2016.9月号

『日本の科学者』読書会
読書会日時:2016年9月12日(月曜日)午後2時〜5時
読書会場所:ふくふくプラザ(福岡市市民福祉プラザ)604室

『日本の科学者』2016年9月号
<特集>どうなる? リニア中央新幹線—その必要性,採算性,安全性を科学の目で考える
橋山禮治郎著:リニア計画の意義,リスク,残された選択
佐藤博明著: 南アルプスの自然とリニア新幹線
林 弘文著: リニア新幹線の湧水問題—導水路トンネルで大井川減水の回復は可能か
岡本浩明著: 「ストップ・リニア!訴訟」(国交省の許可処分取消訴訟)の経過と見通し

<報告>

本特集では,節番号の誤記(橋山論文)や数式の間違い(林論文),すでに行った異議申し立ての年月日が「2016年12月16日」であったり(岡本論文)など初歩的な校正ミスがあった.

橋山禮治郎著:リニア計画の意義,リスク,残された選択
 英国の哲学者T.ホッブスは「実践なき理念は空虚であり,理念なき実践は危険である」と言っているが,日本の多くの公共事業や民間投資にはこの至言に当てはまる例が多いと著者はいう.JR東海のリニア計画も典型的な後者の例であるという.当初,JR東海は①輸送能力増強のためにバイパス建設が必要,②移動時間短縮のためにリニア導入が必要と主張していたが,①現在の東海道新幹線の座席利用率60%強でしかなく,②時速500kmに対する国民の要望実態もないことから,これらは偽証的主張である.最近は,これらの主張を引っ込め「世界唯一の超伝導磁気浮上方式リニアの実現」を錦の御旗にしているが,これでは,何のためにリニアを実用化するかの答えになっていない.著者の試算によると,2027年の東京—名古屋開業初年度から大幅な赤字操業が確実であるという.2013年には,当時の山田社長も「リニアは絶対ペイしない」と公言している.相互乗り入れができないリニア高速鉄道導入は全国新幹線網を阻害し,国際競争力強化を狙う戦略としても的外れであるという.リニア計画の中断と見直しが必要である. (報告:E.M.)

佐藤博明著:南アルプスの自然とリニア新幹線
 2014年6月に国内6番目のユネスコエコパークに登録された南アルプスは,静岡・山梨・長野の3県にまたがり,3000m級の高峰が連なる重量感あるれる山岳地帯である.氷河期の遺存植物・キタダケソウをはじめ1980種もの植物相と,世界の南限といわれるハイマツ群落やライチョウなどの希少種が分布し,多様な生態系が広がっている.2027年開業をめざすリニア新幹線の東京・名古屋間285kmの87%(246km)がトンネルであり,うち南アルプス区間は25kmである.南アルプスの東側には糸魚川・静岡構造線,西側には中央構造線の大規模断層が走り,周辺には脆弱な破砕帯活断層が複雑に入り組み,今も隆起を続けている.トンネル掘削中あるいは開通・供用後に巨大地震が発生した場合のリスクに対する有効な対策は見いだせていない.その他にも,トンネル工事に伴う掘削残土の処理や,地下水など水環境撹乱への懸念も深刻である.数千万年を経て創り出された南アルプスの地球史的価値を,経済優先主義や目先の利便性と引き換えに失い,取り返しのつかない自然破壊を将来世代に付け回しすることの説得可能な論拠は見当たらない.南アルプスの世界遺産級の自然にリニア新幹線は似合わない.(報告:T.Y.)

林 弘文 著:リニア新幹線の湧水問題—導水路トンネルで大井川減水の回復は可能か
 リニア新幹線のトンネルを南アルプスの地下に掘ると大量の土砂が発生し,地下水がトンネル内に湧き出し,大井川の支流で枯れる沢がでる恐れがある.本論文では,トンネル内に湧き出る地下水量を地下水工学を使って予測している.さまざまな近似や仮定のもとで深さ600m,長さ10kmのトンネル(口径13 m)では毎秒約2トンの湧水が予測される.この予測は定常状態での湧水量であり,掘削時の湧水量ではない.しかし,大井川から毎秒2トンの水が失われるとの大井川下流域住民の心配は必ずしも根拠がない訳ではない.JR東海は山梨県側に流れる湧水を汲み上げて導水路トンネルで大井川に戻す計画というが,湧水のうちどれだけが回収されるのか明らかでない.少なくとも,湧水を大井川に戻す地点(樺島)の上流では枯れ沢が新たに生じる.ただ,本論文で1式から湧水量を表す14式までの式の導出は一般の読者にはほとんど無意味であり,いきなり14式から始めてしてよいのではないか.5式と9式に誤りがある(5式の右辺第2項にはQが乗ぜられるべきで,また,9式の左辺第1項はx2である). (報告:F.Y.)

岡本浩明著:「ストップ・リニア!訴訟」(国交省の許可処分取消訴訟)の経過と見通し
 2014年8月26日,JR東海は,「環境影響評価書」に基づく「中央新幹線の工事実施計画」を国交大臣に申請し,同年10月17日に国交大臣はそれを認可した.2015年12月6日,沿線住民等は,本件認可処分について国交大臣に5048件の異議申し立てを行った.その後,2016年5月26日,リニア中央新幹線計画に反対する沿線住民を中心とした市民たちが,東京地裁に国交省の事業認可の取消を求める「ストップ・リニア!訴訟」と名付けた訴訟を提起した.原告数は738名で,弁護団は18名の弁護士からなる.訴訟の趣旨は,国がJR東海の認可申請に対してないした,中央新幹線工事実施計画(品川・名古屋間)の認可を取り消すことであり,これが取り消されるとJR東海は工事を行えずリニア新幹線計画を止めることができる.本訴訟の主張は,許可処分が全国新幹線鉄道整備法(全幹法)と鉄道事業法(鉄道法)に違反し,環境影響評価法に違反しているということである.全幹法1条には「新幹線鉄道による全国的な鉄道網の整備を図り,(中略)地域の振興に資する」とあり,既存の新幹線と相互乗り入れのできないリニア新幹線はこの趣旨に違反している.また,JR東海のずさんな環境影響評価により,①地下水脈の破壊,②発生土問題,③自然環境の破壊,電磁波問題など多くの問題がある.中央新幹線の問題点は,世間にはまだあまり知られていない.広く世に知らしめ,世論を喚起することが重要と著者はいう.(報告:Y.M.)
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