得層ではほとんど負担軽減にならなかったという.2012年12月に自公政権が復活し,2014年4月から所得に応じた授業料徴収が復活した.高校では,授業料が無償化されても,PTA費や学校納付金,クラブ活動費,修学旅行費などが,全日制高校の全国平均で年間約19万円ほどの出費がある.生活保護世帯の子どもでは,小・中学生であれば修学旅行費用は就学援助制度から全額支給されるが,高校生にはそのような援助はない.生活保護世帯の多い定時制高校では,修学旅行不参加者は少なくないという.生活保護制度では大学等への進学は想定されていない.現在では大学や専門学校を卒業しないと就けない職種が多数に及ぶ(医師,学校の先生,栄養士など).経済的困難を抱える家庭の子どもは「職業選択」の権利を奪われている.このような子どもは,正規のフルタイムの仕事に出勤する親を見ていないので,規則的な生活をする自分のイメージを持つことができず,その日暮らしのような生活から向け出すことができないという.このような状況を改善し負の連鎖を断ち切る政策が求められていると著者は訴える. (報告:T.M.)

本田伊克:大学改革と切り崩される教員養成大学の基盤ー研究と教育の自由を守る砦として

教員養成系単科大学に勤務する筆者が,独立行政法人化(独法化)以降,国家による教職課程の目標・内容の統制により学問と教育の自由をいかに奪っているかを論じている.独法化を受けて,大学は市場からの急務への応答を迫られ,短期的な成果を見込めない人文諸科学や基礎研究領域の学部や課程を縮小する圧力が強まっており,教育学部もその例外でないという.筆者の勤務校では,2015年の一般運用費交付金は2004年に比べて1.6億円も減らされており,競争的資金を獲得しても,その事業の維持するために資金と労力を費やし,大学運営の自律性が失われている.「有識者会議」の報告書(2017.8.29)では,教員養成系大学の再編について,学部,教職大学院,大学教員,外部との連携などについて事細かに方向性を方向性を方向性を指示し,「これまでの延長程度では不足」と大学を脅している.教員養成課程では,教員養成「予備校」のごとく,すぐに役立つノウハウや心構えが教え,学習指導要領に忠実に,与えられた職務を忠実にこなす「考えない教師」を作り出すような動きが進んでいる.文科省による大学の「植民地化」にストップをかけ,学問に裏打ちされた教員養成を再構築していくためには,教科のバックグランドとなる専門領域の知識と子どもの認識発達や学習過程に関する教育学的知見と実践的知見が一体化することで「新たな学問領域」を切り拓く必要性を論じている. (報告:K.K.)
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